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昨日から付き合うことになったんだ!

 親友、とか。

 幼馴染、とか。


 ――多分、そういう関係を盲信する日は、どっかで終わりを迎えるものなんだと、俺こと笹原大樹は思う。


  ***


「なあ、大樹! オレ、睦月と昨日から付き合うことになったんだ!」


 親友にして幼馴染の向居正人は、俺の部屋を訪れるや否や、開口一番そう言った。ただでさえ整った顔を、これまで見たことがないぐらいに輝かせて、それはもう本当に幸せそうな表情で。


「へぇ。浮かれてると思ったら、なんだ、そんなことか」


 その正人の顔を見て、憎まれ口を叩きながらも俺はホッと胸を撫で下ろしていた。正人はずっと、上月(こうづき)睦月に想いを寄せていた。それこそ、三年以上昔からだ。そして睦月は、そんな正人の想いには気づいていなかった。気づかないままに、睦月も正人が好きだった。


 そんなラブコメ的な両片想いを繰り広げていた睦月と正人は、それぞれが俺の幼馴染で、親友だ。睦月とは塾が一緒だったし、正人とは小学校が同じだった。どちらともだいたい同じタイミングで俺と知り合って、中学で俺を介して二人は初めて出会うことになったのだ。


 いわば俺は、二人にとっての仲人役みたいなものだったのではないかと思う。睦月も正人も容姿は抜群に整っていて、出会ったその瞬間からいかにもお似合いの二人だった。どちらも学校中の人気を集めていて、男女の漏れなく誰もが二人のことを好きだった。

 早くくっつけばいいのに、なんて全員が感じているのは明白だった。なんなら俺が一番強くそう思っていた。お前ら、さっさとくっついちゃえよ、と。


 ただ、中学の三年間、二人の関係は「友達」の枠を決して出ることはなかった。


 そんな進まない関係を、やきもきしながら俺は見ていた。睦月と二人で会って話せば正人のことで相談を受けるし、正人と二人で会って話せば睦月のことで悩みを吐かれる。そんな二人に挟まれて、「頼むからさっさと知らないふりを卒業させてくれ」なんて誰にも言えない悩みを正直なところ俺は抱えていた。


 だが、高校二年生になってまだ間もない春の今日この日。ようやく俺は、「知らないふり」から解放されることが決まったらしい。

 嬉しそうに睦月との交際がスタートする正人を前にしながら、密かに胸の内で俺は拍手喝采を親友へと送るのであった。


「これも全部、大樹のおかげだよ」


 俺のベッドの上で胡坐をかきながら、正人が目を細めながらそう言った。


「なんだそれは。媚びを売るにしても大げさだぞ」


「媚びを売るとか、そんなんじゃねーって。オレさ、お前がいてくれなかったら……多分睦月のこと、遠くから見てるだけで終わっちゃったと思うからさ」


「ふーん」


「なんだよ。気のない返事だな」


「実際、どうでもいいと思ってるからな。俺が何をしたわけでもなし、『ふーん』以外に何を言えと?」


 俺は本気でその言葉を口にした。実際、正人と睦月なら、俺などいなくても勝手にくっついていたんじゃないかと思っている。


 正人はいわゆる、逞しい方向に容姿の整ったイケメンだ。勉強はやればできる方で、だけど部活動でやっている野球に打ち込んでいるため成績の方はパッとしない。だが、それを補って余りあるほどに、全国大会出場チームのエースで四番という肩書はまばゆいほどに輝いている。


 一方で睦月は、凛とした佇まいが印象的な美少女だ。ただでさえ整った容姿に加えて、学年でも常に試験で一位をキープし続ける優秀さを知らないものは恐らく同学年には一人としていないだろう。だというのに、その優秀さを鼻にかけるようなこともなく、日頃の振る舞いは控え目なところがきっと人気の秘訣なのだと思う。


 そんな二人の並んで歩いている姿は、誰が言い出したのか「ヒーローとアイドル」だなんていつの間にか言われるようになっていた。「二人の関係を邪魔してはいけない」という暗黙の協定がいつの間にか結ばれていて、睦月や正人に間違って告白しようものなら「カプの間に割り込もうとした罪」を理由にファンからの制裁が加えられるほどだった。


 どこからどう見ても完璧なカップルだったそんな二人だが、ただ一つだけ難点があった。それは、自分たちがどれだけお似合いなのか本人たちだけが気づいていない、ということだ。

 正人はしょっちゅう俺に電話で「どうやったら睦月に振り向いてもらえるんだろう」って相談してきたし、睦月は睦月で「正人君はきっと、私みたいな女は好みじゃないですよね……」とか愚痴めいたものばかり零してきた。


 正直言おう。ウザかった。

 ウザかった……が、この二人ぐらいお似合いならば、俺のサポートなんてなくても最後には収まるべきところにきっちり収まっていたんじゃないかって本気で思うんだよな、俺は。


 だから――。


「いや、本気で感謝してるんだって! だってさ、オレも、睦月も、お前がいなけりゃ――」


「やめようぜ、正人。そういうの」


「でもさ」


「……ったく。そういうところ、ほんと正人はウザいよな」


「ウザいって、どういうことだよ」


「人に素直にそうやって『ありがとう』って言えるイケメンっぷりを見たら、冴えない自分が惨めになるだろ。祝ってやるから俺を憂鬱にさせるのはやめてくれ」


「じゃあ、オレがまさに今お前に抱いている感謝は、どうすればいいわけ?」


「安心しろ。これから無残に踏みにじってやる予定だからな」


「ひどくね!?」


「差し当たってはストファイブやろうぜ、ストファイブ。ハメ技にハメ技重ねて、お前の門出を盛大に(のろ)ってやるからよぉ……!」


 わざとらしく邪悪に顔を歪めてみせると、正人が「うるせー! 今日こそはぜってーお前に勝ーつ!」とコントローラーを手に取りながら喚き散らす。




 ――高校二年生になったばかりの、ある春の日。こうして、俺の幼馴染二人は、カレシとカノジョのお付き合いを始めたのであった。


 そしてこの日をきっかけに、「俺たち三人」の関係も終わりを告げる。


「俺たち三人」の関係から、「二人と一人」に関係を変える。この時にはまだ、誰もそのことには気づいていなかったけど。

 本当は最後まで気づきたくなかったけど。


 だけど。


 気づかないままで終わる、なんてことだけは、絶対にあり得ないことだったんだ。

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