13. 15歳になりました
「姫様、とても体力がついてきましたね! さすがでございます!」
私の武術の師匠である、騎士団第1部隊の女性騎士タレンティートさんが、無心で剣を振り続ける私を褒めた。
長いストレートな髪を後ろで一つに括り、細身ながら引き締まった筋肉質の体を持つ、逞しい風貌の女性だ。剣の腕は一流で、堂々とした立ち振る舞いに憧れる。
第1部隊は騎士団の中でもエリートなのだが、彼女が女であるにもかかわらずこのエリート部隊に所属出来るのは、彼女が家柄と実力と人柄、全てで優れているためだった。
彼女はエミリの師匠でもある。2年ほど前、エミリはすでに彼女から「あなたに教えることはもう何もないわ。身につけた力で、守るべきモノを守り抜きなさい!」とお墨付きをもらった。それから、エミリと一緒に訓練を受けることはなくなった。それどころか、今はタレンティートさんに頼まれて、新人騎士達の指導に駆り出されている。
10歳の時、神託をお父様たちに告白してから、もう5年がたった。
あの告白の直後から、私はずっと武術の訓練を受けている。だが、タレンティートさんから、体力、スタミナ以外は、一切褒められたことがない。王女である私に対し、あまり厳しく言えない彼女は、どうやら褒めて伸ばそうとしてくれているようだ。しかし、どうも褒めどころが見つからないらしい。
「あ、もう少しお早く剣を前に」とか、「ああ、もう少しお早く動かないと、避けるのは難しいかと…もごもご」とか、5年間ずうっと、やんわ~りと同じ注意を受け続けている。はっきりと口には出さないが、さすがの私でも、彼女が呆れているのが分かる。
どうやら私は前世に引き続き、またもや運動神経をどこかに置き忘れて生まれて来てしまったらしい。ヘタに戦おうとせず、大人しくエミリや騎士らに守ってもらったほうが、迷惑がかからなそうである。
こんなに頑張ってるんだけどなあ。トホホ…
そうなのだ。私はすでに15歳となっていた。
ずっと誕生日などイベントごとは、家族や城の者達だけに祝ってもらっていたのだが、今年の誕生日は貴族を招いて、誕生日会なる宴が催された。
やったね、やっと王族らしくなってきた!
私が開発した薬や美容関連グッズは、『バラ製薬』という薬品会社で作られたことになっている。それをスティーバ商会が買い取り、一般に販売している。薬の売れ行きは相変わらず好調で、国が潤ってきたために、いっぱしの王族らしい催しが開けるようになったのだ。
内装を一新した城の大広間に貴族らが煌びやかな装いをして集い、私の誕生日を祝ってくれた。
たくさんの贈り物を頂き、彼等には私からのお返しとして、バラの花束と、バラ製薬のアメニティーグッズが配られた。旅行にも持って行けるようなシャンプー、コンディショナー、ボディソープや化粧品類がセットになったものだ。
バラは、カルニーさんが私をイメージして作ってくれた新種だ。
外側は真っ赤で、中心に近づくほどに白くなっていくグラデーションが珍しく、花びらの枚数が多い、小ぶりで可愛らしいバラだ。
そのバラの名前は、私の名前そのまんまの『イザメリーラ』という。こっぱずかしくてやめて欲しかったのだが、「このイザメリーラは、真っ白なお肌のイザメリーラ様が真っ赤なドレスを纏った姿をイメージして作りました。とても苦労いたしましたが、やっと思い描いた通りのバラが完成いたしましたー!」と、感無量の表情でカルニーさんに手渡されてしまって、「…別の名前に変えてくれる?」とは言えなかった。
元はといえば、私がカルニーさんに新種のバラを作ってくれと依頼したんだしね…。もう仕方ない…と責任をとって、受け入れることにした。
香りは私が希望した通り、ほのかな優しい香りだ。バラっぽくない、かといってあの白い花の野草とはまたちょっと違った、珍しい香りをしている。とても気持ちのよくなる、ちょっと美味しそうなにおいをしている。お菓子の香りづけに使ってもいいかもしれない。
そして、ずっと避けていた内服薬の販売も始めた。
少し前まで、ディカフェス医師の強い勧めもずっと無視して、主に塗り薬しか作成してこなかった。
だが半年前、大勢の人達からの要望の声がどんどんと大きくなり、さすがに無視できなくなってきていた。いろいろな病気やケガに対処できる、強力な飲み薬が欲しいという声だ。
内服薬の作成を俄然拒む私に、とうとうディカフェス医師は痺れを切らした。私は患者たちとは直接接点はないが、彼らの声は、彼らを診察するディカフェス医師に寄せられた。患者と関わる彼の方が、救いたいと願う気持ちが強いのは当然だった。
「なぜ、そう頑なに拒否なさるのですか? 神のスキルを持つあなたであれば、内服薬も難なく作れると思われますが…?」
腕を組んだディカフェス医師は、心底不思議そうな顔をした。
「うっ、でも…私は薬剤師の免許を持ってないですしー…」
眉を下げ、ボソボソと自信なく呟く私を、ディカフェス医師は眉間に皺を寄せ、見下ろす。
「薬剤師の免許? ああ…確かに姫様は誰の教えも受けておりませんな。しかし、この世界に、『薬剤師の免許』などありませんよ?」
「は? ええっ、ないの!?」
「はい。師が一人前だと認めれば、それが薬師の証となります。はぁ…だいたい『神のスキル』以上の免許など、あるとお思いですかな?」
「……」
ディカフェス医師の目が呆れていた。
そんなわけで、遅ればせながら内服薬を作り、バラ製薬の新商品として売り出すことになったのだ。こちらの販売も順調で、多くの喜びの声を頂いた。飲み薬って、失敗したら、ちょっと怖いっていうイメージがあったんだよね…。でも、「助かった」「楽になった」という声が届くと、作ってよかったと思った。
ここ最近で、アンデッド王国が急激に豊かになったこともあり、『バラ製薬』がこの国にあることは、周知の事実となっていた。私が「神のスキル」持ちであることも、他国の権力者たちには、すでに知られているかもしれない。
まあ、いずれバレると思ってたからいいんだけどね。…ただ、私を狙う輩が出てくるかもしれないし、今までより警戒が必要かもしれない。最近は、アンデッド王国に出入りする他国の者達が、急速に増えたのだ。
アンデッド王国は、昔からは考えられないことに、外国から観光客が訪れる、観光地となっていた。他国民から敬遠され、商人以外誰も立ち入ろうとしなかった地が、いまや観光の名所へと変わったのだ。
薬の販売だけでは足りない! 5年前の私は、もっとたくさんの外貨を稼ぐには、どうしたらいいのかと頭を悩ませていた。
観光地化を目指したきっかけは、魔道具の設置の為、この国を訪れていたドワーフらの言葉だった。
お忍びで工事現場を訪れていた私の耳に、休憩中の作業員のドワーフらの会話が飛び込んできた。
「おい、お前は知ってたか? アンデッド王国がこんなに綺麗な場所だったなんて」
「いや、聞いていた話とは大違いだ。自然がいっぱいで空気が美味いし、悪臭なんて全くしないしな。ついでに、アンデッドも気持ちのいい奴らだったよ」
「ああ、魔道具だらけでゴツゴツしいドワーフ王国と違って、自然がそのまんま残っている所がいいよな。ちょっと行けば、大きなバラ園があるみたいだし、国へ帰ったら、一度家族を連れて来たいよ。きっと花好きの嫁さんが喜ぶと思うんだ。へへへ」
「おお? 相変わらず、お前んとこは仲がいいなあ」
スティーバさんに影響を受けてしまったのか、私の商売魂にビビッときた!
この時の私の目は、彼に劣らずギラギラと輝いていたことだろう。
アンデッド王国は、ドワーフの人達から見て、訪れたい魅力があるようだ。この国を観光地にするのは、とてもいい案かもしれない。外国から人をたくさん呼べれば、外貨がガッポガッポと入ってくるしね。ウッシッシ。
うーん…でも、豊かな自然とバラ園だけじゃ、ちょっと弱い気がする。
前世の観光地にあったものを思い浮かべて熟考した結果、バラ製薬の美容クリームを使って、エステ事業を始めることを思いついた。
主に女性しか取り込めない案だが、女性に付き添って、男性もこの国を訪れるかもしれない。…いや、待てよ? そういえば、メンズエステなるものもあったな。エステのメンズ部門も作ればいいかもしれない…!
そんな私の思い付きで、今やアンデッド王国は、自然に囲まれた昔ながらの素朴な街並み、広大なバラ園と薬草畑、そして、エステの国として、世界から大注目の観光国となったのだ。
この国が大人気の観光地となったのには、あの世界の歌姫シンマーも一役買っていた。彼女がとある番組で、バラ製薬の美容品を使っていると話したのだ。その放送が流れた直後、美容関連製品の注文がとんでもなく大量に入った。材料が底をつき、薬草の生産が追い付かない為、一時期出荷をストップしたほどだった。
シンマーの影響力はすごい。デビューして5年以上経つが、未だに彼女は世界のトップスターだ。私は彼女の大ファンだし、お礼を兼ねて、一度会いたいと思っている。一般人では会うことなど到底出来ないだろうが、私は弱小国とはいえ、この国の王女だ。権力やコネを駆使して、なんとしても会ってやろうと思っている。
そして、なんとか上手いことやって、ぜひ、お友達になりたいっ!
あ、言っとくけど、これは私欲のためだけではなく、別の理由がある。
それは、攻略対象者の一人、ザータン王国の王子=ガオザン・ポイフェイが関係していた。ザータン王国は人の魂を好物とする悪魔が住む国で、王子であるガオザンも、もちろん悪魔である。通常であれば、絶対に関わりたくない種族だ。だが、アンデッド王国を救うためには、そうも言っていられない。
実のところ、シンマーは、彼の弱点に関係していた。この情報は、攻略対象者を調べてくれている貴族からもたらされたものだ。他国の、しかも王族の情報なので、なかなか調べるのは難しいのだが、この国の将来がかかっているのだから、貴族たちも必死だ。私とエミリだけでは、とても得られなかったであろう情報をもたらしてくれる彼らに、とても感謝している。やっぱり、神託を告白して良かった。
5年前、私の告白を聞いたお父様が真っ先に始めたのは、軍の強化だ。
今までは国立騎士団が主な戦力だったが、この先、起こるであろう戦争に備え、大幅な戦力増強が必要だった。騎士団とは別に軍を設け、多くの若者を軍人として雇い入れた。そして、彼等を強化すべく、騎士団主導で厳しい指導を施し、戦力増強を図っている。
しかし、今の時代、人員を増やして戦闘訓練を繰り返したとして、戦争に勝てるわけではない。最先端の魔道具を生み出しているドワーフ王国では、“戦闘兵器”なる魔道具も作成していた。
お父様は大幅な予算を割いて、軍事関連の魔道具を購入した。
近隣諸国からは、我が国の大幅な武力への投資を警戒する発言や威圧があったが、購入した兵器のほとんどが、移動型ではなく、国内設置型の兵器であったため、お父様の「防衛のため」という説明を、なんとか認めてもらえた状況だ。
危ない危ない!
国際交流会を待たずに近隣諸国と戦争になったりしたら、本末転倒だ。たまったもんじゃない! 本来、アンデッド王国は他国と戦争なんて、全くしたくないんだからー!
こうして、着々と来たる日に備えている最中、私には一つ、頭を抱える問題があった。
暑い季節が終わり、爽やかな気候へと移行した天気の良い昼下がり。私はマテウスの母親であるコールドウェル侯爵夫人に招かれ、コールドウェル邸の庭先のテラスで、優雅なお茶の時間を過ごしていた。
一見、穏やかな会話を楽しむ上流階級の者たちに見えるかもしれない。だが、3時間という長い時間、私は夫人の愚痴に、5杯目の紅茶を飲みながら付き合っていた。もう、お腹がチャッポチャッポである。
「…なんて言われましたのよ? それを注意したらマテウスったら、『うるさい!』なんて口答えをして…!」
夫人は悔しそうに手に持ったハンカチを握りしめた。
コールドウェル侯爵夫人は、一見、儚げな美女だ。しかし、その実態は、けっこう気さくでおしゃべり好きな楽しい方だ。だが、最近は最愛の息子の愚行に、ストレスマックスとなっている。美しい顔に疲れが見えた。
そこへ、扉を開けて、話題の中心マテウスが入って来た。
「…遅くなりました」
全く反省している様子もない、ぶっきらぼうな口調と態度のマテウスに、夫人は椅子から勢いよく立ち上がる。
「お約束は1時でしたでしょ!? イザメリーラ様をこんなにお待たせして、いったい、何があったのです!?」
あ、ちなみに、この世界も1日が24時間で、前世と同じような時計がちゃんとある。だが、1年が372日あり、そこがちょっと違っていた。
マテウスは鬱陶しそうに、ハァとため息をつく。
夫人のこめかみがピクピクと痙攣している。
「マテウス、久しぶりね。お邪魔しています」
私がにこやかに話しかけると、マテウスはムスッと不機嫌な顔をして、プイッと顔を背けた。
「マテウス…! あ、あなた、イザメリーラ様になんという態度を…!!」
夫人は驚きの声を上げる。頬はピンク色に染まり、プルプルと震えていた。そして突然、フッと力が抜けたようにしゃがみ込んだ。
「あ…!」
「まあっ、奥様!!」
テーブルのすぐ脇に控えていたメイドが慌てて駆け寄り、夫人の体を支える。私も床に跪き、メイドと一緒に夫人を支えた。
「も、申し訳ありません、急に力が入らなくなってしまいまして…。少し部屋で休みたいと思います…」
私は頷いてマテウスを呼びつけると、彼とメイドに夫人を寝室まで運ばせた。
マテウスが戻って来ると、人払いをさせて、広い応接室の中で、私はマテウスと二人きりとなった。これでやっと言いたいことが言える。
「マテウス…」
私は背が伸びた幼馴染を眺めた。少女のように可愛らしかった容姿は、ずいぶんと大人っぽくなり、いまや少女には見えない。だが、中世的で美しい顔立ちは、きっと女性を魅了するだろう。
5年前の神託を告げた日から、彼の生活は変わった。毎日城へ通い、次の王になるべく、帝王学を学び始めた。それまでは私が受けていた教育だ。一応真面目に城には通っているのだが、勉強を教える教師からの評判は悪い。元々頭はいいようで、真剣にやればすぐに覚えられる事でも、どうも身が入っておらず、なかなか授業が進まないらしい。うわの空で教師の言葉を聞き流し、指摘されると逆切れまでするようだ。
私に、「王女らしくしろ!」と注意していたマテウスは、どこにいってしまったのか。
国が豊かになったおかげで、それまでは控えていた貴族らの交流も盛んに行われるようになった。マテウスも有力貴族の息子で、一部の貴族には、次の王になると知られている。なので、彼には頻繁にお茶会や夜会などのお誘いがある。
だが、彼は誘いを理由もなく断ったり、約束をすっぽかしたりしているらしい。家の者が強引に連れて行った時は、不愛想な対応をして、相手貴族を怒らせてしまったそうだ。これらは、先程までの3時間、延々と夫人から聞かされたことだ。
夫人は、マテウスがそんな事をしていても、コールドウェル侯爵が厳しく叱らないことにも不満を抱いていた。
夫人は知らないのだ。マテウスが背負っている大きな負担を…。それも、夫人とマテウスの仲を悪くしている要因だと思う。
あの会議に参加していない夫人には、アンデッド王国の危機は伝えられていない。マテウスの母親なので、教えたほうがいい気もするが、他に漏れて国民に不安が広がるのは避けたかった。
だが、彼がこうなってしまったのは、この国の未来が彼の肩にかかっているからだけではないと、私は最近知ってしまった!
今まではマテウスの悪い評判を聞いても、大きなプレッシャーから、ちょっとグレているだけだと思っていた。だが、実は原因は他にもあったのだ!