いつものように 離
「はあ〜ぁ。」
再び伸びをして、ランスは扉の方に向かった。
「買い物に行くのか?」
その時、放たれたその一言に思わず顔を歪めるランスは足をミストの方に向け直し、ずかずかと歩を進めた。
ミストの目の前に来たところで足を止め、軽く蔑むような目を見せる。
「食べれないのでしょう!? あんまりふざけると怒りますよ?」
「あぁ、すまない。ふざけている訳ではないんだ。」
怒りを全面に見せるランスに、ミストは小さくなる。
「謝らなくていいです! お腹が空いたなんて、ただの悪あがきで吐いた冗談なのですから。」
「いや、違うんだ。」
勢いに気圧されたのか本当に申し訳なく思っているのか、ミストは自分の言いたい事が言えず、何処かおどおどとしている。
「何が違うのですか? 物に触れられないのです。あなたの言った事は、私を小馬鹿にしているようにしか感じませんよ。」
「君は、物に触れられる。」
必死に絞ったような、そんな声を出したミストはランスに目を合わせようとはしなかった。
ランスは逆に覗き込むようにしている。
「今なんと?」
「朝、君はベッドに寝ていただろう? それにさっき君は椅子に座り、背もたれを使っていたじゃないか。」
その場所だけ時間が止まったように、ランスは固まってしまった。
少し経ってランスは、そろりそろりと先程までいた椅子の近くに寄ると、それまたゆっくりと手を伸ばした。
「さ、われる? え、どうして物に触る事が出来ないなんて言ったのですか?」
「う〜ん。こう言ってしまうと悪いけど、僕は透明人間とは言えども物に触れられないとは言っていないよ。」
首を傾げて尋ねると、ミストは苦笑い。
ランスは考えている、といったようなポーズをとる。過去の、ミストの言動を思い出そうとしているのだろう。苦い顔をして頭を抑える。
「私の勘違い? いや! 扉と人は透けました。それはおかしいです。」
しばらくして顔を上げたランスが言った。しかし、納得できないのか直ぐに否定する。
「何とも説明し辛いね。実際に見た方がわかりやすいし、買い物に行こう。」
「え、ちょっと!」
言い終わってもいないぐらいの時にはもう、ミストは飛んでいってしまっていた。呼びかけてはみたものの、恐らくは聞こえていないだろう。
「もう!」
仕方なくそれを追いかける。
壁を抜けると、遠くでミストが手招きをしている。それを見たランスのムッとした顔が少しほころぶ。
「ほら、これを手に取って。」
ミストは野菜やら果物やらを売っている店で止まると、ランスと目を合わせた。
「りんご、ですね。」
ミストが手を差し向けたのは何の変哲もない林檎の実。言われるがまま、ランスはそれを手に取ろうとしたが、手は空を切る。
「透けました。」
「そうだね。」
何なのだろうか。そうランスは言いたげである。
「君は今、透けると心の何処かで思ってしまっている。それでは駄目だ。夜に寝て、朝に起きる。そんな当たり前の事のように、触れると思うんだ。」
言っていることはよくわからないが、ランスは黙って目を瞑る。そうして、在りし日を思い出した。物が透ける事のない、そんな当然な日々。
そのまま手を下ろす。
ぴとっ、
手に冷たい物が触れた。ランスはそれを掴んで持ち上げる。自分の肩ぐらいまで来たところで、確認するためにゆっくりと目を開く。
「りんご。」
「出来たね、よかった。」
そう言うミストは微笑ましそうにしている。ランスは、気恥ずかしいのだろう。手で自分の口角を下げる。
「下を見てみて。」
「え?」
ミストが指を下へ向けた。ランスはそれを追って下を見る。
「は?」
そこには自分が持っているはずの林檎の実が置いてあった。




