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9. 近代化…!



 スティーバさんと打ち合わせをするため、私は彼を別の部屋に連れ出した。

 エミリが私たちにお茶を入れ、後ろに控えると、早速、話を切り出す。


「まず1つ目は、私が開発者であることを内緒にしてほしいのです。薬の出所が、アンデッド王国であることも秘密にしてください」


「ほう? それはどういう…」


 首を傾げたスティーバさんに問いかける。


「お伺いしたいのですが、他国でのアンデッド王国の評判はどのようなものでしょう?」


「えっ? ああ、まぁそうですね。バラの産地として有名でしょうか」


「アンデッド王国の、国民の評判はどうでしょうか?」


「うーん、これといって別に…」


 スティーバさんは言いにくそうに言い淀む。


「…誠実で真面目といったところでしょうか」


「それは本当のことですか? ハッキリと本当の事をおっしゃって下さい!」


 きつい口調で問いただすと、スティーバさんは苦笑いを浮かべた。


「ええ、まぁ、実は…あまり評判がよいとは言えません」


 はぁ…、やっぱりね。

 前にお父様は『入国規制もしていないのに、他国のものはこの国に1人もいない』と言っていた。アンデッド王国は他の種族から嫌われているのだ。

 その理由には心当たりがある。


「見た目と匂いですか?」


 スティーバさんは観念したという顔で、首を縦に振った。


「それが一番の原因でした。あとは、この国には魔道具がありませんので、遅れているといった印象でしょうか」


 なるほどね。

 崩れた肌と、腐敗臭、そして強烈な薔薇の匂い。時代遅れの生活。それがこのアンデッド王国とアンデッド達の印象なのだ。

 そりゃあね。まともな鼻を持ってたら、以前のアンデッド王国に住むことは不可能だよね。


「そんな時代遅れの生活をしていて、臭い所に住んでいるアンデッドが作った薬を、他国の人達は欲しいと思うでしょうか?」


 「なるほど…」と、スティーバさんは頷いた。


「では、誰が作ったと言えば?」


「うーん…、そこは言葉を濁してください。でも、ちゃんと伝えてくださいね。スティーバ商会でしか取り扱っていないことを。まがい物が出回っては困りますから」


 スティーバさんは面白そうに目を細めて、ほうほうと頷いた。


「あとは…貴族向けと庶民向けと2通りの商品を作りたいと思っています。本当はそんなことをしたくないのですけれど…庶民向けのものは値段を安くして、貴族向けには貴重な素材を使用して、通常のものより高級感を持たせ、その分お値段もお高めに設定したいと思っております。器や香りを特別なものにしたらどうかと考えています」


 貴族向けの商品は、付加価値を付けて、多く利益を得る作戦だ。

 スティーバさんはニヤニヤ笑いながら、私の話を黙って聞いている。


「…でも、製作者不明というのは、やっぱり怪しいですよね? 小さな器に1回分づつの試供品を作ろうかしら? それを無料で配るのはどうでしょう。1度でも使ってもらえれば、薬の良さが分かると思うんですが…」


 難しい顔をして、真剣に考えながら話しているというのに、クスクスという笑い声が聞こえた。見るとスティーバさんが口元を抑え、我慢できないといった様子で、小さな笑い声をあげていた。


「ちょっ! なっ、何がおかしいんでしょう!?」


「いえいえ、これは失礼しました。いろいろと考えてくださってありがとうございます。しかし、製作者を秘密にする件や、売り方などは、こちらでも色々と案を考えております」


 えっ、そうなの!?

 

 「姫様!」と、突然、スティーバさんは真剣な顔でズイッと前に出る。


「アリサの変化を見てきた私が断言します。あなたの作る薬は特別です。庶民向けといえど、値段を安く設定する必要はありません。下手に安くすれば、従来の、薬師や、美容品を扱う者の仕事を奪うことになるでしょう。試供品を配る必要もありませんよ。すぐにその価値に気づき、こぞって買い求めてきます。

 …ですが、貴族向けの薬を作るというのは、私も賛成です。価値のあるものには、それ相応の値段が付くのは当然ですからねえ」


 フッフッフ…と笑いながら言った、スティーバさんの目がギラギラと輝いていて怖いっ! 思わずゾゾっと鳥肌が立った。せっかく気合を入れていろいろと考えてはみたが、商売のことは本職である商人に任せておいた方が良さそうだと悟った。やり手の高橋課長に似たスティーバさんには、いろいろと敵わない気がする。商売に対する情熱とか、もろもろ…。私には神から、商人の才能までは与えられなかったようである。トホホ…


 庶民向けの薬入れは今まで使っていた薬ビンでいいとして、貴族向けには新たな器を作った。香水瓶のように表面に洒落た模様が入っている。アンデッド王国はバラの産地なので、バラの模様を入れてみた。香り付けも、庶民向けには野草の匂いだが、貴族向けには、国花ではなく、通常のバラの匂いをつけた。そこは間違えたら大変だ。いずれは薬の出所が、ここ、アンデッド王国だと知られる日が来るだろう。その時の布石のようなものだった。


 売り出す商品が整ったところで、スティーバさんに気になることを聞いてみた。


「これらはすべて人間向けですが、他の種族向けの薬も開発した方がいいですよね?」 


 スティーバさんは「いいえ」と首を横に振った。


「とりあえずは、人間向けの物を揃えておけば良いでしょう。悪魔や魔族は人間よりも治癒力が高いので、人間向けの薬を使えば、人間よりも早く効果が表れます。獣人族は美容に関心がないものが多いので、おそらく薬を必要としないでしょう」


 そうなんだ…。スティーバさんの言い方だと、悪魔や魔族も人間と同じ薬が効くってことだね。獣人族には私の作った薬は売れないのかあ…。さすが商人は他国の事情に詳しいね。勉強になるよ。



 これらの薬には保存料が入っていないので、売れ残ったら困る。最初は少量づつ、スティーバ商会へと卸していた。しかし3ヶ月を過ぎたあたりから、急激に注文数が増えた。

 私を訪ねて来たスティーバさんは、笑いが止まらないといった様子だ。


「予想通りの大反響ですよ! 有るだけ引き取りますので、どんどん、じゃんじゃん作ってください!」


 王都の郊外にある土地は、すべて薬草畑へと変わっていった。それでも薬草の生産が追いつかない。連日フル稼働で薬が作られ、出来た物から次々と全て商会へと引き取られていった。売れ残りや返品は一切なかった。順調すぎるスタートだ。

 …おかしい。こんなにすんなりと上手く行くなんて、怪しすぎるっ! 何か落とし穴がありそうで怖い…


「姫様、腕をさすって、どうかなさったんですか?」


 エミリが不思議そうな顔で、私の顔を覗き込んだ。



 ----------



 だが、そんな心配は杞憂に終わった。

 落とし穴はどこにも出現することなく、順調に薬や美容品は売れ続け、半年が経過した。城を訪れたスティーバさんの身なりは、小綺麗な紳士風へと変貌を遂げていた。大商人の風格漂う姿だ。

 こうしてみると、まだ若い彼が、意外にカッコ良かったんだと気づいた。



「姫様! 私、ここを離れたくありませんっ! どんな仕事でもやりますので、ここに置いてくださいーっ!!」


 1年という契約期間が終わり、アリサが祖国へと帰る日が来ていた。

 アリサは自分を迎えに来たスティーバさんの顔を見ると、えーん、えーんと声を上げて泣き出した。もう19歳だというのに、アリサはここへ来た頃と変わらず、素朴で素直なままだ。


「そう言ってくれると私も嬉しいわ。でも1度、ご両親に会った方がいいんじゃないかしら? きっと心配してると思うわよ? ご両親の了承をちゃんと得たら、またここに戻ってくればいいわ」


 「絶対に戻ってきます!」と言い残し、アリサは涙を流しながら祖国へと帰っていった。



「アリサがいなくなると寂しくなるわね」


 ぽつりと呟いた私の言葉に、エミリがクスッと笑う。


「そうですね。無駄に元気で明るかったですからね。戻ってくるでしょうか?」


「さあ、どうかしら。戻ってきてくれれば嬉しいけれど。でも、故郷には親も兄弟もいるのだもの。やっぱり生まれ育った場所が一番でしょう。残念だけど、仕方がないわ」


 一番最初に懐いたマリーも去り、次に私付きになったメイドのニーナも、とっくに結婚年齢が過ぎてしまっていて、ひと月後に、やっと城を出て嫁いでいく予定だ。ニーナ曰く、『お城の居心地が良すぎるせい』だそうだ。

 仲良くなった者は次から次へと城から出て行ってしまう。


「姫様には私がおりますわ」


 そう言った、エミリの幼く可愛らしい顔を見て微笑む。


 エミリはまだ12歳だ。嫁に行くにはまだ早い。神様が見せてくれたあのゲームの時期まで、あと9年。それまでは、ずっと一緒にいてくれるだろう。


「そうね。エミリがいてくれるものね…」



 …そんな寂しい気持ちで過ごした時期もありました。

 しかし、1ヶ月後、アリサは戻ってきた! それも、何故か大所帯で!!

 アリサが城へと連れてきた大勢の人間を見て、目が点になる。総勢26名の団体様だ。

 アリサを呼び寄せ、小声で注意する。


「ちょっと、これどういうこと!? こんなに大勢連れてきて! 王城でこんな大人数、世話できないわよ!?」


「えへへ、すいません。アンデッド王国の暮らしやすさを自慢したら、こんなに大勢ついてきちゃいました。みんな私の親戚達です」


「この度は娘が大変お世話になりました。送り出す時は心配しておりましたが、とても良くしていただいたようで、本当にありがとうございます」


 アリサの両親が深々と頭を下げた。


「娘から話を聞いた時は、にわかには信じられませんでしたが、実際にこの国に来てみて、本当だったのだと確信いたしました。昔に1度、商売の関係でこちらの国に来たことがございましたが、その頃とは大変な変わりようで驚きました」


 へえ…、この人は昔のアンデッド王国を知っているんだ。まぁ、変わったっていっても、アンデッド達の見た目と匂いだけだと思うけどね。…って、それだけでも大きな違いだけど。


「1年間必死に働き、娘の稼ぎも合わせて、借金も全て返し終わりました。そこで、お願いがあります!」


 アリサのお父さんは、目を大きく見開いた。

 おおっ! 借金、返済できたんだあ! 良かったね…って、いやいや、感心している場合じゃないっ。こんな人数を城で世話するなんて出来ないよ!? 悪いけど、そこはしっかりお断りしないと…!


「ぜひ、この国で商売をさせていただけないでしょうか!」


「いや、無理っ…て。へ? 商売!?」


「はい、この国はこれからどんどん発展して豊かになっていくでしょう。この国の庶民向けに広く商いをしていきたいと思っております。スティーバ商会も庶民向けの商品はまだ扱っていないのではありませんか? 我々が他国の商品を持ち込めば、庶民の暮らしも便利になっていくことでしょう!」


 アリサのお父さんのギラギラした目が怖いっ! スティーバさんといい、この人といい、商人はみんなこんな人達ばかりなのかい!?

 しかし、そういうことか…。なあんだ、全員お城で世話して欲しいなんて頼まれるのかと思った。

 それにしても…この国がこれからどんどん発展していくって、彼は断言した。こりゃあ、気づいてるな…って、そりゃそうか。アリサは薬の実験台という名目で、この国へやってきた。そして今、スティーバ商会はあの薬を大々的に売り出している。アリサの両親が薬の出処に気づくのは、まあ、当然と言える。あの薬がどれだけ大量に売れているかも、もう知っているのだろう。さすが商売人、商機は見逃さないようだ。


「分かりました。どうぞ商いを行ってください。別にこの国は商人の行き来を制限したりしておりませんから」


 私の言葉を聞いて、アリサの親戚達は、一斉にワッと歓声を上げた。


「私は、引き続きお城で働きたいです! せっかくお城のみんなと仲良くなれたんですもの…。お願いします、姫様…!」


 アリサの言葉に、私はうふふと微笑んだ。そんなにここが気に入ってくれたんだ。アンデッドが人間に受け入れられた事実に、嬉しさが込み上げる。


「ええ、おかえりなさい、アリサ」


「えーん、姫様ーーー!!」と、アリサはぎゅーー!と私に抱きついた。


 ちょ、アリサ! あわわ、く、苦しい…!

 エミリがすごい目でアリサを睨みつけている気がするが、きっと気のせいだろう。



 そして、それからさらに2年後、アンデッド王国はアリサのお父さんの言葉通り、豊かな国に生まれ変わった。

 アリサの両親や親族は、今度は借金をこさえることもなく、商売は順調にやっているようだ。

 販売で得た利益で、城の財政は潤った。全体的にかなり古びている王城は、とりあえず緊急を要する危険な場所から改築を始めている。城内に置かれた家具は、そのほとんどすべてが入れ替えられた。

 私の新しいベッドはスプリングがよく効くので、最近はその上で飛び跳ねるのがマイブームだ。

 国の財政の潤いは、国民にも反映されている。王都の道は綺麗に塗装され、歩きやすく景観も良くなり、街灯がつけられたので、夜でも明るい。

 そしてなんとなんとついに! アンデッド王国では噂でしか聞いたことのない魔道具が導入されたのだ! 城の執務室と、街の広場にはさらに大きな立体映像モニターがお目見えした。


 それを聞いたとき、私は耳を疑った。

 …は? 立体映像モニター?


 王都の郊外には巨大な電波塔が建てられた。

 そして、私の手元にあるこれは、世界各地の映像が見られ、通話もできるという優れもの、いわゆるスマホである。しかし、スマホとは呼ばず、普通に通信機と呼ばれているのだが。

 私用にと与えられたピンク色のスマホ…じゃなくて、通信機に目を落とす。


 …ナニ、コレ?


 ちょっと待て!!

 この世界は中世ヨーロッパぐらいの文化レベルじゃあなかったんかい!?




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