残酷なまでのタイムリミット
「ようやくです。カイさん。」
「信じられない。夢みたいだ。」
黒い靄は彼方に消えて、しばらくは戻って来ないだろう。邪魔するものは、何一つとして存在しない。
「リズ、どうして?」
率直なる疑問を投げかける。しかし、それに答えられる者はそこにいない。
「私にも分かりません。神様に、感謝ですね。」
「神様、か。それは勘弁かな。」
先程までの空気はどこへやら、二人の顔には笑みが浮かぶ。
安心したように、リズは続けた。
「良かったです。全部、カイさんの意志ではないのですよね。」
これまでの行動、渡されたこの小瓶も、何かの間違い。さっきまで居た、忌々しき影のせいだ。
と、それを心から望む声。そうではないとは言わせない、強制力のある、そんな言葉をリズは口にした。
「リズ。」
「カイさんはあんな事するはずない! そう思っていました。」
「聞いてくれ。」
「嫌です。聞きたくないです。」
リズの我儘であった。
うずくまって、耳を塞ぐ。子供のようなその姿は、初めて会った時を思い出す。
「カイさんは嘘つきです! 前だって、ずっと。」
「そうだ。だからもう、嘘を、つきたくは無いんだ。」
耳に当てた手を優しくどけて、カイは苦しそうな目を向ける。
「少なくとも、私はリズを裏切った。」
そうして、打ち明けた。リズはショックを隠しきれないようで、へたりと座り込み、やりようの無い怒りを地面にぶつける。
「それを! 聞いて! 私はどうすればいいんですか。」
「ごめん。」
聞きたくなかった。知りたくなかった。
こんな事なら……
「私は。」
リズは、落とした包丁を拾い上げおもむろに首に当てる。が、それも、カイによって妨げられる。
「何をやって!」
「私が居るから、カイさんは死にたいと願うのなら。私なんて居ない方が良いんです。」
小刻みに震えるリズの手は、ただならぬ恐怖によるもので、それでも一切の躊躇無しに包丁を手に首を掻き斬ろうと行動した。
カイは、相当に衝撃を受けたらしい。言葉はもう、でてきていない。
ドロドロとした気持ちの悪い空気。それも、ようやく終わりがきた。
『そろそろ危ない。』
ミストの声だ。
ぶちぶちと、内から別れていくような感覚に襲われた。無理矢理、引き裂かれているみたいな。
瞬きの内にリズは、カイの前から忽然と姿を消した。




