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失敗は成功のもと 離

 先程までとは打って変わって穏やかな表情で、男は私を見つめていた。

 何が起こっているのか到底理解出来そうもない私は、ただ口を開いたまま固まっている事しか叶わなかった。

 そんな二人のにらめっこがどれ程続いたのか、男はゆっくりと自らの懐へ手を伸ばす。


 そこでまた時が止まる。


「あれ? ない。」


 何のことかは直ぐにわかった。私の片手にそれはある。メモ帳。それが目的だろう。男はどこまでおぼえているんだ? 隠し通せるだろうか。見つかればまた、同じことだ。どうすれば―


 メモ帳、返してあげて。大丈夫。本当は、優しくて純粋な子だから。

 嘘をついてもいい。自然に。


 ……!

「落としましたよ、これ。」


 頭に響いたミストの声。メモ帳を返すなんて考え私には毛頭無かったし相手がどんな反応をみせるのか恐くて堪らなかったが、私はそれに従った。数ある選択肢の中、それを選んだ。


「ありがとう。」

 あれだけの動揺を見せたのだ。それだけ大切な物だったのだろう。安心からかフェイルは柔らかい笑みを見せた。


「僕、フェイル。君の名前は?」


 自己紹介がてら、握手を求められる。


「……ランス。」


 悪夢を見ていたと錯覚するほどに、今のフェイルには私の恐怖していた影がない。

 今度は間違えないように噛み締めるように自分の名を答え、そして私は差し出された手を握った。


「そう、ランス。何か、お礼をしたいな。」


 嘘をついた手前お礼などと言われると少し忍びない思いがあるものの、押し寄せる安堵に浸る私がそれを気にすることは無い。


「良いお医者さんを紹介するよ。」


 そして男はそう言った。少年が、宝物を見せてくる時みたいに目を輝かせて。

 まるで私にどこか悪いところでもあるようでは無いかと一瞬不満におもったが、実際そうであった事を思い出す。

 ミストが顔を出さない現状、他に行く宛もなし。私は興味本位で話を聞くことにした。


「僕も今から行こうとしてた所なんだ。」


 教えてほしい旨を伝えると、男からそんな返事がきた。

 顔が歪む。行動を共にすることは頭になかった。軽率だった発言を後悔する。

 男に対する恐怖は未だ消えない。少し不自然でもいいから、やはり辞めると言ったほうが良いかもしれ―


 ガシッ!


 ―え?


 突如、男は背後にまわり私の腰部分を抱きしめるような形をとった。

「じゃあ、行こっか。」

 弾むような声でそう言われる。


 ちょっと待って、すっごく嫌な予感がする。


「口閉じてね。」


 ダンッ!

 凄まじい音と共に景色が小さく小さくなって消える。あぁ、まさか二度もこんな目にあうなんて。

 私は空を翔けながら、

 叫んだ。

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