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8. 神のスキル



「ふわあああああああああっ…!!」


 え、え、え!? な、なに!?

 高橋課長…ではなく、商人のスティーバさんが連れて来た人間の女性は、部屋に入って私を見るなり、持っていた鞄をボトリと落とし、わなわなと手を震わせた。

 私は眉を寄せ、彼女の反応を訝しんだが、ハッと思い出し、口元を確認する。

 ホッ、良かった。血は垂れていない。…だとしたら、いったい、なんなのだ? 彼女のリアクションに戸惑う。

 スティーバさんは、隣に立つ女性が明らかに不審な挙動をしているにも構わず、私に対しにこやかに微笑むと、丁寧なあいさつを始めた。

 え? あの…、いいの? これ。

 挨拶が終わると、やっと彼は横に立つ女性に声を掛け、彼女にも挨拶するよう促した。女性はハッと、慌てて手を体の横にピタッとつけて、ピンッと背筋を伸ばした。


「あわわっ、こ、これは失礼しました! わ、私はアリサと申します! ど、どうぞ、よろしくお願いいたします! お、王女様におかれましては、ほ、本日もたいへん見目麗しく…えーっとー…」


「ああ、そんな堅苦しい挨拶はいいのよ。こちらこそよろしくね、アリサ」


 私はなるべく優し気に微笑んだ。ふう、良かった。これはきっと、いつもの反応だろう。ちゃんと普通に受け答えが出来る人物で良かったとホッとした。この国の民たちと同じように、私が王女であることと、神経質そうな見た目にビビッちゃったんだね。こういう相手には、いつものように「怖くないよー」オーラを湛えた微笑みを向けておこう。ほうら、怖くないよ~


「は、はい! よ、よろしくお願いします…」


 アリサは顔を真っ赤にすると、もじもじとスカートを握りしめた。十代後半に見えるが、ずいぶん純情そうな子だ。まだ会ったばかりで断定はできないが、素直そうだし、悪人には見えない。それに、他国のスパイにも全く見えない。まあ、いかにもなスパイってのもいないだろうが…


 アリサを別の部屋へ案内させると、スティーバが一人、部屋に残った。


「いかがでしょう? 一般の市民で、素直そうな娘を連れて参りましたが。歳は18。彼女は怪しい者との繋がりもありませんし、後ろ盾もなく、何の力もありませんので、情報を自国や他国へ流す恐れもないでしょう」


「ええ、望み通りの者を連れて来てくれて感謝します。1年ほどは滞在してもらいたいのですけれど、彼女のご家族の了承は取れておりますの?」


「はい、彼女の親は商人でございますが、借金を抱えておりまして、食いぶちを減らすため、下種な男に嫁がされそうになっておりました。こちらの仕事を紹介しましたら、半信半疑ながらも、了承しました。こちらでの稼ぎを両親の借金の足しにしたいと、そう申しておりました。彼女の親も、それならばと、彼女を送り出した次第です」


「そう…」


 彼女の親も本意ではなかったかもしれないが、変な男に嫁がせようとする、そんな親の為に働きたいなんて、なんて殊勝で優しい子だろう。そして、アンデッド王国に来れば、知り合いどころか、人間は他に誰もいない。そんな所にたった1人で来るのは、とても勇気のいることだ。今、彼女はとても心細い思いをしているだろう。


「本人はもちろんのこと、ご両親も心配でしょうね。なるべく彼女には不便のないようにしたいと思います。実験体の他にも簡単なメイドの仕事を与えて、その代わり、食事と住処を提供し、給金は多少なりとも多めに支給することにしましょう。彼女と家族の、手紙のやり取りも許可します」


「寛大な処置に感謝いたします。彼女の両親にそう伝えましょう。安心すると思いますので」


 私は微笑んで頷いた。

 スティーバさんには充分な報酬を支払い、それから彼には、定期的に彼女の様子を見に来てもらって、それを両親に伝えてもらう事にした。手紙だけでは心配だろうと思ったからだ。


 それから7日。まずはここの暮らしに慣れてもらうため、実験体になってもらうのは後回しにして、アリサに簡単なメイドの仕事を与えてみた。王城内にある使用人の一人部屋に住んでもらい、食事は使用人たちと一緒にとってもらった。

 8日目になり、アリサを部屋へ呼んだ。メイド服を着こんだアリサが部屋へと入って来る。


「どう? 王城の暮らしには慣れたかしら?」


「はい! みなさん優しくて親切な方ばかりで、とても良くしてもらってます!」


「そう、良かった」


 頬を赤らめ、元気に返事をしたアリサに、私も微笑む。元気な様子にホッとした。初めて会った時のようにどもっていないし、私を見ても落ち着いている。

 まあ、正直なところ、お城の者たちの彼女への接し方は、あまり心配していなかった。アンデッド王国のアンデッド達は、裏表のない、いい人達ばかりなのだ。ただ、両親や兄弟、祖国の人達と離れて、寂しい思いをしていないかが心配だった。だが、彼女の明るく元気な様子を見るに、それは大丈夫そうだ。まだ、これからホームシックになるのかもしれないけどね。 


「では、さっそくで悪いのだけれど、薬の開発のために協力して欲しいの。大丈夫かしら?」


 アリサは一瞬、ギクッと体を震わせるも、緊張した顔で頷いた。元々、そういう条件で来てもらったのだし、覚悟はしてきたはずだ。ただ、薬の実験体なんて、怪しい仕事感、半端ないもんね。彼女の緊張は当然だろう。


「ちょっと、肌の様子を確認させてね?」


 私はアリサを屈ませると、顔を近づけ、肌をじっくりと観察した。少々日に焼け、鼻の上や頬に、シミやそばかすがある。頬を優しく撫でてみると、アンデッドよりも、しっとりとしていて弾力があった。

 ふむふむ…と観察していると、後ろから、なにやら鋭い視線を感じた。振り向くと、エミリが口をへの字にして、こちらを恨めしそうに睨んでいる。


「私は、顔を撫でてもらったことなんてないのに…」


 なにやらぶつくさ言っているのが聞こえた気がしたが…? 美少女であるエミリが、そんな事を言うはずがないから、きっと気のせいだろう。エミリの事は気にしない事にして、アリサへと顔を戻した。


「何か体の事で困っている事はある? お肌とか髪の毛とか、なんでもいいんだけれど…」


 「そうですねー…」としばらく考えたのち、アリサは少し恥ずかしそうに答えた。


「えっとー…、アンデッド王国に来てから思ったんですけど、この国の方達は、とても色が白いですよね…。私、前まではそんな事、思った事なかったんですけど、私の肌って、色黒で汚いなって…」


 私はうーん…と考えてから、


「人間の中では、そこまで色黒じゃないんじゃないかしら? それにアンデッド王国の人達は、色白っていうか、青白い顔をしてるから…。アリサはもっと、白くなりたいの?」


「ええ、はい! できるなら、貴族のお姫様のように白くなってみたいです!」


「そう、分かったわ。任せといて」


 その日の午後から、さっそく新しい薬作りに取り掛かった。スティーバさんから、すでに人間に関係する薬や薬草に関する本を何冊も買っておいた。材料はディカフェス先生が揃えてくれている。彼には昔からの伝手があり、この国にはない材料も比較的容易に手に入るそうだ。

 私は長い髪を後ろで縛ると、ドレスの上から白衣を羽織り、袖を捲る。これがいつもの研究スタイルだった。王城内にある私専用の研究室へと入ると、すでにディカフェス先生が待ってくれていた。


「お待たせしてすみません。では、さっそく始めましょうか!」


 

 数日後。睡眠時間を削り、食事の回数も減らして薬作りに没頭していたが、とうとう調合が上手くいき、納得いくものが出来た。私は神様からもらった能力のおかげで、調合が上手く出来たかどうかが、勘で分かるのだ。

 薬の作り方は、私の場合、すべて勘である。材料を見て、こうすればいいんじゃないかなあと、流れに身を任せ、息をするように何も意識せず、混ぜたり、煮詰めたり、薄めたり、乾燥させたり。それを適当に繰り返すと、いつの間にか出来上がっているのだ。

 反則技である。さすが神様がくれた能力!

 ディカフェス医師はその間、何をしているのかというと、私が作る手順や分量を細かくメモしていくのだ。私は分量を量ったりしないで、すべて適当なので、彼はその都度、私がどれだけ使ったのかいちいち量り直さねばならず、けっこう手間で面倒な作業をこなしていく。そして、その面倒な作業を繰り返し、細かく記録しておいてくれるおかげで、私が同じ作業を何度も繰り返さなくても、そのレシピを見れば、同じ薬を誰もが作れるようになるのだ。

 しかし、この薬のレシピは、もちろんアンデッド王国のトップシークレットだ。この薬で、外貨をガッポガッポと稼がなくてはならない。貧乏脱却大作戦だ!

 他国はアンデッド王国よりも、ずっと生活も文化も進んでいるらしいが、私が作る薬ほどの効き目があるものは、さすがにないと思われる。科学が進歩していた前世にも、これほどよく効くものはなかったからね。これらが他の国々へ広まったなら、この世界に革命が起きるかもしれない! …って、ちょっと言いすぎかな?


「言い過ぎではありませんよ」


 知らないうちに思ったことが口から出ていたのか、書きとったレシピを大事そうに鞄へとしまうディカフェス医師が答えた。


「あなたの作った薬は、たくさんの者達の役に立つでしょう。しかし、薬が広まれば、あなたの身に危険が及ぶかもしれません。充分、注意することです」


 彼の重みのある言葉に、私は神妙に頷いた。

 

「知っておられますか? あなたの能力は、『神のスキル』と呼ばれるものです」


「神のスキル?」

 

「あなたとは別の『神のスキル』を与えられた者も、この世界にはいるのです。良く知られているのは、ドワーフ国にいる男です。彼はこの世界に革命を起こしました」


「ええっ!? ど、どんな!?」


「アンデッド王国の国民には馴染みがないので知られていないのですが、彼は数々の魔道具を生み出しました。昔から魔道具は数多くあったのですが、彼の作ったものは、今までの魔道具の常識を打ち破り、この世界を急速に発展させました。この薬が売れれば、我が国にも、彼の発明品が導入されることでしょう」



 それから私はせっせと人間向けの美容関連薬品を作った。美白保湿クリームに始まり、入浴剤、シャンプー、コンディショナー、化粧水、乳液、ボディソープに日焼け止めクリームなど続々と完成した。ニキビ薬や、湿疹、かぶれ、虫よけや虫刺されの薬や、水仕事で荒れた肌、切り傷に効く、本格的な薬もそれぞれ作成してある。アリサが一度、やけどをしてしまった時には、やけどに効く塗り薬も作った。

 最近は肌に優しい化粧品の開発もしている。アリサの肌を見ていると、自分の顔色がとても悪く思えるのだ。少しでも血色がいいように見られたい! もちろん、人間用の化粧品も同時に開発中だ。


 アリサは目に見えて容姿が変わった。彼女の髪は、私の作ったコンディショナーを毎日使っているだけなのに、艶やかに輝いていた。肌は、彼女の理想通り、白くしっとりとしたものに生まれ変わった。シミやそばかすもどんどん薄くなり、よーく見なければ分からないまでになった。素肌も綺麗だが、ファンデーションを塗れば、もう完璧な肌だ。これが、薬を使い始めて3か月後のことだった。 

 

「どう? アリサ。最近の調子は」


 問いかけた私に、アリサは屈託ない笑顔を向けた。最近は全く警戒した様子もなく、緩み切った顔をしている。信頼してくれているようで、こちらとしても嬉しい。


「はい、全く問題ないです! どれも、すごーく使い心地がいいですし、こんなに綺麗になりました! ここの暮らしにもすっかり慣れましたし、もう、前の暮らしには戻れそうもないです。ここの居心地が良すぎちゃって…。あ、でも、姫様が時々、口から血を流してる時はびっくりしちゃいますけど。それにはまだ慣れませんね…」


「うっ、そ、そう…ホホホ」


 やっぱ、びっくりしちゃうよねえ!? 私も自分の顔を鏡で見て、よく驚いてるし。

 でも、アリサがすっかり馴染んだようで安心した。四六時中、アンデッド達に囲まれてるわけで、帰りたいなんて泣かれたらどうしようかと思っていたが、そんな心配は杞憂だったようだ。アリサが気さくな人懐っこい子で良かったよ。



 薬を使ってくれてるアリサの様子も問題ないようだし、もうそろそろ製品の販売を開始しようかと考えていた矢先、定期的にアリサの様子を見に来ていた高橋課長…じゃなくて、商人のスティーバさんからある提案をされた。


「私の商会に、姫君の開発された製品を一任して頂けないでしょうか?」


「え!? …それは、独占販売したいということですか?」



 思いがけないスティーバさんの発言を受け、急遽、王と王の側近、外相のコールドウェル侯爵、ディカフェス医師が集まって、スティーバさんとの話し合いを行うこととなった。もちろん、開発者である私も参加だ。 

 スティーバさんは頭を下げて懇願した。


「絶対に損はさせません! 必ず高値で売り切ってみせます! どうか、私にお任せください!」


 コールドウェル侯爵は渋い顔だ。


「私は国家間での取引を行うつもりだったんですが…。私にも伝手がありますのでな」


「うーむ、そうだな…」と、王も首を傾け、難色を示す。


 しかし、スティーバさんは必死に言い募る。


「いえ、しかし、それでは出回る国々に差が出ます。一部の者に独占されたり、突然、買取を拒否されることもあるかもしれません。私の商会なら、広く、多様な国々に販売路がありますので、貴族から一般の市民まで、皆に商品が行き渡るでしょう」


 彼の言う事も一理ある。国同士の取引ならば、政治が絡んでくる。強国の発言に、弱い国は逆らえないだろう。弱小国であるアンデッド王国が、他国にいいように利用されないか心配だ。



「発言してもよろしいでしょうか?」


 私が言うと、さっきまでのピリピリした雰囲気とは一転、お父様はふにゃりと目尻を下げた。


「どうしたんだい? イザメリーラや」


「高橋か…ごほん、ごほんっ。…スティーバさんの言う通りならば、私はスティーバさんにお願いしたいと思います。1部の人達に独占ではなく、皆に行き渡るようにしたいのです」


「姫君…」


 スティーバさんは驚いた顔で、こちらを見ている。

 王と王の側近、コールドウェル公爵は顔を寄せ合い、ひそひそと何やら話し合っている。そして頷き合うと、私に向き合った。


「お前が1人で成し得たことだ、お前の好きにするといい」


「え、いいのですか?」


 お父様の言葉に驚いて問いかけると、お父様は微笑みながら頷いた。

 本当に、この国の人達は私に甘い。他の皆も納得した、にこやかな顔をしている。


「お父様、皆さま、ありがとうございます。ではスティーバさん、よろしくお願いします」


「ありがとうございます、姫君。いえ、イザメリーラ様」


 スティーバさんは私に向かって、深々と頭を下げた。


「では、早速、打ち合わせをいたしましょうか。売り方に注文があるの。そのくらいは聞いていただけるわよね?」


 驚くスティーバさんに、私はニヤリと悪役の微笑みを浮かべた。

 



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