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23. 魔女の住む村



 自室にて、私はある攻略対象者のストーリーをまとめた紙を睨みつけ、うーん…と眉間に皺を寄せる。


「どうかなさいましたか?」


「うん、いや…なんかさあ、この話、ちょっと不自然だと思わない?」


 エミリは私の手渡した紙を、しげしげと眺める。


「ああ、フロー様のお話ですね」


「うん。この話の中のイザメリーラの行動が、ちょっと理解不能なんだよね…」


 フロー・ベッシェルゴン。

 彼はフェソェンツ王国の王子で、攻略対象者の中で、唯一の人間だ。

 彼の話はこうだ。


 

 フェソェンツ王国はアンデッド王国と建国した年が近く、まだ300年ほどと、この世界の中では若い国だ。

 フローはこの国の王の長子で、王太子である。

 誰も知る者はいないのだが、この国の王族には、呪いがかけられている。代々、王位を継ぐ者が、多重人格者になってしまう呪いだ。

 それまでは正常だった王子が、王太子となった途端、裏の人格が現れる。

 それが呪いによるものだと分かったのは、近年、偶然この国に現れた鑑定・解析が得意な魔導士が、王の依頼で王太子の魔力を鑑定した時だった。

 それから、王やフローは呪いを解くため、あらゆる魔法や呪術、薬を試したが、結局解くことは出来なかった。


 そんな多重人格に悩まされるフローであったが、神樹レスポート王国の招きを受け、国際交流会に参加をする。

 そこでフローはオリアナ姫と運命的な出会いをする。

 普段のフローはキラキラしい、いかにもな王子様だ。社交的で明るく、そこにいるだけで主役の輝きを放っている。

 だが、裏の性格は被害妄想が激しく、人間不信を発症している。傷つきやすく、いつも何かに怯えている。

 そんな時々性格が豹変する王子に戸惑いながらも、なぜか目が離せないオリアナ。心優しいオリアナは、そんなフローを放っておくことが出来ない。

 彼の多重人格が、先祖代々、王族に受け継がれている呪いによるものだと教えられたオリアナは、彼を救うため、あらゆる呪いを解くことが出来ると言い伝えのある解呪の水を求めて、神樹レスポート王国内にある魔獣の住む迷宮へとフローと共に潜るのだ。

 魔獣を倒しながら、ついに二人は迷宮の最奥で解呪の水で満ちた泉を見つける。そして、その泉の前でこと切れているイザメリーラをも。二人の邪魔をしようと迷宮に入り込み、魔獣にやられたのだろう…とフローは推察する。

 泉の水を手に入れ、これで呪いが解けると喜ぶ二人だったが、その水を鑑定してみると解呪の効力は失われていた。

 先回りしたイザメリーラが、異物を投げ入れ、水に宿った魔力が消えてしまったと思われる。

 呪いを解く唯一の手段が失われたと嘆くフローは、イザメリーラを、そして彼女の祖国アンデッド王国を酷く憎んだ。

 自暴自棄になった彼は兵を立ち上げ、アンデッド王国を攻め滅ぼす。

 アンデッドを殺し尽くしても立ち直れないフローに、オリアナ姫は愛を告げる。あなたが呪われていても、そうでなくても、あなたが大切な存在であることに変わりはない。ずっと傍で支え続ける…と。

 オリアナの愛を受け、愛の力だろうか。フローの裏の性格は大人しくなり、二人は手を取り合って、仲良くフェソェンツ王国に帰っていく。


 めでたしめでたし…って、なんでやねん!

 イザメリーラがどんなに憎かろうと、アンデッド王国を滅ぼすとか意味分かんないしー!

 ちなみに、お父様たちに渡した紙には、イザメリーラが迷宮で死亡した事は書かれていない。他の話でも、イザメリーラの結末には触れていない。

 私とエミリ、二人だけの秘密だ。


「ねえ、ゲームの中の場面では、イザメリーラの遺体があっただけだよね?」


 それっておかしくない? と問えば、エミリが不思議そうに首を捻る。


「え? おかしいですか?」


「ええ。だって、たった一人でイザメリーラは迷宮に入って行ったの? それって不可能じゃない?」


「あ!」


 エミリは驚いて目を丸くした。


「本当ですわ! どうやってここまで辿り着いたのでしょう!? フロー様やオリアナ様は、たくさんの護衛の方とご一緒でしたわよね!?」


「そうなのよ。ここは危険な魔獣がウヨウヨいる迷宮よ? いくら二人の嫌がらせをしたいからって、たぶんイザメリーラは、今の私のように戦闘訓練も受けていないでしょう? そもそも、たった一人で迷宮に入って行きたいと思うかしら?」


「…それって、どういう事でしょうか? あ、もしかして、護衛と一緒に入って、護衛は魔獣に食べられてしまったとか!?」


「うーん…。それにしちゃあ、イザメリーラの遺体は綺麗に残ってたわよね? 不自然じゃない?」


「え…? じゃあ、どうして…」


「うーん…これは推測なんだけど、私が思うに、はめられたんじゃないかしら?」


「はめられた?」


「うん。誰かにここまで連れて来られて魔獣に殺させたか、…あるいは、そいつが殺したか…」


「ひっ! そんな!!」


「そもそも、解呪の泉の効力って、本当にイザメリーラのせいで消えたのかなあ…。それって、全部フローの憶測だよね?」


 そもそも、イザメリーラがオリアナにしていた嫌がらせは、みんなの前で罵ったり、影で悪口を言ったり些細なものだ。

 オリアナに嫉妬して憎かったとしても、そのお相手であるフローに対して、邪魔をしたりする…?


 それに、もう一つ気になっている話がある。

 獣人族の王子、リパーフ・ベスティアの話だ。

 彼の話はこうだ。



 ベスティア王国の王子リパーフは、獣人族の王子で、すでに次代の王に決定している。

 彼はライオンの獣人で、普段は頭にライオンの耳を生やしてはいるが、人間の見た目をしている。ライオンのたてがみを思わせる黄金色のふさふさとした髪をしており、鋭い目つきでワイルドな性格のイケメンだ。

 獣人族は人間よりもはるかに運動能力が発達しているが、彼の内に秘める能力は普通の獣人よりも、はるかに優れていた。

 それが、成長と共にさらに膨れ上がっており、内に宿る力が徐々に制御出来なくなってきていた。

 特に、青い月が出ている時は、獣人たちは自身の力が最大になる。

 この世界には、普段ほとんど毎日出る白い月と、めったに現れない青い月がある。青い月は4年に一度、3日間だけ現れる特別な月だ。

 国際交流会が開かれ、それに参加したリパーフは、オリアナ姫に熱心にアプローチをかける。

 しつこい誘いに、初めは戸惑っていたオリアナも、次第にリパーフの魅力に惹かれていく。

 青い月が出た夜、みんなが寝静まった深夜。獰猛なライオンが人を襲い、何人もの犠牲者が出た。

 朝、起きたリパーフは、自身の体に違和感を感じる。

 彼の体は返り血で血まみれとなっていた。睡眠中、自分の意志とは無関係に人々を食い殺していたのだ。

 自分の体に不安を感じ、恐れるリパーフに、オリアナだけは彼を信じ、一緒に乗り越えようと励ます。

 次の夜、またも暴走したリパーフ。それを止めようと彼の前に体を投げ出すオリアナ。

 殺戮を繰り返し、完全に自我を失っていたリパーフは、オリアナに襲い掛かる。

 しかし、オリアナの涙を見た彼は、ギリギリで正気を取り戻す。

 オリアナのおかげで自力で獣化を抑えることに成功したリパーフは、その後は自身の力を制御できるようになり、再び勝手にライオンの姿になることはなくなった。

 イザメリーラはリパーフの暴走中に食い殺されたと思われ、すでに出番はない。

 リパーフはアンデッド王国に攻め入り勝利をおさめ、自身の失態を挽回すると、オリアナと共に祖国に帰り、無事、二人は結ばれるのだった。


 めでたし、めでたし…って、またしてもこのパターンかっ!

 全くどいつもこいつも、いちいちアンデッド王国に攻め込むんじゃないよ!

 …と、それはさておいて、私は気になっていたことをエミリに尋ねる。


「ねえ、エミリ。青い月が出るのって、来年だったかしら?」


「いえ、違います。アンデッド王国の学者らにも問い合わせましたが、青い月が出るのは再来年です。4年おきの周期は絶対で、例外はないそうです」


「…そうよねえ? これって、一体どういう事かしら」


 国際交流会が開かれるのは、来年の夏のはずだ。期間は2カ月。

 その期間中に青い月が出るなんて、あり得ないのだ。

 この二つの話は、不自然さが際立っている。結果から考えれば、まるで何者かが、わざと王子を暴走させているように感じる。

 うーむ、分からん。

 とりあえず、今は考えても分からないので、分かることから検討していこうと思う。


「さ、もうそろそろ時間ね。行きましょうか!」


 私はいつものメンバー、エミリと護衛の騎士を引き連れて、馬車で発着場へと向かった。

 今回また、国外へ向け飛び立つ。向かう先は、いろいろな種族が雑多に住む多種族国家“サメレン”。その国には、呪術に詳しい魔女たちが住む村“ヘクサ”がある。

 昔から魔女はアンデッドと同じく他国から気味悪がられ、蔑まれている。彼女らが使う呪術は、魔法とは異なり、スキルに分類される。

 どうも彼女らは一筋縄にはいかない癖のある者が多く、他の種族とは相容れないらしい。ひっそりと人が踏み入らない奥地に、彼女らだけの村を作って暮らしている。

 だが、呪いを受けた者や、病気に苦しむ者、悩みを抱える者たちは、彼女らを頼り、その村を訪れるのだ。彼女らの呪術は万能ではないが、救われた者も数多くいるらしい。

 サメレンまで、琉金号で約二日間の空の旅だ。

 私はフェソェンツ王国の王族に代々受け継がれている呪いについて、魔女から直接話を聞こうと今回の旅を思い立った。

 当然、フローも魔女に助けを求めたであろうが、異世界の知識のある私が聞けば、もしかしたら何か解決のヒントが得られるかもしれないと思ったからだ。


 琉金号はサメレンの首都にある発着場へは向かわず、辺境の村ヘクサに直接向かう。ヘクサに発着場はない。自然豊かな森に囲まれてた村の近くの、少し開けた草むらの中に着陸した。

 私はエミリと護衛の騎士らと共に、村の中へと入る。

 近頃はどこも魔道具の普及が進んで、アンデッド王国でさえも近代的になってきているが、ここには、昔のアンデッド王国の下町を思わせる趣があった。

 古びて欠けたレンガの壁に、朽ち落ちそうなとんがり屋根の乗った民家が立ち並んでいる。


「これって…」


 私は民家の玄関先に立てかけられた看板に気付いた。

 見渡すと、どの家の前にも古びた看板が掲げられている。

 『いらっしゃいませ』『お気軽にお入りください』

 この看板がかかった家、一軒一軒に魔女が住んでいるのだろうか…?

 私はエミリと頷き合うと、目の前にある民家の扉を叩いた。


「…どうぞ、奥に入っておいで」


 家の奥から皺枯れた女性の声が聞こえた。

 扉を開け薄暗い廊下を進むと、ダイニングテーブルに一人の老婆が座っていた。黒いローブを羽織り、長い癖のある髪を頭の上で結ってあり、長い鷲鼻はいかにもな魔女だ。彼女はジロジロと私を値踏みするように眺める。そしてニヤリと笑うと頷き断言する。


「ふむふむ…、若い娘か。恋占いをご所望だね」


「え? いいえ、違います。ちょっと尋ねたい事がありまして…」


 私は胸の前で手をブンブンと横に振る。

 だが老婆は自身の前の椅子を指さした。


「ふんっ、まあいいじゃないか。さっさとここにお掛け」

  

 エミリは憤慨した様子で前に進み出たが、それを静止して老婆の指した椅子に座った。


「ええと…、私は恋占いじゃなくて、“呪い”について伺いたいんです」


 老婆は私の言ったことが聞こえていないのか、赤い布を取り出すと、黙ってテーブルの上に広げた。そして、大小さまざまな大きさの色とりどりの石を出すと、何かを念じ、布の上に落とした。

 散らばった石を見つめる老婆の顔は真剣だ。

 私は声が掛けられず、黙って老婆を見守った。


「ふんふん、なるほど。こりゃあいいねえ。あんたを好いてる男は大勢いるようだ。…だけど、強い思いを抱いているのは、3人だね。年上と年下、それと、ずいぶん年上だ」


「はあ…」


「でも、まだこの中から選ぶのは早計だよ。近いうちに別の男達も現れる。全員、富や権力を持った優良株さ。こりゃあ、楽しみだねえ」


 老婆はヒョッヒョッヒョと気味の悪い笑い声を上げた。

 この人の言う通りなら、私はモテモテ娘だ。だが、情けないことに、そんな男性には、今世、一度もお会いしたことがない。トホホ…

 所詮、占い。 

 当たるも八卦、当たらぬも八卦か。


「…そうですか。それで、“呪い”についてなんですが…」


「わたしゃ、恋占い専門なんでね。他を当たっとくれ」


 私達は老婆に占い料を払って外へと出た。

 なんだかぼったくられた気分だ。

 頼んでもいない占いは当たらないし、呪いについては全く教えてもらえなかった。


「なんだか、期待できそうにないわね…」


 私がため息交じりに言いながらエミリを見ると、彼女の瞳は輝いていた。


「いいえ、予想以上です! これは期待できますよ。次に行ってみましょう!」


 エミリの勢いに押され、私達は別の民家へと入った。またも別の老婆に促され着席する。この老婆は姓名判断専門だった。

 次に入った家の老婆は風水。次は名付け。その次は探し物専門。

 私は探し物専門の老婆に、呪いについて知っている魔女が住む家を尋ねた。だが、「自分で探しな」と追い出された。ケチ。

 その後も、仕事運、金運、子宝運やら健康運。旅行、引っ越しの時期やら、転職、将来についてなど、頼んでもいないたくさんの占い結果を聞いた。そして、無駄な知識を得て、占い料を搾り取られた。

 私が子を産んだら、男の子ならカステック、女の子ならシュオンって名前がいいんだって。へえ… 


 だが、すべてが無駄ではなかった。

 旅行や転職占い専門など、未来についてを占ってもらった時、彼女らが口にした共通のキーワードがあった。その言葉を聞いた時、私の肩はビクッと震えた。

 「来年の夏」

 彼女らはその時期に転機があると語ったのだ。

 来年の夏といえば、ちょうど国際交流会が開かれる時期だ。神樹レスポート王国はまだ何の発表もしてないし、こんな田舎に住む彼女らがあの閉鎖された国の内情を知るはずもない。エミリの言う通り、彼女らの占いはなかなかに馬鹿に出来ないのかもしれない。

 ところが、期待を持った私の耳に、エミリの気落ちした声が。


「姫様…。看板が出ている家は、すべて回ったみたいです」


「えっ、全部!? なによ! 結局、一軒もなかったじゃないの!」


 こんな遠出をしてきたのに、無駄足になってしまった。

 私達はがっくりと項垂れて来た道を戻る。

 村の中心辺りに差し掛かった時、老婆の声が聞こえた。


「ちょっと、待ちな」


 呼ばれた方を見ると、村の中では大き目な古びた屋敷の窓の中から、老婆が手招きしている。

 家の前に看板はない。

 私達は玄関扉を開け、中に入った。

 奥へ進むと老婆が二人立っていた。

 そのうちの一人がジロリと私を睨む。その鋭い眼光は、今までこの村で会った老婆たちとは迫力が段違いだった。

  

「あの…」


 私がおずおずと口を開くと、老婆がすかさずそれを遮る。


「待ちな。あんた達の聞きたい事は分かってるよ。アンデッド達にかかっている“呪い”のことだろう?」


 老婆は自信満々にニヤリと笑った。

 だが、私達は首を傾げる。

 …へ?

 アンデッド達にかかっている呪い…って、何のこと?




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