先程までが嘘のように 離
何度転んでも、足を動かすことはやめなかった。
どうにかあれから逃れようと、必死にもがくこの姿は如何に滑稽だろうか。
後ろからは、ゆっくりと秒数を刻む声がする。きっと零になれば、声の主は私が苦労してはなした距離を一瞬にして詰めてくるのだろう。
それでも私は走り続けた。
「ぜぇろぉ、あはっ。」
フェイルは、無表情に笑った。
何か無理をしているような、そんな風にも見えるが。今のランスにそれを気にする余裕は無い。
案の定、零を刻んだと同時。すぐそばに現れた男に再び腰を抜かす。
「どうすればいいの? 私は。どうすれば。」
「そのまま、そういうふうにしていてほしい。」
は、
言葉を失った。真顔で、いたって真剣に。
腰を抜かした私にそのまま怯えていればいいと言い放ったのだ。
フェイルは続ける
「そんな君を襲う。いつか、ヒーローが助けに来る。それか、君でもいいよ。倒すんだぁ、悪者を。」
何を言っているんだ……?
絵空事のようなことを、遠い目で他人事のように。
そして、その話を聞く限り、私の助かる道は無い。
「ヒーローなんて来るわけない。」
「じゃあ君がどうにかするんだ。倒すんだよ、僕を。」
その言葉を皮切りに、再び男が動き出す。
どうすることも出来ない。どうにもならない。
これから起きる事象をただ受け入れるしかない、と思ったときだった。
メモ帳。
ずっと姿の見えなかったミストの声が聞こえた。尚も姿は無いが、確かにそう言った。
最初に戻るから。今度は間違えないで。
意味は分からなかった。しかし、それに従うより他は無い私はメモ帳に狙いを定めた。
でもどうやってあれを奪う? 自分より速い力の強い、話もまるで通じない。それでいて、相手はこちらに向かって来ている。不意をつくことも出来ない。
……こちらに、向かって?
そうか。
私は手を伸ばす。メモ帳、それだけを見て。
相手は勝手に飛び込んでくるんだから。私はメモ帳に触れようと思えばいい。私が望んだもの以外、全ては、私をすり抜ける。
「何して、!」
男の体を通り抜け、メモ帳に触れた。
少しの衝撃と共に、メモ帳は男の手を離れ宙を舞う。
「獲っ、た。」
地に落ちるよりも前に男に取り返されると思ったのだが。全然そんな事はなく、私は地べたに転がったメモ帳を拾い上げた。
当の男は、といえば。うめき声を上げ、そして
「返せ! 返せ返せかえせかえ」
壊れたスピーカーのように同じ単語を繰り返し繰り返し唱え始めた。と、思えば。
ちょうど電源が切れたみたいに静かになった。
「あれ、僕何してたんだろう。君、知ってる?」
フェイルはとぼけた顔でそう言った。




