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14. マテウスの秘密



 私がマテウスの秘密を知ったのは、本当に偶然のことだった。


 アンデッド王国のエステ事業は、他国に似たようなものがあるのかどうかは知らないけれど、この国では初めての試みだった。アンデッド達はエステなんてものには、縁もゆかりも見た事も聞いた事もなく、すべて、私が一から教えなければならなかった。

 しかし、前世の私は会社に勤めてまだ6年目の平社員。一人暮らしもしていたし、エステ通いするお金など到底なかった。

 だが、お試し体験をしたことが一回。それと、沙也加ちゃんとリゾートホテルへ旅行へ行って、本格的なものを一度だけ受けたことがあった。そのわずかな昔の記憶を頼りに、私自らがエステ施術の指導にあたった。

 紆余曲折あったがなんとか形になり、まだ細やかな調整は必要だったが、やっと軌道に乗り始めてきていた。なので、時々、お忍びで現場の視察を行う。現場のスタッフと意見交換し、改善点を話し合うのだ。

 この日も視察を終え、城へと戻ってきたところだった。

 まだ夕食には早い時間だったため、ふと気が向いて、すぐに自室には戻らず、お忍び姿のまま、ぐるっと遠回りして、中庭の薬草でも眺めながら部屋へ戻ることにした。青々と伸びた若葉を眺めながら、回廊をのんびりと歩く。


 すると、中庭の奥から、男女の言い争う声が聞こえて来た。

 中庭へと降り、木々の間を進むと、そこにはエミリの姿があった。今日、彼女は、騎士団からの要請を受けて、若手の指導へと出向いていたはずだ。

 もう終わったのだろうかと、声を掛けようとして、ハッと足を止めた。

 内容までは聞こえないが、温厚なエミリが誰かと言い争っていたのだ。その相手は、なんとマテウスだった。

 今は私の侍女であるとはいえ、平民出身のエミリが、貴族であるマテウス相手に言い合いになるとは、いったい、どういう状況なのか…!?

 もう少し近づいて会話の内容を聞きたかったが、ここから先はもう隠れる場所がない。じれったい思いで、二人の様子を伺いながら身を潜める。

 そこへ、突然後ろから声を掛けられた。


「…ああ、またあの二人か。おい、嬢ちゃん、男女の睦言を覗き見るのは、あんまりいい趣味じゃねえぜ?」


 この声は庭師のボードさんだ。

 私がくるりと振り向くと、ボードさんは大慌てで頭を下げた。


「うわわっ、姫様でしたか! こ、これは失礼しました! いつもと恰好が違うもんで、下働きのモンかと思って…!」


「いいのよ、いいの! それより『また、あの二人』って言ったわよね。二人はよくここにいるの?」


「あ…はい。えっと、私は3度ほど見たことがあります。そん時も、あんな感じでちょっとした言い争いをしておられました」


「へえ、そうなの…」


 3度も!?

 エミリったら、私には何も言ってくれないのに…。二人の間に何があったんだろう。

 視線を二人に戻すと、エミリは肩を震わせ俯いていた。

 えっ、泣いてる…!?

 そんなエミリの両肩を、マテウスは両手で掴んだ。そして、そのままマテウスの顔がエミリの顔に近づく。


「えっ!?」


「おおっ!」


 !! キ、キスぅ…!?

 距離的には遠いけど、確かにキスしているように見えた!

 私はボードさんと、思わず顔を見合わせる。お互い、マズい所を見てしまったと、気まずい空気が流れる。

 慌てて拳を口に当て、コホンと咳ばらいをする。


「今のは、見なかったことにいたしましょう。あなたも他言しないように」 


 「いいわね!」と念を押すと、ボードさんはコクコクと何度も首を縦に振った。

 私はそれに頷き返すと、背筋を伸ばし、颯爽とその場を去った。


 ビビったー!!

 二人って、そういう仲だったのー!?!?

 最近はマテウスとはあんまり接点がないけど、エミリったら、いつも側にいるのに、全然そんな素振りを見せないんだもん。ちっとも気付かなかったよー!

 教えてくれればいいのに水臭いよなあ…と考えてから、私はハタと気付いた。マテウスはオリアナ姫と結ばれなければならないのだ。二人の仲がこの国の者に知れたら、たちまち引き裂かれてしまう!

 それはまるで、あの「ロミオとジュリエット」!  

 「ああ、ロミオ…あなたはどうしてロミオなの?」…と、エミリとマテウス主演で、『ロミオとジュリエット』が再生される。二人が美男美女なので、見ごたえ充分だ。


 

「姫様、どうかなさったのですか?」


 夕食を食べ終わり、長椅子に座ってくつろぎながら脳内で上映されていた悲哀劇を、エミリに呼びかけられたため終了させる。

 不思議そうなエミリの顔をじぃっと見つめ返す。

 本来なら、諦めるように説得するべきだろう。だけど、エミリとマテウスは私の幼馴染だ。私が応援しないで誰がする…! 大丈夫、簡単に諦めさせたりしないから。私の出来うる限りのことをするからね…!

 私は優し気に微笑んで頷いた。


「姫様…またおかしな事を考えてますね?」


 エミリは目を細めて、呆れた視線を向けた。



 ----------



「…おい、おい、大丈夫か?」


 ハタと気づいて顔を上げると、マテウスが眉を寄せていた。

 うおっ、ヤバ。思いっきり脳内で過去のムービーが流れてた!


「…え、ええ、失礼、大丈夫よ」


 コホンコホンと何度か軽く咳ばらいをすると、ソファーに向かい合わせに座った。

 マテウスは少し疲れているようだ。溜息をつくと、苦しそうに私を見て、フイッと目を逸らした。


「…今日は、悪かった。どうせお前も、文句を言いにきたんだろう?」 


 私は「ううん」と首を横に振る。


「マテウスの悪い噂は聞いているけど、それを言いに来たんじゃないわ。…あなた、私に隠してる事があるわね?」


「隠してる事?」


 私は「分かってるわ」と微笑んで見せた。


「ごめんなさい。私、マテウスの気持ちにちっとも気付かなくって…。気持ちを隠して、他の人と結ばれなければならないなんて、辛いよね…」


 マテウスは大きく目を見開く。その目は「なぜそれを知っているんだ!?」と雄弁に物語っていた。

 やっぱり、そうなんだ。マテウスとエミリは…

 私はグッと拳を握った。


「でも、安心して! 諦めろなんて言わない。私、マテウスを応援しようと決めたの!」


「え…ええっ!? それって…」


 マテウスの視線を受け止め、私は力強く頷いた。


「アンデッド王国はもちろん救いたいけど、マテウスに苦しい思いなんてさせたくない。だから、あの6通りの未来のうちの一つを選ぶんじゃなくて、他の道がないか一緒に考えよう! もしかしたら、オリアナ姫と結婚しなくても、アンデッド王国を救う手はあるかもしれない!」


 マテウスは信じられないという顔で私を見つめる。まさか、応援してもらえるとは思ってもいなかったようだ。

 最近はあんまり交流がないとはいえ、私達は友達だよ。友達を見捨てるような薄情者じゃない。周り全てが反対しても、私はあなたを応援する!


「…あのね、それに、もしオリアナ姫が王妃になったとしても、側室に入るという手もあると思うの。もちろん、オリアナ姫が了承してくれればの話だけど…」


 アンデッド王国に側室を置く風習はない。だが、王妃が体が弱く、子が望めないなどの事情がある場合には認められる。何事にも特例があったりするので、それを上手く利用しちゃうという手もあるのだ。

 元々、エミリは平民出なので、マテウスとは身分が違う。エミリを王妃にするのは難しいだろう。本来なら、エミリを一旦、貴族の養子にして、正妻として嫁がせてあげたい。しかし、オリアナ姫を娶らなければならなくなった場合には、そういう道もあるのだ。本当は、そんな事したくないんだけどね…


「な、何を言っているんだ! 側室なんて、そんなものにできるはずがないだろう!!」


 怒りの表情でマテウスは叫んだ。

 突然、感情を露わにした彼のあまりの剣幕にたじろいでしまう。だが、そうかと思うと今度は急に頬をピンク色に染め、下を向いてもじもじと恥じらい出した。


「俺は、…ちゃんと正妃として迎えたいんだ。そんな立場にするつもりは、毛頭ない」


 私は、「うん」と頷いた。

 こんなに取り乱してしまうほど大切に思ってるんだ。本当、良かったね、エミリ…

 やっぱりマテウスは真面目な人だ。エミリのことを一途に想う気持ちを知り、胸がジーンと熱くなる。…だが、それと同時に、ちょっと寂しい気持ちにもなった。

 身分が違えど、私達3人はけっこう仲がいい幼馴染だと思っていた。でも、二人の強い絆を見せつけられて、私だけ仲間外れな気分。

 いやいや、と頭を横に振る。

 ううんっ、寂しくなんかない。二人が結ばれても、私達の友情は消えないよね!


「マテウス、頑張ろうね!」


 立ち上がって片手を差し出すと、「ああ…!」と、大きな両手でギュッと握り返された。近づいたマテウスの顔が大きく見える。感激したのだろうか、マテウスの潤んだ瞳が色っぽい。 

 まったく…。めっちゃ美人さんなんだから、一瞬、ドキッとしてしまったじゃないか。そういう顔は、エミリと二人きりの時にしてくれ。




「エミリ、安心して。私、マテウスとエミリに協力することにしたから」


 その日の夜、お風呂から上がると、早速、エミリに報告する。

 あの日、中庭で泣いてたもんね。上手く行くかは分からないけれど、これで少しは気持ちが明るくなるかもしれない。


「今日、マテウスに話しといたから。私達で6通りの未来ではない、別の道を探す事にしたの」


「…えっと、なんのお話しですか?」


 エミリは私の髪を整えながら、不審な顔を向ける。

 あら、もっと詳しく説明しないと分からない?


「この前ね、エミリがマテウスと中庭にいるのを偶然見ちゃったのよ」


「ええ!? まさか、あれを見てたんですか!?」


「うん、エミリ泣いてたよね。辛い思いをさせちゃって、ごめんね。でも、もう安心していいよ」


「…ということは、マテウス様に話されたんですね?」


「ん? うん、そう」


「…そうですか。まあ、マテウス様が知っておいてくれるなら、大丈夫ですね」


 エミリの声は低く、何かを考え込んでいるようだ。

 あれ? もっと喜ぶと思ったんだけどなぁ。二人の仲が私にばれちゃったのが不安なのかな?

 ハッ! それとも、マテウスの方はエミリにぞっこん(死語)でも、エミリは別れたがってたとか――?


「まあ、とりあえず良かったですわ! ありがとうございます、姫様!」


 エミリは明るく弾んだ声でそう言った。

 あ、良かった。喜んでくれたみたい。よーし、二人の為にも頑張らないとね!


 私は手帳を広げ、国際交流会までにやっておくべきことを確認する。びっしりとやっておきたい事を、箇条書きにして書きつけておいたものだ。

 国際交流会まで、あと2年。それまで何もしないで、ただボーっと待っているのは、おバカさんのやることだ。

 アンデッド王国を救うため、私達は様々なアイデアを出し合った。


 まず、第一案。

 ~国際交流会が開かれること自体を阻止しよう!~

 そうなんだよ。こんな催しが開催されなければいいんだよ。まったく、世界樹を祀る国、神樹レスポート王国が余計なことを思いつくもんだから…

 この国に各国の王族らが集まるのは、なんと300年以上も前のことだ。普段はこの神聖なレスポート王国に、他国の者が立ち入るのは制限されている。世界樹を厳重に守るのが、彼等の役目だかららしい。

 それが2年後、どんな気まぐれか、“親善”と“異文化交流”という名目で参加を呼びかけてくるのだ。だが、全ての国が呼ばれるわけではない。なぜ、こんな小さな国であるアンデッド王国が呼ばれるのかは謎だ。

 だが、この案はすぐにボツとなった。弱小国が、由緒正しく世界の核となる大国に対し「催しを取り止めてください」なんて言える立場じゃあない。下手な対応をすれば、一瞬でこの国はポシャンと潰される。コワイ…!

 ちなみに、かの国に呼びつけられた国に、拒否権はない。ヒドイ…!


 はい、では次の案。

 ~攻略対象者の王子らを、この会に参加させなければいい!~

 そもそも、あのやっかいな王子らが参加しなければいいのだ。和やかに会が進み、平和に閉会するだろう。だが、これも、先の案と同じ理由でボツ。はい、潰されます。王子らの国は、アンデッド王国より格上だ。


 第三案。

 ~王子らの抱える問題を先に解決しちゃえばいい!~

 これはなかなか大変なのだが、やってみる価値はあると思う。だが、彼等はずっと自国から出ないんだよね…。私達が関わること事態難しい。しかし、出来る限りのことはしてみようと思う。


 そして第四案。

 ~王子らの弱点を握って、オリアナやアンデッド王国に手出し出来なくする!~

 これは今までの案よりハードルは低いが、下手をすると怒らせて、すぐにでも戦争に発展しかねない。どんな弱点を握り、どう使うかが難しいところだ。

 だが、こちらは徐々に手筈を整えている。すべての王子は無理でも、なるべく多くを掴んでおきたい。


 そして第五案。

 ~王子とオリアナを接触させない!~

 ストーリーの中で王子らは、オリアナ姫との仲を深める途中で暴走している。王子とオリアナに接点がなければ、何も起こらないかもしれない。

 まあ…これもまた、難しい。王子はマテウスを覗いて5人もいるので、彼等を監視し行動を制限するなんてのは、さすがに無理かも…?

 しかし、ここら辺が私もエミリもよく分かっていないのだが、もしかして、オリアナと接触しなくても、それとは関係なく暴走するんじゃないの…? 

 乙女ゲームの仕様上、一人一人のストーリーしか見ていないが、オリアナがいなくても暴走していた可能性がある。私としては、王子の被害にあう人全員、出来るだけ助けてあげたいんだよね。うーん、欲張り過ぎかな…?

 

「欲張り過ぎです。姫様は、ご自分のことを一番に考えてくださいね」


 いつの間に声に出していたのだろう。エミリがこちらに不安そうな目を向ける。


「もちろん、もちろん。自分の命が一番大事だよね!」


 エミリは「ホントかしら…」と疑わし気だ。

 

「ほんとほんと。マテウスとエミリの為にも、頑張らないといけないもの!」



 ----------



 それからのマテウスは真面目に勉学に取り組むようになった。

 彼を教える教師の機嫌もすこぶるいい。今までの遅れを、あっという間に取り戻してしまったそうだ。

 さすがマテウス。やれば出来るんだよ。


 コールドウェル侯爵夫人からは、感謝の手紙が届いた。手紙には、私との面会から、マテウスが人が変わったように真面目で素直になったと書かれていた。昔のように、親子関係は良好になったようだ。

 よかった、よかった。

 これでひとまずマテウスは大丈夫かな?

 しかし、大きい口を叩いてしまったが、もし上手く行かなかったら、彼に申し訳ない。準備を急がなければ…!




 それからしばらくして、ある件を頼んでおいた貴族から、吉報が届けられた。

 なんと、あの世界の歌姫シンマーと会う約束を取り付けてくれたのだ!

 コンサート終了後に、彼女の楽屋で面会する手筈となった。

 うおおおっ、あのシンマーと、ついに会える…!?


「やったわよ、エミリ! すぐに出発よ!」


 シンマーのコンサートは3日後だ。

 だが、コンサート会場はアンデッド王国からは遠い、彼女の母国で開かれる。急いで向かわなければ間に合わない!


 私とエミリ、護衛の騎士2名は、大急ぎで旅の準備を整えると、飛行魔道具の発着場へと向かった。



 

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