あまりに不自然な流れ 離
さっきの言葉、カイさんから思わず出た言葉がずっと頭の中を巡っていた。
信じたくないという気持ちが強く、わかりきった真意を捻じ曲げようと何度も何度も回したが、結局のところそれが変わることは無かった。
でもやっぱり、カイさんの事を信じたい。きっと、きっと大丈夫。
そう、思っているのに。
「お母さん、遅いね。」
ドクンッ! と、鼓膜に直接何かぶつかった事を疑うくらいの音が鳴った。
何も、おかしな事を言われたわけでも無いのに。どうして? 自らに問う。なんて、答えは一つしかない事も、その答えも簡単に想像がつく。
怯えているのだ。私は。
「やっぱり、探しに行きます。」
必死に、感情を出さないようにしながらでは、押しつぶされた声しか出すことが出来なかった。
でも、私の事など気にしていない。怪しまれることなんて無い。どうせ。
そんな事よりも早くこの場、彼女の近くから立ち去りたい私が居た。立ち上がる勢いのままに走ってこの場を去ろうとする。そんな時だった。
手首に痺れるような痛みが走ったのは。
「イ゛ッ!!」
思わず声が出た。相手も何か言っているようだったが、そんなものを聞く余裕もない。
「痛いです離してください!」
何をされたのか、見ることでようやく理解した。彼女は私の手を握って引き止めようとしたのだ。少し遅れて手が離れる。
ズキンッ、ズキンッと脈打つように痛みが続く。握られた方の腕は力が入らない。少なくともひびは入っているだろう。
鉄ぐらいなら簡単に曲げられる。ミストに言われた情報を私は思い出していた。相手がその気になれば、羽虫を殺すように私も潰されてしまうのでは、と思うと震えが止まらなかった。
次に相手はどう動くのか、見落とさぬよう私は彼女をじっと見つめる。
「お腹空かない?」
は?
カイさんから出たのは予想していない言葉だった。私の、手を痛めたという仕草は気が付いたはずなのに。それを心配するでもなく、謝るでもなく。お腹が空いたのかを聞いてきた。
正直、不気味に思う。私の気持ちがわからないのか? ケロッとしている彼女を見ると私の中で警鐘が鳴り響く。危険だ、と。
カイさんはきっと、少し力んでしまったのだろう。それ程、私が側から離れるのが嫌だったという事だ。それが照れくさかったのかな? それだったら少し嬉しく思う。
「ちょっと待っててね。」
私がどう思っているのかは気にもしていないようで、彼女は下手くそな笑顔を見せると暗闇へ消えてしまった。
逃げよう! ここに居ては危険だ。この機を逃せば、もう次はない。
いや、大丈夫。カイさんを信用しよう。本当に逃げたければ、眠るまで待てばいい。それに、今逃げても多分――
ダンッ!!
何の前触れも無く、大地が揺れるほどの衝撃があった。隕石でも降ってきたのかと思うが、違うのだろうな。
「ごめん待ったかな?」
もう、帰ってきたのか? 近くに荷物を取りに行っただけなのだろうか。待ってなんていない。早すぎる。ああそうか、どうせ逃げることなんて不可能なんだ。
カイさんは安心したような顔で私のことを見つめてきた。その顔から喜んでいるのがわかる。
その表情は、獣が獲物を見つけた時のそれだった。呼吸が乱れる。視点が定まらない。今すぐにでもここから逃げ出したい気持ちで一杯であったが、そんなことをしたらどうなるか、そう考えると身体は動くことが無かった。
「今つくるから手伝って。」
命令されたようなもので、素直に従うことしか出来なかった。
カイさんとの料理は、少し懐かしい物があって、私は自然と頷いていた。
「これ、いれておいてくれる?」
ときが止まったような、そんな気がした。




