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11. ドラゴン姫



「ド、ド、ドラゴンー!?」


 あまりの驚きにそれ以上声が出ない。目を見開いてジーッと小さなドラゴンを凝視した。

 アンデッド王国内に動物はたくさんいるが、ドラゴンが生息しているとは聞いた事がない。ドラゴンを見たのは、これが初めてのことだった。

 珍しい小さなドラゴンをみんなで取り囲む。

 興味津々で見つめると、ドラゴンはコテンと首を傾けた。


「ううっ…か、可愛い!」


「ふむ…、ドラゴンとは珍しい。アンデッド王国には生息していないはずだが…?」


 コールドウェル公爵は不思議そうに思案しながら顎に手を当てた。

 エミリは私の肩を掴み、後ろへと下がらせる。


「確かに可愛らしいですが…姫様、お気を付けください。ドラゴンは凶暴だと聞きます」


 え!?

 こんなに可愛いのに? ううっ…触ってみたいよ~~~!

 手を伸ばして、すぐにでも触りたいのを我慢して、私は初めて見るドラゴンの真ん丸な金色の瞳を覗き込む。

 すると、ドラゴンは愉快そうな鳴き声をあげた。


「プク、グギャギャギャギャ。プクプププッ(ふん、どんくさそうな女の子ね。からかって遊んでやろうかしら)」


 え?


「まあ陽気な鳴き声ですね。姫様にお会いできて喜んでいるのかしら?」


 エミリの弾んだ声に反応するように、ドラゴンはまた声を上げた。

  

「ギュルギュルー、ブキュリキュリー、プフ(こっちの娘は賢そうだけど、さすがにドラゴン語は理解できないようね、ふふっ)」


「どこから来たんだろう。こんな子供の竜が一匹だけで」


 マテウスは興味深そうにドラゴンを観察している。ドラゴンはマテウスの顔を見つめると、とたんに興奮し出した。


「ギャオウ! ギャオウピュピ! プリーチュ!!(まあ! なんて綺麗な男の子かしら! 素敵だわ!!)」


 ドラゴンはマテウスの首元にスリスリとすり寄ると、尻尾を彼の体に絡めた。


「うわっ! おい、なんだ!?」


「プヘピ、グギャギャギャギャギャルー!(うふふ、照れちゃって可愛いー!)」


 マテウスはドラゴンの尻尾を掴んで体から外そうとするが、小さくてもさすがはドラゴン。かなり力が強いようで、なかなか外れない。


「まあ! マテウス様にすっかり懐いておりますね。まだ赤ん坊なのでしょうか? こうして甘えているのを見ると、愛らしいですわね」


 エミリは警戒を解いて、マテウスにじゃれつくドラゴンを微笑ましく見ている。だが、私は最初にドラゴンを見た時より、更に警戒していた。


 ちょっと、ちょっと、このドラゴン…「ドラゴン語」を喋ってるよ!?

 言葉を話すという事は、このドラゴンはただの魔物ではなく、竜人族という事になる。


 不安になってコールドウェル侯爵を見上げたが、彼もまた、ドラゴンとじゃれ合う息子を微笑ましげに見ていた。外相である彼でも、ドラゴン語は分からないようだ。ドラゴン語は、竜人族しか話さないマイナーな言葉だからかな? 神様から言葉を理解する能力をもらっている私は、ドラゴン語ももちろん分かる。今ここにいる私以外の者には、このドラゴンの声が、ただの鳴き声に聞こえているのだ。


 この世界には、前世と違い、さまざまな種族の者たちが生息している。

 ドラゴンを含む魔族には、上級魔族と低級魔族が存在する。低級魔族は普通の動物よりも力が強く危険だが、知能は高くなく、言葉を話すことは出来ない。だが上級魔族と呼ばれるものは、人間と同等か、それ以上の知能を持ち、たいがいは人の姿をしている。言葉が話せるこのドラゴンは、低級魔族ではなく、上級魔族である竜人族だと思われる。

 あれ? 通常、竜人族は人の姿をしていて、本来の姿は滅多に人前には見せないって聞いていたんだけれど…?


「プベー…ゴキャゴキャグルルルプッペーピー。プッヒギャウキュー、ペポプリュリュリー、ペッゴビュビー(あーあ…、こんな綺麗な子までお父様たちに殺されちゃうのかあ。聞いてたのより、この国も綺麗でいい所だし、勿体ないなあ)」



 私はドラゴンの独り言を聞きながら、神様の乙女ゲームに出て来た攻略対象者の1人を思い出していた。魔族の中でも最強を誇るドラゴンの国であるドラッフェン王国の王子=エドゥー・ドラッフェンだ。


 彼のストーリーはこうだ。



 ドラッフェン王国の王は絶対の権力を持ち、王の言葉に逆らう者は、誰であろうと殺されてしまう。それが彼の子供たちであっても…

 元来、ドラゴン族はとても気性が荒く、戦闘に秀でた民族だ。普段は人の姿をしているが、大きな翼と頭には角を、そして屈強な肉体を持つドラゴンが本来の姿だ。硬い鱗に守られた頑丈な体を持ち、筋力も強く、強大なパワーを持っている。それだけでなく、空を飛ぶ能力も、魔法の能力も秀でている。この世界で最強の部類の種族だといってよい。

 ある時、ドラッフェン王国の王は子供たちに試練を与えた。確か、3人の子供がいたはずだ。その中の真ん中の子供が、攻略対象のエドゥーだ。

 王が与えた試練とは、「国に一番貢献した者を次の王にする」というものだった。そして、王に選ばれなかった者には…「死を与える」と言ったのだ。

 末娘の王女は王の言葉を聞くと、早々に国から逃げ出した。姉と兄は優秀で、とても敵わないと悟ったからだ。逃げ出した彼女には、国から追手が放たれた。彼女の暗殺の為に。王の資格を放棄した王女には、王の言葉通り、死が与えられるのだ。ゲームの中で、エドゥーは、「妹はもう殺されてしまっているだろう」と語っていた。

 そして、残った姉弟の内、優秀なのはエドゥーのほうであった。彼は頭脳も武術も秀でていて、気位の高さも王族としての風格もあり、次の王にふさわしいと周りからみなされていた。

 だが、彼の姉は抜け目がなかった。そして、彼よりも残虐だったのだ。

 エドゥーの幼馴染で一番の腹心であった男が、彼女の手の者によって殺された。彼がゲームの舞台である国際交流会に参加している最中の事だ。エドゥーの姉は、彼の周りに自身の手の者をいつの間にか潜り込ませていたのだ。疑心暗鬼になったエドゥーは、彼について来ていた部下を全員、自身の手によって殺してしまう!

 憎しみの鬼と化したエドゥーは、ドラゴンの姿になって暴れ出し、他国の者へも危害を加える。このころにイザメリーラは退場となる。暴れるドラゴンの犠牲者の一人になったと思われる。しかし、そんな彼に救いの手を差し出す者がいた。彼の愛するオリアナだ。オリアナの献身的な愛によって、やっと正気を取り戻すのだ。

 エドゥーは、犯してしまった罪を後悔し、そして、自身の姉に対し、幼馴染の仇を胸に誓う。だが、この国で彼が犯した失態が、ドラッフェン王国に知られてしまう。このまま国へ帰れば、彼は国に不利益をもたらした者として処刑されてしまうだろう。すべて、姉の思い通りになってしまう。

 だが、まだ生き残る道は残されていた。名誉を挽回するため、彼は兵を起こし、アンデッド王国へと攻め入ったのだ!

 見事、勝利し、アンデッド王国を手中に収めた彼は、オリアナと共に国へ帰り、次代の王へと決まった。そして彼の姉は、彼が王位を継ぐ日に処刑される。彼は見事に幼馴染の仇を取ったのだ。

 こうして、ドラッフェン王国の王となったエドゥーは、オリアナと共に国を盛り立て、平和で豊かな国へと導いてゆくのだ。



 めでたしめでたし…って、なんでや! アンデッド王国にとっては、とんだとばっちりだ!


 ハッとして、マテウスにまとわりつく小さな可愛らしいドラゴンを観察した。

 …似ている。この白地に青色の模様…。乙女ゲームの中で見た、エドゥーがドラゴンとなった姿に、大きさは違うけど…とてもよく似ている。

 私はゴクリと唾を飲み込むと、ドラゴン語に初挑戦することにした。


「ギュッピペリッピーギュギャギャ?(あなたはドラッフェン王国の姫君ですか?)」


 マテウスに絡みついてウットリとしていたドラゴンは、ビクッと体を振るわせて、私を振り返った。よしよし、通じてるようだぞ! 私はさらに続ける。


「ギャウギッテギュルギュー? プッペポリュリュリ?(姫君で間違いないですよね? なぜ、アンデッド王国におられるのですか?)」


 ドラゴンはマテウスに絡みついたままこちらを凝視し、口をわなわなと震わせている。


「ひ、姫様? どうされちゃったのですか!?」


 エミリはおろおろと私に問いかける。突然、意味不明語を話しだした私に驚いたようだ。「とうとう、頭が…!?」なんて失礼なことを言った気がするが、とりあえずはスルーしておこう。今はそれどころじゃない。


 ドラゴンは顔色を曇らせ、明らかに焦り出した。マテウスから離れると、私達の周りを取り乱した様子で飛び回る。


「プ? ギャウギャ! ウギュルリー!? リュッテギュルッピーギャギャリー!?(は? うそ! 聞いてないしー!? ドラゴン語が分かるアンデッドがいるなんて聞いてないしー!?)」


 激しく鳴き続けるドラゴンの声に気付いたのか、背の高い女性がこちらに近づいてきた。先程、大きな鳥に指示を送っていた女性だ。

 その姿を見て、私は大きく目を見開いた。

 おお! エルフだー!

 長い手足に、綺麗なストレートの髪を後ろで一つに縛っている。そして、エルフの特徴である、尖った耳を持っていた。


「おい、お前、何か悪さをしたのかい?」


 エルフの女性は、ドラゴンの頭をワシッと掴むと、小さな金色の瞳を覗き込んだ。ドラゴンは女性にプルプルと頭を振った。


「賢い子だろう? まるで人のような反応をするんだ。ところで、こいつがどうかしたかい?」


 今度は私達に向け、エルフの女性は問いかけた。私は一歩前に進み出る。


「えっと…あなたのドラゴンなのですか?」


「ああ、私がテイムしたドラゴンさ」


「え!? テイムした!? この子を!?」


「ああ、そうさ。そんなに驚く事かい? 確かにドラゴンは魔族の中じゃあ魔力が強いほうだけど、低級ドラゴンのテイムはそんなに難しいことじゃないよ? それにこいつは怪我をして、少し弱っていたからね。まあ、私が優秀なテイマーだってこともあるけどね」


 エルフの女性は、ふふっと笑って頭を掻いた。

 目の前のエルフが嘘を言っているようには見えない。実際、彼女はこの子をテイムしたのだろう。彼女はテイマーのようだ。テイマーとは、動物や魔物を魔力で使役する職業だ。先程の大きな鳥も、彼女に使役されているのだ。テイムされた動物は、彼女に協力的になり、言う事を聞いてくれる。動物と仲良く出来るなんて、私にとってはとても羨ましい職業だ。だが、魔力を持たないアンデッドは、残念ながら、テイマーになる事は出来ない。


 私は信じられないという目で、小さなドラゴンを見た。彼女はドラッフェン王国の王女で竜人族だ。そんじょそこらの低俗なドラゴンとは訳が違う。テイマーにテイムされてしまうような弱小ドラゴンではない。しかも、王族をテイムするなど、いちエルフがやっていいことではない。

 ドラゴンは私の言いたいことが分かったのか、ヤバいという顔で、首を横に振っている。余計な事を言うなという意味だろう。ドラゴンの気持ちは分かるが、黙っていてあげる義理はない。私はおもむろにエルフの女性に向かって、口を開いた。


「あなた、自分のしたことがわかっているのですか? テイムしたなどと…! こちらのお方をどなたと心得るのです! 恐れ多くもドラッフェン王国の姫ぎ…」


 そこへ、焦ったドラゴンが私の顔へ飛びついた! 顔面に絡みつき、私の口を必死で塞ぐ。

 

「ド、ドラッフェン…ムグムグ!」


 ドラゴンのしがみつき攻撃にも負けず、それでも続けようとする私に、ドラゴンは涙目で訴えた。


「ギャオ、ギャオリ! ルルイリョワギュリ! オギュリギャウギー!(ダメ、やめて! ルルには言わないで! お願いだからー!)」


 私はドラゴンの瞳を見つめ、コクンと頷いた。ドラゴンはホッとした顔を浮かべる。このエルフさんは、ルルさんっていうのか。

 私とドラゴンのやり取りを不思議そうに見ているルルさんに、私はにっこりと微笑んだ。


「えへへ、なんでもありません。本当に可愛いドラゴンですよね。少しこの辺で、この子と遊んでいてもいいですか?」


 ルルさんは少々戸惑いながらも、ドラゴンと私を交互に見比べてから頷いた。


「…うーん、まあいいよ。でも、小さくてもドラゴンだからね。怪我をしないように気を付けて遊ぶんだよ。私はまだ仕事が残ってるから、あんまりここから離れないようにね」

 

 私とドラゴンはコクコクと首を縦に振った。

 ルルさんが離れると、ドラゴンはホーッと、長い溜息をついた。私はドラゴンへ微笑んで見せた。


「プッベギャウギョウ?(お話を伺えるかしら?)」



 私達は少しだけ場所を変え、作業員たちから距離を置いた人通りのない場所へと移動した。ドラゴンは上空から周りを見回し、人がいないことを充分に確認すると、やっと下へと降りて来る。


「ギ? ヒャギュリリュウ?(で? 何が聞きたいの?)」


「ビュギャッチュメプギャ?(共通語も話せるんですよね?)」


 私の問いかけに、ドラゴンは不機嫌な顔で頷くと、ふわっと姿を変えた。そこには1人の美しい少女が裸で立っていた。少女の長い髪は、ドラゴンの時の体色と同じく、白地に青い模様の幻想的な色をしている。整った小さな顔に、金色の大きな丸い瞳。明らかに普通の人間とは色彩が異なっていた。

 ゲッ、は、裸ーー!?

 私は慌てて自身の羽織っていたフード付きのコートを脱いで、私より少し小柄な少女の肩に掛けると、ボタンをしっかりと留め、前をきちんと隠した。

 ふうっ、これでよし!…と。

 他の3名は、驚いた顔で固まっている。少しでも現状を理解してもらおうと、3人に少女を紹介した。


「こちらは、ドラッフェン王国の姫君です。そうですよね?」


「はあー…、私としたことがしくじったわ。まさかこの国にドラゴン語が分かる人がいるなんてね」


 3人はまだ事態が飲み込めないようで、なんの反応も示さない。ここは私が頑張らねばならない。


「あなたは今、逃亡中なのですよね? それで、あのエルフ…ルルさんにわざとテイムされたのですか?」


「何もかもお見通しってわけ? 私が逃げてる訳も知ってるんだ? まさか私がテイマーにテイムされてるなんて思わないでしょ? だから、わざとテイムされたんだからね! 決して、弱ってたからじゃないんだからね!?」


 私は生暖かい目を向けて頷いた。まさか、竜人族の王女たるもの、テイマーの使役魔法を破れないわけないよねえ。まさかねえ…

 それより、彼女は先程、気になる事を言っていた。今、一番知りたいのはそこだ!


「アンデッド王国は今、ドラッフェン王国に狙われているのですか!? それは、どうしてですか!?」


「なんでその事を知ってるのよ!? あんた何者なの!?」


 「これは失礼しました…」と、私は自身の正体を明かした。そして、彼女の独り言から分かったのだと説明する。


「あっちゃー! そういや、言っちゃってたねー! 失敗、失敗!」


 彼女は「しまったー!」と顔に手を当てた。彼女に「どんくさそう」とディスられる謂れはないと思う。彼女だって、充分どんくさい。


「まだそれは可能性の話よ。そういった話があるってだけ。ドラッフェン王国は最近、ちょっと飢饉っていうの? 食べ物が不足してるらしくてね。ほら、ドラゴンってみんな脳筋で、すぐに腕力で解決しようとするでしょ? だから、国が貧乏になってくると、他国を襲おうって話になるのよ」


 なんとも迷惑な話だ。自分の国の食糧問題は、ぜひ、自分達だけで解決してもらいたい。


「…だからね、どこを襲おうかって話になると、いつも筆頭にアンデッド王国が挙げられるのよ。ここって、魔道具の普及が遅れているし、アンデッド自身も戦闘能力が低いでしょ? それに、この国は豊かな森に囲まれていて、食べ物が豊富にありそうじゃない? そういう訳。分かった?」


 私は重々しく頷いた。彼女の言う事になにも反論できない。ドラッフェン王国にとって、この国は攻略しやすい国ナンバーワンなのだろう。


「でも、すぐにどうこうなるって話でもないでしょ? さすがに奴らも、何の大義名分もなしに、いきなりこの国を襲ってきたりしないわよ。そんな事したら、国際社会が黙ってないもの」


 落ち込んだ私を励ますように、王女は続けてそう言った。

 そうか…、さすがに何の理由もなく戦争を仕掛けることはしないのか。でも、あの乙女ゲームの中で、エドゥーはアンデッド王国に戦争を仕掛けていた。その時は、アンデッド王国に対する大義名分があったってこと…?

 うーん…と考え込む私を、皆は不思議そうに見守っていた。

 ハッ、そうだ!と私は顔を上げる。イザメリーラだ! ゲームの中の彼女は、世界樹の巫女であるオリアナに嫌がらせをしていた。オリアナはこの世界になくてはならない大切な存在。きっとそれがアンデッド王国に攻め入る大儀名分になってしまったのだろう。…イザメリーラ、ほんとにしょうもない王女だな。

 

 少し謎が解けたところで、私は目の前の少女にお礼を言った。


「あなたのおかげで、我が国の置かれた立場を理解出来ました。どうもありがとう」


 頭を下げた私に、少女は、いいよ、いいよと手を振った。彼女はこの先、追っての手を逃れて、無事に生き延びる事が出来るのだろうか。見た感じそそっかしそうな少女であるが、悪い子には見えない。自分が生まれ育った国から逃げだす気持ちはどんなものだろう。

 私もこの先、もし命が助かったとしても、彼女と同じように、国から追放…あるいは、逃げ出さなければいけなくなるかもしれない。彼女の境遇は他人事とは思えなかった。

 何か少しでも助けになれればいいのに…。思案するも、何もいい案は浮かばない。もし今、アンデッド王国で彼女の身柄を保護しても、ドラッフェン王国がこの国へ戦争を仕掛けるきっかけを作るだけだろう。この国には、彼女を守る力がない。

 胸に手を当てた私は、ハッと思い出して、懐に入れていた小さな魔石を取り出した。この魔石には、守護の魔法がかけてある。

 この世界における魔道具の動力は全て魔石である。魔石にはさまざまな魔法がかけられ、それは役割によって異なる。非常に重要なものであるため、魔石は小さなものでも、それなりに高価である。私は薬作りで国に貢献した褒美として、先日、お父様よりこの魔石を頂いたのだ。

 私は手の平に乗った小さな魔石を少女の前に差し出した。


「どうぞ、この石を受け取ってください。守護の魔法がかけてあります。どうか無事に逃げ延びてください」


「え!? いいの!?」

 

 彼女にもこの魔石の価値が分かるようで、受け取るのを一瞬躊躇した。私が頷くと、彼女は顔を赤らめ石を掴んだ。


「分かったわ。ありがとう。絶対、死なない。死んでたまるもんですか!」


 彼女はそう言って力強く頷くと、魔石をゴクンと飲み込んだ。

 驚く私に、彼女はニヘヘと笑った。


「だって、ドラゴンの姿じゃ、どこにも隠しておけないでしょ? 大丈夫、必要な時にはすぐに吐き出せるから」

 

 美しい少女は、元の小さなドラゴンの姿に変わった。


「ライザ」


「え?」


「私の名前よ。知らなかったでしょ? じゃあね、イザメリーラ!」


 彼女…ライザはそう言うと、パタパタと羽を羽ばたかせ遠ざかっていく。小さく頼りなげなドラゴンの背に、たまらず声を掛けた。


「頑張ってね! ライザー!」


 ライザは一瞬振り向くと、また前を向き、ルルさんの元へと帰っていった。


 


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