22. 短期留学
マテウスは留学のため、アンデッド王国を離れた。帰って来るのは約1年後だ。
国際交流会までは、あと1年とちょっとのはず。まだ神樹レスポート王国からは、何の知らせも届いていない。
いつ開催の知らせが届くのかと、戦々恐々と待ち構える日々だ。
残念ながら、攻略対象の王子らの問題を解決するという目標は、今のところ達成出来ていない。
いや、一人解決済みがいたわ。
マテウスだ。
彼のゲームの中の話はこうだった。
知的でクール(?)な貴公子マテウスは、知っての通り、アンデッド王国の貴族、コールドウェル侯爵家の長男だ。
ゲームの説明書にはこうあったが、クールというより、シャイであると私は思う。無口なところがそう思わせるのだろうか?
おっと、話が逸れた。
彼はまだ18歳という若さだが、外相を務める父の後に倣い、貿易関連の仕事に携わっていた。
誠実で真面目な好青年である彼は、堅実に仕事に取り組んでいた。だが、心の奥底に苦悩を抱えていたのだ。
アンデッドは他種族から蔑まれる存在だった。能力が高く有能であるのに、いつも他国の外相との交渉は難航した。アンデッド王国は周辺諸国から見下され、常に不利な条件で貿易させられていたのだ。
婚約者であるイザメリーラ姫と共に参加した国際交流会で、彼はオリアナ姫と運命的な出会いを果たす。
オリアナは地位の高い神樹レスポート王国の姫君で、しかも世界樹の巫女だ。なのに、アンデッドであるマテウスに対して、一切の差別をしない。
彼に対して、他と全く変わらない優しい笑顔で接するオリアナに、マテウスの心は次第にほぐれていく。
マテウスが心の内に隠していた差別を受け傷ついた心と、外交がうまくいかないジレンマを見抜いたオリアナは、彼を励まし勇気づける。
それだけでなく、彼女の口添えで貿易問題まで解決してしまう。
国際交流会の場で彼女はアンデッド王国の現状を涙ながらに訴え、それに感銘を受けた各国の王や王子らがそれに答える形で、貿易の正常化を実現する。
絆を深くした二人は結ばれ、マテウスが王位に就いたのち、アンデッド王国は繁栄を果たし幕を下ろす。
散々二人の邪魔をしたイザメリーラは国外追放処分となる。
~完~
いやあ、平和だわー
他の王子らもこうあって欲しかった。
なに暴れ回ってくれちゃってんだろうね。
マテウスルートならば、死者が一人も出ないのだ。このルートを目指すのは当然だよね?
だがここで問題が。マテウスはエミリと結ばれたがっている。
本来、城にいなかったはずの庶民のエミリがマテウスと接点を持ったせいで、シナリオが変わってしまったのだろうか。
ゲームの中とは違い、我が国は他国と比べても裕福になってきた。近代化や防衛面の強化も進み、そのおかげか、ずいぶんと貿易の不平等はなくなったと聞く。
本来なら、マテウスは帝王学の勉強も留学もしないで、もうすでに外相として活躍している時期なのかもしれない。
私が薬を販売したことで国が豊かになり、未来を話したせいで彼の行動が大きく変わってしまった。
あれれ?
こうして考えてみると、余計な事をしてしまった感が拭えない。
悩みがないマテウスは、オリアナから慰めてもらう事も、助けてもらう事も出来ない。
うーむ…、一応、保険として、安全なマテウスルートに進んで欲しいんだけどなあ。マテウスやエミリ、オリアナ姫には悪いけど。
他の王子らの諸事情が収まったところで、3人で話し合って、どちらを妻にするか決めて欲しい。
さすがに無理がある? 酷い?
まずは、マテウスに悩みを作らないと、かな…?
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「もうっ、なんでこんなにイライラするんだ!」
ライツェント王国に留学中のザータン王国第二王子キフェル・ポイフェイは、アンデッド王国王女イザメリーラと会った翌日、いつものように授業をさぼっていた。
校舎のすぐ隣にある寄宿舎に住まう彼は、もう2か月以上、授業に出ていない。
学園の門へと続く道を歩けば、授業中の為、誰の姿も見えない。
エントランス広場に差し掛かり、ここ各国の王子や有力貴族らが通う世界有数の名門校に相応しい豪華な噴水が塔のようにそびえている。噴出口から上がる幾本もの水が、美しい放物線を描いて落ちる。
キフェルは八つ当たりするように、噴水の外郭を囲う低い枠を勢いよく蹴った。
ガツンッ!!
硬い石で作られた囲いは少しも凹まず、キフェルの足は酷く傷んだ。
「ああー! もう、痛いっ! なんなんだよ、もうっ!」
「キフェル様! お怪我をなされたのですか!?」
キフェルを探し回っていた老齢な従者ルットが、足を抱える彼に慌てて駆け寄る。キフェルの目には涙が滲んでいた。
「う、ううっ…」
「おおっ、これは痛むでしょう。お部屋でお薬を塗りましょう! さあ、こちらへ」
キフェルが赤子の頃から使えるルットは、彼を自身の孫のように可愛がっている。ザータン王国国王である彼の父、母、そして兄。みんなが彼を大切にした。
たくさんの愛に包まれて育ったキフェルは、良く笑い、快活な甘え上手な男子に成長した。
己の欲求のままに行動する彼は、自身の育った城にいる間はそれでも良かった。だが、留学先で貴族らが通う学園に入学すると、事情が変わった。
我儘な彼は、友人を作ることが出来なかった。そして、自分のやりたいようにしか行動出来ない彼は、反抗的だとみなされ、教師からも見放された。
授業に出なくなったキフェルを心配する者は、ザータン王国から連れて来た彼の従者ただ一人だけ。
孤独を埋めるため、元々ファンだったシンマーにのめり込んだ。
だが、彼の勝手な振る舞いに、シンマーもまた彼を拒絶した。
ルットは彼を心配し世話を焼くだけで、彼を叱りつける者はどこにもいなかった。
…なんなんだよ、あいつは。
昨日、冷たい印象の美しい少女に注意を受けた。同じくらいの歳のはずなのに、まるで親戚の叔母が、甥に向かって言うような口ぶりだった。いや、叔母から注意をされた事など実際には一度もないのだが。
私とは、一切、何の関係もない女なのに…
いつもならさっさとコウモリの姿に化け、とっくにシンマーの所へ行っている時間だ。だが、今日はなぜか学園から出る気になれない。
まさか、ヤツの言ったことを気にしているのか? あんな知ったかぶりで、上からな態度の生意気女の言うことを…?
寮の自室でルットに腫れた足に薬を塗ってもらいながら、キフェルは考える。
このムカムカは、きっとあいつのせいだ! 父上に連絡して、あいつを罰してもらおう!
王女といえども、アンデッドなど、我が国に歯向かう事など出来まい。
「おい、お前はアンデッド王国の王女を知っているか?」
「はい、もちろん知っております。今塗っているお薬もバラ製薬の製品で、彼女が作った薬だと言われております。キフェル様には最高級のお薬を使っていただきたいので、少々お高いですが、全てバラ製薬の薬で揃えてあります」
「なんだ。そんな有名人なのか?」
「はい。『神のスキル』持ちで、嘘か誠か分かりませんが、1歳で読み書きを覚えた天才だとか。…ところで、なぜ彼女の話を?」
「昨日、そいつに会ったのだ。私に無礼な物言いをした生意気な女だ。父上に言って、罰してもらおうと思ってな」
「なんと! キフェル様に無礼を!?」
私が頷くと、何を言われたのか詳しく教えてくれとせがまれた。
私は学園の成績は良くないが記憶力は良い方なので、一言一句、言われたとおりに話してやった。
「ほう、ほう、なるほど。そうでございますか…」
ルットは顎に手を当て、何やら考え込んでいる。
「キフェル様、私の方で国王様には報告しておきますので、お任せいただけますでしょうか?」
「ああ、いいよ。頼んだ」
フフフ、これであの生意気な王女に痛い目を見せてやれる。そうすれば、この訳の分からないイライラも収まるだろう。
翌日、ルットから王へ報告の手紙を出したと知らされたが、私の胸のモヤモヤは晴れることなく、それからずっと、鉛を飲み込んだように胸が重く感じられた。
翌年の春。
私はなぜか、ルットと共にアンデッド王国に連れて来られた。
学園を1カ月間休学して、アンデッド王国に短期留学するようにと、国王である父上から命令が下ったのだ。
なんで、アンデッドなんかの世話にならなきゃいけないんだー!!
「これはこれは! シュステムハイツ国王様にイザメリーラ様! キフェル様をどうぞ、よろしくお願いいたします!」
ルットは出迎えた二人に、深く深く頭を下げた。
彼女が私達の救世主かもしれない…!
ルットは後悔していた。
ザータン王国の城で、何不自由なくのびのびと育ったキフェル様は、明るく快活であるが、少々我の強い気性になってしまわれた。
キフェル様の将来をご心配なされた王が留学を勧めると、嬉々としてライツェント王国の学園への入学を希望されました。
王を始め、王妃や私も、勉学へやる気を見せているキフェル様を大変嬉しく思いました。
ですが、我々の期待は見事に裏切られました。
キフェル様がライツェント王国に留学したがったのは、勉学の為などではなく、どうやらシンマーとかいう歌手を間近で見たいが為のものだったのです。
当初は他の学生らと同じく授業を受けていたキフェル様でしたが、半年後、授業を抜け出し、学園からも飛び出して、どこかへ遊びに行ってしまわれるようになりました。
ちゃんと授業に出るよう懇願しても、元々、私の言うことには耳を貸してくださらないお方です。
そのうちに、校舎に入ることさえなくなってしまいました。このままでは、進級できず、学園を退学処分となってしまいます。
もしそのような事態になれば、祖国でキフェル様の成長を楽しみにしておられる王や王妃様は、大変肩を落とされることでしょう。
ある日、いつものように宿舎を出られたキフェル様は、授業には相変わらずお出になりませんでしたが、いつもとは違い、まだ学園内に留まっておいででした。
昨日から様子が違っていたので、心配してお探ししていたところでした。
足をお怪我されていたので手当てを施していると、昨日何があったのかを教えてくださいました。
私はキフェル様がおっしゃったことを、忠実に文章に落とし、祖国の王に送りました。
この時、私はある期待をしておりました。
そして、王からの返事に、私は賛同の意をしたためお返事いたしました。
王は、私の期待通りの命令を下されました。
不甲斐ない私達の代わりをしてくださるお方を、見つけたのでございます。
アンデッド王国の王城に滞在することになった私達は、イザメリーラ様が付きっきりで相手をしてくださることになりました。
気高く、とっつきにくそうに見える王女様ですが、話してみると失礼な言い方ではございますが、ずいぶんと庶民的で気さくなお方だと分かりました。
とても面倒見が良く、キフェル様には、まるで実の姉のように接してくださいます。
王女様は一人っ子のはずですが、なぜか年下の扱いに慣れている気がいたしました。
キフェル様は年齢の割に幼く、我慢が出来ない性質をお持ちです。ですが王女様は優しく注意し、おだてたり競争意識を駆り立てたりと、巧妙な手管で悪癖をみるみる矯正していきました。
なるほど。厳しく叱ったりバツを与えなくても、このようにすれば、気難しいキフェル様を導くことが出来るのですね。それはまるで、魔法のようでございます…!
王女様は薬のスキルだけでなく、躾のスキルも持っているのでしょうか…?
滞在期間の1カ月が終わろうという頃には、キフェル様は別人のように変わっておられました。
朝、キフェル様のお部屋にお伺いに行くと…
「おはよう、ルット」
「お、おはようございます…」
「どうした?」
「…い、いえ、キフェル様から挨拶をされたのは初めてでございますから…」
「ああ、そういえばそうか? 挨拶はしっかりしなければいけない。紳士の基本だから!」
「!! そ、そうでございますね…。(気を取り直して)こちらが今日の課題でございます。まもなく休学期間も終了ですが、学園から出された課題は順調に終わりそうですね」
「うん、今までサボっていた分だからな。お前にも苦労掛けたな。すまない」
「……え? うぅっ!」
「どうした?」
私は胸ポケットからハンカチを取り出して目頭を押さえた。
キフェル様がこのようなお言葉を掛けてくださったのは、初めてのことでした。胸がいっぱいで言葉になりませんでした。
無事にアンデッド王国の滞在期間が終わり、学園へ戻る日がやって参りました。
「いろいろ世話になりました。国王には感謝いたします」
キフェルはアンデッドの王に貴族の礼をする。
「うむ。学園でも頑張るとよい」
次にイザメリーラの前に立つと、目を泳がし、顔を赤くした。
「イザメリーラ…、私が国に帰ったら、今度はザータン王国にも来てくれ」
「ええ、ぜひお邪魔させてもらうわ。まずは無事に学園を卒業してね」
「うん、待ってるから…!」
これはこれは!
キフェル様はイザメリーラ様を気に入ったご様子。王女の了承に浮かれております。
ですが、今まで国際情勢に疎かったせいで知らないのですね。彼女はすでに婚約しておいでです。
せっかくやる気になっておられることですし、このことは内緒にしておきましょう。
こうして、キフェル様は短いながらも、実のある留学を終えられました。
「姫様、お疲れ様でございました」
「はあ…、ホントにね。なんとか少しはマトモな子になったんじゃないかしら。これなら、犯罪者になる道はなくなったわよね?」
エミリは精神的に疲れた私の肩をもんでくれる。
ああ、キクー!
…それにしても、4人の弟と妹を世話してた経験がこんな所で活かされるとは。なんでも経験しておくものだね。
最初は我儘に付き合うのがかなりしんどかったけど、だんだんと素直になってきてからは可愛かった。美少年のお世話は、私的にちょっと萌えた。
それにしても、まさかザータン王国の国王様から、キフェルのことを任されるとは思わなかった。こっちとしては、彼に犯罪者になってもらっちゃ困るから丁度よかったんだけどね。
これで、彼の兄、ガオザン王子の問題も解決済みとなった。
残りは、あと4人か…。




