見慣れた街 離
「立場が変わったんだよ。」
繰り返し、ミストが放った。
その時の顔は、私に見せる初めての表情に思えた。不敵で何処か解放的なそれは、やはり、貼り付いた仮面が剥がれたようだった。
「何よそれは?」
「お願いする側から、対等になった。気が楽だよ。」
まるで、今まで私にずっと気を使っていたかのようだ。
これを聞いて何か心に伸し掛かるようなものがあったが、気にしない事にした。
「それは良かったわ。嬉しい限りよ。さ、一体どういった考えでどんな街に連れてきてくれたのかしら?」
至って普通に言った。
「僕と対等になったことがそんなにも嫌?」
なのに、ミストはやたらと突っ掛かる。私は黙って首をふった。
「そんな話し方だった?」
「あ? どうだったかな?」
分かっているくせに。
とぼけているのかいないのか、ミストは聞き慣れたような、やっぱりそうでないような、雑な口調に変わった。
「それも嘘だったのね。」
「ん〜、最初だけだったと思うけどな。いちゃもん?」
そうかもしれない。そう思い、何も言えなかった。腹いせに、何か言いたかっただけなのかもしれないと思うと、私は無言のまま、歩を進める他なかった。
「あまり親しくなりたくない人には、威圧的な態度を取るんだ。」
後ろから、もう聞いていないのに、ミストがひとりで話しだした。
「最初はそうだった。君も。でも、ちょうど、君の話を聞いてからかな。ちゃんと話そうと思ったんだ。」
「何? 急に。」
私が後ろを向いて尋ねると、ふわりとした笑顔を浮かべたミストが「良かった。」と言った。
どうやら相当、私は分かりやすいみたいだ。
「まだ怒ってるわよ?」
つられ笑いながら、そう言った。
それからしばらく、談笑しながら歩いた。周りに見える景色を話の種に。街を歩き回った。
前とは違う景色だった。忙しなく歩き続ける人混みに紛れて、自由に動き回る影があった。人の目も気にせず、障害物も気にしない。少し透けた人影が、あちらこちらに見えるようになった。
時に私を通り過ぎるが、混ざり合う事は無かった。多分、互いに望まなければならないのだと推測することができた。
まるで、世界が倍になったようで、いつもの倍は楽しかった。
「そうだ、言いそびれてたよ。」
ふと、思い出したのか、ミストが脈略もなく呟いた。
「この街に来た目的だけど、自分の身体に聞いてみて。」
「何それ。」
単に意味がわからなかったのもあるが、言いそびれてたというわりに、特に言う必要も無い内容だったので、少し呆れた。
私の身体に聞けといわれても、私の住んでいた街からどれだけ離れた場所だろうか。元より故郷の外の世界など、知らなかった私には知る由もない。
「わからな……」
それを言いかけた途端に、自然と足が止まった。
何かに呼ばれるような気がして、気付けば吸い込まれるように、人気の無い方へ、足が動いていた。




