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2. 私が乙女ゲームの主人公ですか!?…って、違うんかい!



「ふう、終わったー…」


 私は静かにゲーム機の電源をおとした。

 ゲームを開始してから一度も休むことなく、一気にクリアした。休憩も睡眠も一切なしでだ。連続で何十時間プレイしていたのか、時計がないので分からない。いや、もしかしたら、100時間以上だったかも…? 喉も乾かなければお腹も空かないし、目も疲れないし、肩や腰が痛くなることもなかった。やはり、この肉体は現実のものではないのだ。


「はあー、面白かったー!」


 ゲームの主人公オリアナは、地球ではない、異世界の国の王女様だ。彼女は可憐な美しい少女で、中身も外見と同じく穏やかでとても気立てがいい。世界樹の精の生まれ変わりで、その世界を支える世界樹のお世話をするのが彼女の役目だ。    

 世界樹を支えるという重要な役割を持つその国は、周りの国々から一目置かれる地位の高い国であり、世界樹の精の生まれ変わりであるこの少女を妻として迎えることは、他の国々にとって、大変栄誉なことである。

 ゲームはオリアナが16歳になった時に開かれる、この国主催の国際交流会の場が舞台だ。そこへ、彼女を妻にしようと、各国のイケメン王子ら6人が乗り込んで来るのだ。美しく気立てのいいオリアナに、最初は政略的にアプローチしていた王子らも、だんだん本気で好きになっていく。


 イケメン王子らに迫られて、いいことばかりかというと、そうとも言えない。この王子らがかなりの食わせ者で、全員、たいそう面倒な問題を抱えていらっしゃるのだ。彼女は、王子らが持ち込む面倒ごとを解決しなければならない。無事に解決したのちに、やっと王子と結ばれる。現実であったなら、こんな問題だらけのやつらが求婚してきたとして、私だったら、即、お断り案件である。しかしゲームの中ならば話は別。相手はイケメン王子たちだ。アリかナシなら、アリである!


 ところで、この攻略対象の王子たち、1人を除いて、他5人は全員人外なのだが、人間の花嫁を迎えて大丈夫なんだろうか? 主に種族面や、文化面、生活面において…。まあ、ファンタジーだから、そんな細かい事はどうでもいいのかもしれない。想像上の人種が攻略相手のほうがミステリアスで、かえって新鮮なのかも。しかし、ストーリーを見ると、王子らの国はあまり平和主義とはいえず、他国(他国といっても、何故かいつも同じ国なのだが)に対し、凶暴、凶悪だ。よく、人の治める国が無事でいられるものだと不思議に思う。所々、私の苦手な残虐、ホラーシーンがあって、そこもちょっとマイナスポイント。

 でも、ほとんどのストーリーが、最後は幸せなラストを迎える甘いラブストーリーである。怖いシーンではハラハラし、イケメン王子とのロマンスには胸がときめいた。数々の(面倒な)困難を乗り越えたヒロインと王子に、最後は拍手を送りたくなった。


 だがしかしっ! どうしても私には気に入らない残念な部分があった。それはこいつ! 主人公並みになかなかに出番が多い、主人公のライバルとなる女性、悪役の姫がいただけない! ヒロインのライバルであるこの女は、なんとアンデッド…すなわちゾンビなのだ! 小さな顔に大きな瞳を持っており、遠目で見れば、美少女に見えなくもない。だが、目は落ちくぼんで周りが黒ずみ、不健康そうな青白い肌をして、髪には艶がない。一番許せないのが、いつも口端から血を滴らせている所だ! なぜ拭かぬ。拭いて?お願いだから。そして、彼女が喚くたび、いつも辺りに血しぶきが舞うのだ。毎回、周りを血だらけにして、なんとも迷惑だ。

 そもそもが、私の一番の苦手としているものが、このゾンビなのだ。小学生の時、両親に連れられて行った映画館の大画面で、やつらが不気味に蠢き、人に襲い掛かっているのを見てから、ゾンビの出てくるホラー映画が大嫌いになった。あの時に感じた恐怖はトラウマである。思い出すたび鳥肌が立つ。

 そしてなんと、攻略対象の一人には、信じられないことにアンデッドがいた。彼の肌の色は青白いけれど、ほとんど見た目は人間で、性格は以外にもまとも。他の王子たち同様かなりのイケメンで、あのゾンビ映画に出てきたゾンビとは全く違う。悪役少女とこの青年は親が決めた許嫁同士なのだが、彼女はヒステリックに喚いては、べちゃべちゃ血を吐いて気持ち悪いし、彼が婚約者を嫌がり、ヒロインと結ばれるのは当然だと思った。しかし、いくらイケメンでも、ゾンビである時点で気分は萎えたのだが。


 ゲームのラストは全部で6パターンあった。一人の王子の攻略中、所々にある選択肢でどれを選ぶかで、途中の内容に変化はあったが、結局、結末は6パターンのうちのどれかになった。

 王子の性格はそれぞれ異なり、やんちゃ系やら俺様系やらフェミニストやらいろいろだ。6人の王子の中でゾンビを除いて、一番、こいつないわーと思ったのは、予想に反して人間の王子だった。彼みたいなタイプは苦手だ。まあ、病気みたいなものだし、不可抗力な部分ではあるんだけどね。ラストでは、まともに戻ったみたいだし、それを思えば、彼を選ぶのも悪くない。なんといっても唯一の人間だしね。

 結末で一番驚いたのは、冥界の王子だ。彼を選ぶと、世界が終わってしまう。最後、二人は何故か幸せそうなのだが、こんな結末ありか? いや、なしでしょ。他の乙女ゲームをやったことがないから分からないが、バッドエンドしかないキャラがいるなんて、なんとも救いがない。そういうストーリーも、乙女ゲームの世界では普通なんだろうか…?


 ゲームが終わったことをどう知ったのか、数分後、ロージスが部屋へと入って来た。


「どうじゃったかな?」


 ニコニコと微笑んで私に尋ねる。


「はい、面白かったです。こういったゲームをしたことがなかったので、他と比較は出来ませんが…」


 そうか…と、ロージスは目尻に皺を刻んだまま答えた。


「お主に頼みたい事があると言ったのを覚えておるか?」


 いよいよ本題かと、神妙な顔で、こくりと頷く。

 ロージスはゲームソフトのケースを持ち上げて、表面に描かれた人物を見た。


「お主には、この世界へ転生してもらいたいのじゃ」


 ええっ!?と、大きく目を見開く。『この世界へ転生』って、このゲームの世界が、本当に実在するの!? こんな人間と化け物が一緒に住む世界が!?


「転生って、この王女様にですか!?」


 私がオリアナ姫に!?

 驚く私に、ロージスは自身が見た予知夢の話をした。このゲーム通りの事が、これからこの世界で起こるらしい。


「お主の力で、この世界を救ってもらいたいのじゃ。このままでは、たくさんの命が失われるやもしれん。善良な者達をなんとか救ってやりたいのじゃ。わしは異世界から魂を連れてくることしかできん。だからこうして、お主に頼んでおるのじゃ。じゃが、これは、わしからの勝手なお願いで、お主には関係のない世界の話じゃ。当然、引き受けねばならん義務なんぞない。見てもらったから分かるじゃろうが、王子たちはそれぞれ、やっかいな問題を抱えておる。未来が分かっておっても、それをなんとかするには大変な苦労を伴うじゃろう…」


 ロージスは頭を横に振り、苦渋に満ちた顔だ。


「じゃから、無理強いはせん。彼女に転生するのが嫌であったら、他の世界へ転生させよう。お主が決めておくれ」


 ええっ!? うーん、どうしよう…。お願いを拒否しても、他の世界に転生させてくれるんだね。神様のお願いだから、こっちに拒否権はないのかと思ってた。

 ところで、どうして私なんだろう。他にもっと適任者がいるんじゃないのかな? もし解決出来なければ、この世界の人達に迷惑がかかりそう。人の命がかかっているのだ。あー…でも、こうして頼りにされちゃうと、すごく断り辛いんだよなあ。


「あのう…私で大丈夫なんでしょうか…? もしも救えなかったら…」


「ほっほっ、大丈夫じゃ、このまま何もせんでおったら、どのみち6つの結末のうちのどれかになるんじゃ。最悪、世界が滅びることにな。上手くいかんでも、誰もお主を責めはせん。それに、本来、その娘の体に入るはずじゃった魂の行き先も決まっておる。お主がその体を選んでくれたなら、彼女の魂は他の世界で体を得る段取りになっておる」


 おお、もうそこまで準備万端なんだ。失敗しても問題ないなら、そう気負う必要はないかもしれない。


「うーん、じゃあ、分かりました。では、やるだけやってみます!」


 神様を見つめ、頷いた。

 あれこれ悩んでみても、結局は人から…いや、神様からの頼みを断れる私ではなかった。でも、ようは6人のうち、冥界の王子を選ばなければいいって話だよね? 彼のエンドだけが世界の破滅だ。そう考えれば、たいして難しくないように思える。それどころか、これって結構ラッキーなんじゃないだろうか。あの美少女のオリアナ姫に生まれ変わることが出来るのだ! 彼氏いない歴25年(年齢と同じ)の私が、来世ではイケメンの彼が…! うしし…と、思わず頬が緩む。

 嬉しそうな碧を見て、ロージスは安堵の息を吐いた。


「ありがとう。快く引き受けてくれて助かったわい。さすが、わしが見込んだ娘じゃ。お主の助けになるよう、わしから、いくつかの特典を与えておこうかの。少しは生きやすくなるじゃろうて…。お主にばかり負担をかけて申し訳ないが、達者で暮らすのじゃよ」


 ロージスが告げると、碧の体はふわりと宙に浮かんで、徐々に消えていく。ロージスは慈愛に満ちた瞳で碧を見送った。





 おや? 空気が変わった? 異世界への転生が済んだのだろうか。意識が戻った私は、深く息を吸い込み…


「ぐほうっ!?」


 容赦なく鼻腔に入って来る悪臭に、ゴホゴホと激しく咳き込む。

 おえー! く、くっさい! なんなんだ、この臭いは!?

 おぼろげだった意識がはっきりしてくると、感じる臭いもますます強烈になっていく。こ、これは、腐った…真夏の生ゴミの臭い!? ここはゴミ置き場なのか!? 身の危険を感じて、重い瞼をふんぬ~!と頑張って開ける。


「あら、姫様が目を開かれましたわー! まあ、なんと大きくて可愛らしい瞳でしょう!」


 女性の明るく弾んだ声が室内に響く。

 すぐ目の前に現れた声の主を見て、私はカチンと固まった。

 灰色の粘土のような肌にパサついたトウモロコシの穂のような髪をした女性が、満面の笑みで私を見下ろしていた。にっこりと大きく弧を描いた口の端には、大きな亀裂が入っている。その姿はまさに、私のトラウマ!

 ひぃ!! ぞ、ゾンビー!!


「ぎゃあああああん!!」


 私は甲高い赤子のような声で叫ぶと、プツリと意識を失った。


 どれくらい気を失っていたのだろうか。次に目を開けた時には、今度は先程の灰色の顔のゾンビと、白髪頭の男性のゾンビの顔がドアップで目の前にあった。


「うっぎゃーーーーーー!!」


 私は再び恐怖の叫び声を上げ、またも意識を失った。

 その後、同じように、目覚めては意識を失う事を3回繰り返した。4度目に目覚めた時に、やっと意識を保つことに成功した。しかし、体はぶるぶると震え、ひいっ、ひいっ!と、ひきつった叫び声が、自然と喉の奥から漏れ出る。目の前に迫るゾンビの顔を見ないように、必死に目を逸らした。直視なんてしたら、またまた意識を失いそうだ。

 うそうそうそうそ! ダメダメ! 現実を受け止められない! これはいったい、どうなっているんだーーー!!


「あら! 今度はしっかりと目を覚ましたようですわー。目を開いたと思ったら、すぐにまたおやすみになってしまうので、心配いたしましたー」


 灰色の顔のゾンビは眉を下げ、私をゆっくり抱き上げた。

 いやあ、触らないでーーーー!! 


「ひいっ!! ひいいいいいいっ!!」


 声にならない悲鳴を上げる。手足をジタバタと動かし抵抗を試みるが、絶対に落とすまいと、ゾンビはますます腕に力を込める。

 やだ、誰か助けて! 神様ーーーー!!


「ふむ。単に眠かっただけだろう。それだけ動いて元気なら心配いらんわ。王と王妃を呼んでくるといい」


 白髪のゾンビがメイド姿のゾンビに指示を出す。

 メイドゾンビは嬉しそうに、はいっ!と返事をして、部屋から出て行った。

 しばらくして、立派な身なりの男女のゾンビが部屋へ入って来た。ゾンビらはベットに寝かされた私を見つめると、嬉しそうに頬を緩める。


「やっと目覚めたか、愛しい我が子よ! おお、なんと愛くるしい! さすが我らの娘だ。のう、クラリッサよ」


「うふふ、プルプル震えて可愛らしいですわ。この固く引き結んだ口元が、殿下に似て、とっても頑固そう」


 ゾンビカップルは嬉しそうにはしゃいで、気安く頬を撫でてくる。

 ぎゃわわわわっ!!

 ゾゾゾ…!と背中に悪寒が走る。

 先程、聞き捨てならない言葉を聞いた。

 おいおい、ちょっと待って!? もしかして、()()()って言った!?

 そんな馬鹿な。ちょっと、耳の調子がおかしいみたい。だが、楽しそうに、うふふーと笑う灰色のゾンビの言葉が現実を知らしめる。


「姫様ー、お父様とお母様がいらしてくださいましたよー。嬉しいですねえ!」


 ガーン!と頭を殴られたような衝撃を受ける。

 う、うそ…。うそだ…!

 恐る恐る自身の手を見やると、赤ちゃんのような小さな手は、まるで血が通っていないかのような青白い色をしていた。握ったり開いたりして確かめる。確かに自分の手だ。

 

「お前の名はイザメリーラだ。どうだ? 美しい名だろう?」


「まあ! ありがとうございます、陛下。いい名をいただいて良かったわね、イザメリーラ♡」


 恐ろしい見た目とは不釣り合いな優し気な声で告げられたその名には、確かに聞き覚えがあった。イザメリーラとは、乙女ゲームの悪役である、ゾンビ姫の名前だ。

 いや、ちょっと待て! これは、いったいどういうこと!? 私はヒロインのオリアナ姫に生まれ変わるはずだよね!? 

 うん、これはきっと神様の手違いに違いない! 私は全力で神に祈った。何かの手違いで、悪役の姫イザメリーラに生まれ変わってしまいました。どうか、すぐに戻してくださいー!!

 頑張って頑張って、何時間も祈り続けた。…だが、いくら祈っても、神様に願いは届かない。おやおや? 嫌な考えが頭に浮かぶ。もしかして、神様に騙されたの…?

 その時、ハッと気づいた。神様はあの時、なんて言った? この世界へ転生して欲しいと言った時、誰に転生して欲しいと言った? 確かに、オリアナ姫だとは言っていない。私が『王女様に転生ですか?』と聞いた時、否定しなかっただけだ。オリアナもイザメリーラも王女様だ。ただ、イザメリーラはアンデッド王国の王女様だけどね!? オリアナ姫に転生するんだと思っていたのは…ええっと?…私の勘違い? そんな馬鹿なーーー!!

 驚愕の真相に、頭が真っ白になる。ハハハ…神様は騙してる気なんて、きっとなかったんだ。私がただ勝手に思い込んでただけで…


 しばし茫然とした後、あーあ…と、やさぐれた気分になった。2度目の人生は、どうやら私の大嫌いなアンデッドで確定らしい。しかし、この世界の未来を変えたいのなら、オリアナ姫に転生させるのが一番簡単だと思うのに、どうして神様はそうしなかったんだろう。なんで、オリアナ姫への転生じゃいけなかったんだ? 納得がいかず、うーん…と考える。

 頭を悩ませること数分、オリアナ姫の設定を思い出した時、気づいてしまった。謎が解け、はあー…と、落胆の息を吐く。

 今、やっと分かった。オリアナ姫と私の魂を入れ替えることは、絶対に不可能だったのだ。なぜなら、彼女は世界樹の精の生まれ変わりである。彼女の魂は、世界樹の精の魂であり、それを持っているからこそ、彼女はこの世界で唯一、世界樹のお世話が出来るのだ。オリアナの魂が私と入れ替わってしまったら、おそらく世界樹はオリアナを拒絶し、一切の世話を受け付けない。そして、世話をされなくなった世界樹は枯れ、この世界が終わってしまう…!

 ああー、どうして! なぜ転生前に気づかない!? 私のバカバカー! 気づいていれば、拒否できたのに。アンデッドに生まれ変わることなんてなかったのにーーーー!!


 うう…またしても、やってもうた。

 うわーん、悔しいよー!!

 私はポロポロと涙を流しながら、小さな青白い手を握りしめた。『後悔先に立たず』である。沙也加ちゃんにも指摘されていた自分のそそっかしさを、心の底から恨んだ。




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