遅れてやってきた春の風
「あー……」
一人残された河川敷の草っぱらで、俺は再び背中から寝転がっていた。
全部、終わっちまったなあ、という気持ちだった。正人はもう俺を引き止めない。睦月のこともあいつに預けて……今度こそ、俺は親友を二人、失った。
そのことを、俺は寂しいと思う。切ないと思う。できれば失いたくなかったし、本当はもっと上手い具合に仲良くする方法だってあったんだと思う。もっと器用に、関係を続けるためのやり方だってあったのだと思う。
だけどそれができるのは、きっともう俺じゃない。俺の問題に対して俺じゃないやつの能力を期待するのは俺が俺である以上は実現性が乏しいため結局のところ空想上の産物にしかなりえない。うおお……俺、今、哲学している……!
「……どうすっかな」
薄暮を迎えた空に向かって、開いた手のひらを透かしてみる。それでなにが変わるというわけでもないが、青春っぽいことをしているような気分にはとりあえず浸れた。
ところでこう、青春っぽいことをしてみたりとか、哲学めいたことを考えてみたりとかすると、微妙に自尊心が回復するような気がするのはなんでだろうな。帰りにちょっとニーチェとかの本でも買ってってみようかな。……いや、結局本棚の肥やしになる未来しか見えないのでどうせ買ったりはしないのだが。
ただまあ、青春っぽいお約束の方は、なんだかやってみたい気分ではあった。カビの生えた古臭い手法だし、今どきは漫画でもドラマでもCMでもねーよって感じのアレだが、とりあえず思いっきり叫びたいって時にはやっぱり都合がいいよなー、とかなんとか思うわけで。
差し当たっては立ち上がり、川の向こう側に沈みつつある太陽に向かって、
「太陽の――ッ」
俺は吼え……ようとして、
「バッッッッッッあひんっ!」
吼える代わりに、気色の悪い悲鳴を上げてくねくねと身をくねらせる。突然の不意打ち。死角を突く攻撃。っていうか、っていうか……警告なしに脇腹を背後からこしょこしょっとするのはどう考えてもルール違反だろう!? なあ、そう思うだろう、お前も! なあ、そう、お前、お前だよ……ッ、
「樹里!?」
くねくね身をくねらせる勢いで背後を振り返ると、そこには相変わらずギターケースを背負った樹里が、ニヤニヤ笑いで立っていた。
「ねぇねぇ、せぇんぱい? 今、なにしようとしてたん? 超恥ずかしいことしようとしてたよね? でしょでしょ、そうでしょ? そうだよね?」
「う、うるさい、黙れ! 今見たこと聞いたことは今すぐ忘れろ! 俺の恥をほじくり返すんじゃない!」
「えーちょっと樹里ちゃんそういうの分かんないにゃー☆ いやはやなかなかの衝撃でしたわー。今どきそんなやつおるんかいなって逆に尊敬しちゃいますわー。いやもうマジ尊敬ッス先輩」
「やめろ! そんな棒読みで褒めるな! 生暖かい眼差しを俺に向けるな! もう……もうほっといてくれぇ!」
羞恥で顔が真っ赤になって、顔を隠すようにして思わずその場にうずくまる。もうほっといて! お願いだから私を一人にして! ……心の奥底、シャイで内気な俺の乙女が全力でそんな主張をかます。今の俺は女子力が高いぞ……!
そんな俺を見下ろしながら、くすくすを笑みこぼした樹里は、ギターケースを肩から外してそっと隣に腰を下ろしてきた。
「……ま、からかうのは今日はこれぐらいにしておいてあげよっかにゃー。優しい後輩の思いやりとして」
「思いやりがあるやつは最初からあんな風にからかってこないだろ」
「あれがあたしなりの気遣いって言ったら怒る?」
「怒らないけどウザくはある」
「アハッ、そこはまあ……懐の深い優しい優しい先輩だったら大きな心で許してくれると信じていますのでー☆」
「そんなお前に残念なお知らせがある」
「ほえ?」
「そんな優しい先輩はな……お前の隣に存在しないのだ!」
「あだだだだっ、痛い痛い、マジで痛いんですけど先輩!? や、やめ、やめっ、やめ……あたしが悪かっ……へぇい!」
樹里に飛びかかって、両手の拳で頭をぐりぐり挟み込むと、本気の悲鳴を上げながら身をくねらせて逃れようとする。
ほどほどのところで解放してやると、彼女は両手を上げながら、「もぉ~、降参~」と白旗宣言。それに溜飲を下げた俺は、なんだかフッと気が抜けて……また、草っぱらに寝っ転がっていた。
「……今度こそ、終わったわ」
そしてポツリと、短く結果を告げる。それを聞いた樹里の反応はよく分からない。彼女はその時、俺に顔を向けていなかったし、なんの言葉も口にしなかったから。
ただ彼女が、肩を一瞬震わせたのは分かった。そしてそれから不意に立ち上がると、川の向こうに沈みつつある太陽に向かって仁王立ち。すぅ――っと、息を吸い込む気配がして、
「太陽のぉ……バッキャローッッッ!!!!」
――信じられない声量で、思いっきり吼えていた。
いやいや。今どきそれは古すぎる。古典的にも程がある。さっきまでの自分を棚に上げながらそう突っ込みを入れながら……だけど気持ちは清々しかった。
軽音楽部のボーカル担当。さすがの肺活量と、吼えてなお芯の通った美しさを持つその声で、俺の代わりに思い切り叫んでくれたから。心の重荷を、代わりに発散してくれたから。
それがなんとも爽快で、思わず俺は、微苦笑を漏らす。それからこちらも立ち上がり、樹里の背後に忍び寄り……。
「きゃふんっ」
さっきの仕返しとばかりに、脇腹に指先で襲いかかる。
「ちょ、まっ大ちゃんそれちょ……ルール! ルールが! るるぶひゃっひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「おうおう悶えて苦しみ抜けぃ! ここが年貢の納め時……ぬひゃっ、テメェこらやめわはははっ」
「くっふふふ……いいことを教えてやろう大ちゃん。深淵を覗いている時、深淵もまたこちらを覗いているのだ……」
闇を瞳に湛えてジトリ……と、樹里の視線が俺を見る。指をワキワキとさせながら、狙う先は脇腹か。負けじと俺も、気持ち悪く十指を蠢かす。リーチならば俺に分がある。負けるわけにはいかんぞと、しばし睨み合って硬直状態。
それからしばしの沈黙を挟んで、二人同時に吹き出した。
「ぷはっ……くくっ、ムキになりすぎだろお前」
「いやもう大ちゃんには負けるってぇ。年貢ってなによ年貢って。いちいち言い回しが時代がかってるんだから」
「いや深淵にはさすがに敵わんわ。十四才の魂が、樹里の中にはまだあるんだな……」
「あ、そーゆーこと言う? 言っちゃう? 暴かれて困る黒歴史ノートを持ってるのがどちらなのか、ここで決着つけてもいいよ?」
冗談交じりに言い合いながら、日の沈みゆく河川敷で俺たちは笑い合っていた。胸に感じる寂しさを、そうすることで宥めるかのように。
そんな俺たちのことを見守っているのは、もう半分ぐらい、地の底に飲み込まれてしまった太陽だけだ。世界が束の間、赤く包み込まれるそのタイミングで、おもむろに樹里が立ち上がる。
それから太陽を背中に背負って、彼女は言葉を告げたのだった。
「――――もしあたしが大ちゃんのこと好きって言ったら、どうする?」
――不意に吹いてきた風が、遅れて春の香りを運んできた。そんな気がした。
えー……読者の皆様方もお察しの通り、まだこの作品は道半ばです。
当初考え始めた時よりもそのボリュームは遥かに増えており、一章部分でプロローグという感じといった有様でして……なんていうか書きたいと思っていたものが凄まじく膨れ上がっておりまして……。
なので、ここまでの物語で愛想を尽かしていなければなのですが、今しばらく彼らの物語を読者の方々には楽しんでいただけたらなと思うのです。更新再開には一ヶ月~二ヶ月程度の時間をもらうことになりお待たせしてしまうこととは思いますが、その時にはぜひともよろしくお願いしたいと思っております。
また、ここまで読んでいただいた読者の皆さま方には、是非ともポイント評価やブックマーク、感想等をいただけたらな……と思います。二章執筆において、大きなモチベーションとなりますので……是非に……是非に……。




