笑顔のマリオネット 離
「ママ!」
紛れもなく私から出たその声は、よく知った私の声とは異なる物。それは、さっきまで目の前にいたはずの子供の声によく似ていた。そして、絶対に母親では無いその女性をママと言った事を、私は簡単に受け入れていた。
私がその声を出すと、先程からずぅっとうずくまっていた女性が顔を上げる。そうして、目が合う。その瞬間、私は嬉しいと言うより、すごく安心していた。
「ママ!!」
私はもう一度繰り返す。この声が本当に届いている事を確認するように。当然のように、目からは涙が溢れ出ていた。
水槽の中のような視界で、私は私の姿を見た。何の事は無い、ただ窓ガラスに写った自分が目に入っただけだ。私の動きとそっくりそのままに動くそれは、やっぱり子供の姿をしていた。
「――ッ!」
女性は言葉を失ってしまっているようだが、私は構わず全てを口にした。思っていたこと、今まさに思ったこと。だからか、何を話したかは覚えていない。
でも、長い間感じていたかのように思える胸に溜まった悲しみとか悔しさとか、黒く重たい感情が無くなって、心がスゥっと軽くなったところを見るに、満足はしたと言えるだろう。
「バイバイ。」
全て言い終えた私は、最後に満面の笑みを浮かべると手を振って、ママに別れを告げた。
「ありがとう。」
「え?」
気が付くと、目の前には素敵な笑顔で感謝を述べる子供の姿があった。その奥を見てみると、涙を拭いながらも立ち上がる女性の姿が見える。
声は、もう聞き慣れた自分の声に戻っていて、硝子を見ても私の姿は写っていない。
そうか、と思った。私は子供に身体を貸したのだ。全く文字通りの一心同体。そうする事によって私は子供の感情を知り、ママの前に姿を現した。
「本当に、ありがとうございました。」
少し前までの顔が嘘のように晴れた子供の顔を見ると、私の口角は自然と上がる。
私がどういたしましてと言うと、子供は笑顔のまま何処かへ消えてしまった。
「操り人形になった気分はどうだった?」
「最高じゃない?」
突然ミストが私に向かって言った事に少し困惑はしたものの、私は満足そうな顔を見せる。
操り人形でも何でも、暗い顔を明るく変えられたのだ。これほどに嬉しい事があるだろうか。
初めて、あって良かったと思える能力を見つけた私は少し上機嫌であった。
「人の精神と混ざり合って、一時的ではあるけど現実へ干渉をしたのさ。あまりやりすぎると、自我が崩壊するよ。」
脅しだろうか。本気だろうか。どちらにせよ、あまり不安になるような事を言わないで欲しいところだ。
「大丈夫よ!」
私はなんの根拠もないことを声高らかに口にした。この境遇が、良いものなのかもしれないと思った。




