24. 大魔女
鋭い目つきの老婆の放った言葉に、ポカンと口を開けるアンデッド達。
は…?
アンデッド達にかかってる呪い?
「ギャハハハハハハハッ!」
老婆の隣に立っていた目尻の下がったもう一人の老婆が、けたたましく笑い声を上げた。
「ギャハハハッ! お姉ちゃん、そんな自信満々に言っといて、間違ってるじゃないか! こりゃあ、稀代の大魔女様も形無しだねえ! ギャハハハッ!」
「う、うるさいよっ! アンデッドが訪ねてきて、呪いについて聞きたいって言われたら、当然、アンデッドの呪いの事だと思うだろ!? おい、いつまでも笑ってるんじゃないよ!!」
怒り心頭の老婆は、目尻の下がった老婆の首を片手で絞めながら、もう片方の手で頭をポカポカと叩いた。
とんでもないことを聞いた気がする。嘘か本当か分からないけど、この人の言う呪いは、多重人格になる呪いとは別のものだろう。
「ちょ、ちょっと待ってください! アンデッドにかかっている呪いって、何のことですか!? 私達に、の、呪いがかかっているんですか!?」
「お前たちが紛らわしいことを言うから、恥かいちまったじゃないか! あんたら、自分達が呪いにかかってる事にも気づいてないのかい!?」
いつまでも首を絞められている老婆は、苦しそうに顔を紫色にしている。
「お、お姉ちゃん…、ほら、聞きたがってるじゃないか。うっうっ…はやく、呪いについて教えてやったら?」
「ふんっ!」と、未だ怒りが収まらない様子の老婆は、やっと首から手を離した。
「さあ、どうしてやろうかねえ…? どうしても聞きたいかい?」
私がコクコクと頷くと、老婆は意地悪そうな顔でニヤリと笑った。
「そんな簡単に教えてなんてやるもんかね! 教えるのと引き換えに、何をくれるんだい?」
「もう、そういう所が嫌われるんだよ? 可愛い女の子に意地悪してさ。さっさと教えてあげなよ」
どこからか別の声が聞こえたと思ったら、ぞろぞろと老婆が大勢、部屋の奥の扉から出て来た。
私達がギョッとして彼女らの顔をよく見ると、それは先ほど私を占ってくれた、別の民家にいた老婆たちだった。
なぜか今、この家に全員集まっていたようだ。
「ごめんよ。こんなでも私ら魔女の村の長で、稀代の大魔女と呼ばれてるんだ」
「長生きしてても大人気ないから」
「本当、本当。間違ったからって逆切れしてんのさ。ヒヒヒ」
「ああもう、うるさいよっ!!」
大魔女と呼ばれた目つきの鋭い老婆は、他の老婆…いや、魔女らからからかわれて、額に青筋を立てている。
「どうして皆さん、こちらに!?」
「ヒヒヒ。あんたらをちょっと試させてもらったのさ。私らの知識を悪いことに使う奴らもいるからねえ。そんな奴らは大魔女様には会わせられないのさ」
後から出て来た魔女の一人が答えた。
私はなるほどーと、ポンと手を打つ。
「あっ、じゃあ、私達が安心安全な心優しいアンデッドだと分かったから、大魔女様に会えたんですね!?」
魔女は眉間に皺を寄せ、首を横に振った。
「いいや。ただ、がっぽり稼がせてもらったから、サービスしてやろうと思って」
「値切りもせず、気前よくジャンジャカ払ってくれたからねえ」
「太っ腹なお嬢ちゃん。あたしゃそういう子、好きだよ」
…あ、値切っても良かったんだ。
いやいや、そのおかげで大魔女に会えたんだから、これで良かったのか?
彼女らの信用は、お金で買えるようだ。
「…はあ、しょうがないねえ。しっかり稼がせてもらったし、まあ、最初から教えてやるつもりだったよ」
大魔女はやれやれと首を横に振ると、私に座るように言った。
私は年季の入ったちょっと小洒落たダイニングテーブルに、大魔女と向かい合って座った。
「で? あんたはアンデッドの呪いじゃないなら、何の呪いを聞きに来たのさ」
「あ、あの…多重人格になる呪いについて聞きたかったんですが…。でも今は、アンデッドの呪いの方が気になります!」
大魔女は、ふうん…と考え込むように私の顔をジッと見た。
「多重人格になる呪いなんて、どこで聞いたのさ」
ギクッとする私に、大魔女は全然気にしないで続ける。
「まあ、いいさ。…そうだねえ、まずはアンデッドの呪いについて教えてやろう。やあっとアンデッドがあたしの所に訪ねてきたんだからねえ…」
大魔女は、アンデッドにかけられている呪いについて教えてくれた。
それは、驚くべき内容だった。
なんと、私達アンデッドは、死の呪いが掛けられた人間だというのだ!
うっそー! 何だ、それは!?!?
「…えっと、それは、どういう事? 私達が、人間…?」
「はあー…、まったく。あたしゃねえ、ずうっと待っていたんだよ。アンデッドが訪ねて来るのを、呪いについて聞きに来るのをさ。なのに、300年、全く音沙汰がないじゃないか。あたしの存在を忘れてるんじゃないかと思ったね!」
大魔女は呆れたように首を横に振った。
「まさか、アンデッド化が呪いによるものだと分かってなかったとは! あの王子にしてもそうさ! ほんと、呆れるばかりだねえ!」
「そ、それが本当だとして、どうしてそんな事に…」
言いかけた私に、大魔女は「あたしゃ、嘘は言わないよ!」と、ピシャリと反論する。
「先に言っとくけど、悪いが解き方は知らないからね。…ただ言えることは、ただの人族や魔族、魔物らに、こんな長期に渡る大規模な呪いをかけることは不可能って事だ。もちろん、あたしら魔女にもさ。多重人格が受け継がれるなんて呪いも同じさ」
「え? だとしたら、いったい誰が…?」
私はエミリと顔を見合わせる。
えっとお、この世界にいる種族って、他にいたっけ? エルフやドワーフ、獣人は人族、竜人族や悪魔は魔族に含まれるし…?
「そこまでは分からないね。それは自分で考えな。…さてと、じゃあ、お代を頂こうかねえ」
なあー!?
解決策も犯人も教えてもらってないのに、図々しくお代を請求するんかい!
しかめっ面をして渋る私に、大魔女はやれやれと溜息をついた。
「ふん、仕方ないね。じゃあ、もうちょっとだけヒントをくれてやるか。うーん…そうだねえ、大した効力のない些細な術は、術者の死後もほんの少しの間だけなら残る事もある。だが、こういう強力で効果の強い呪術は、大抵、術者が死ねば消えるもんさ。それが残っているってことは…」
「え? まさか、術者がまだ生きてるってことですか? そんな…、だって300年前ですよ!?」
大魔女はニヤリと笑って頷いた。
「この世界にはね、あんたらには想像もつかないくらい長生きな奴もいるんだよ。現にあたしだってそうさ。普通の魔女よりだいぶ長生きしてるしね」
「え? え? 300歳以上ってことですか!?」
「ヒッヒッヒ。まだピッチピチだから、そうは見えなかっただろ? 話はここまでだ。報酬は、お金よりそっちの鞄の中身がいいねえ。こんな田舎じゃあ、金があっても、めったに買い物も出来ないからね。いいものが入っている気がするよ」
魔女は勘が鋭いのだろうか。大魔女はエミリが持つ鞄を指さしてニヤリと笑った。
鞄の中には、何かあった時の為にと、バラ製薬のいろいろな薬や美容薬品が入れてある。
私が頷くと、エミリは鞄を開けて、中身をすべてテーブルの上に並べた。
「うおおっ!? こりゃあ、効果の高い薬品じゃないか! これは、あたしが全部もらうよ!」
目尻の下がった魔女は、零れ落ちそうなほど目を大きく開くと、勢いよく薬瓶に飛びついた。
一目見ただけで薬の価値が分かったのだろうか…?
「おや? そうなのかい!? おい、一人占めするんじゃないよ!!」
「あたしにもおくれよ!」
「ちょっと、引っ掻くんじゃない!」
大魔女と他の老婆らも負けじと手を伸ばしながらテーブルに飛びついてきた。悲鳴と怒声が飛び交い、阿鼻叫喚の大騒ぎだ。
その凄まじい様子に後ずさり、もう退散しようと扉に向かった私は、ハッと思い出して振り返る。
「すみませーん! もう一つだけ聞きたい事が! 青い月の出る時期を変えることって出来ますか?」
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アンデッド王国に戻って来た私は、自室で頭を抱えていた。
フローにかかった呪いについて聞きに行ったはずが、アンデッドまでが呪いにかかっているという新事実を告げられてしまった。
結局、呪いをかけた人物もそれを解く方法も分からずじまいだ。大魔女の言葉を信じるなら、300歳以上の人物ということしか分からない。
青い月についての質問には、「神様でもない限り無理!」と言って笑われてしまった。クッソー!!
ああっもう! なあんにも解決していない!
イライラした私は、髪の毛をくしゃくしゃとかき混ぜた。
お父様にも一応、報告はするつもりだが、こんな不確かで解決策もない報告を受けても困惑してしまうだけだろう。
あれ? そういえば、エミリは最初の恋占いの魔女の言葉を聞いた直後に、すでに彼女らに期待をしていた。あの占いは全くのハズレだと思うのだが、いったいどこで信じる気になったのだろうか…?
「ねえ、エミリ。あの恋占いって、全くのでたらめだったのに、どうしてあの占いを聞いて魔女の言葉を信じる気になったの?」
「まあ、姫様。ピタリと言い当てたからに決まってるじゃありませんか」
え? 当てた? どゆこと?
えっと、あの占いって、どういうのだったっけ…?
確か、私を深く想う人は3人いて…、年上と年下と、ずいぶん年上だったっけ?
「どこが当たってるのよ? 私を深く想う人なんていないのに」
「あら、姫さまったら。その鈍い所も可愛らしいんですけど…、でもちょっと鈍すぎません? 確かにいらっしゃいますよ。姫様を深く想うお方は」
「え!? 嘘! 誰!? お願い、教えて!!」
思わず興奮してしまい、エミリに縋りつく。
そ、そんな人がいたなんて本当!? 信じられないけど、う、嬉しいー!
エミリははしゃぐ私を見て、苦笑いを浮かべる。
「仕方ないですねえ。まず年下は、キフェル様ですわ」
「キフェル? ええー!? 彼は私を姉のように慕ってくれてるだけよ。そんな雰囲気ではなかったもの。で、他は?」
「ずいぶん年上っていうのは、商人のスティーバの事だと思います」
「ええー!? スティーバさん!? それは、ないない! 確か13以上は歳が離れているわよ!? 彼とは私がまだ小さい子供の頃からの付き合いだし、まさか私を恋愛対象とは思ってないわよ!」
今度は生暖かい目を向けられた。
私、なにかおかしいこと言った?
「うーん、じゃあ、年上は?」
「もう! さすがにそれはいくらなんでも分かりますでしょう!?」
いくらなんでもって、分からないんですが…
首を傾げると、エミリは呆れたように首を横に振って答えた。
「はあー、さすがにお気の毒に思いますわ。マテウス様が」
「はあ? なんでマテウス?」
キョトンとする私に、エミリは当然と深く頷いた。
「もう、ずうっと幼いころから、マテウス様は姫様一筋でしょう!? 誰がどう見たって明らかです!」
は? は? エミリは何を言ってるの…?
だって、エミリの恋人はマテウスでしょう?