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それでも動き続ける  離

「お腹が空いた? じゃあ、戻るか。」


 二人は折角街の境界まで来たのに、また中へ入る。同じ景色が流れて、ランスはもう空き家となっている自らの家に帰る。


「腐っていますね。」


「まあ、そうだろうな。電気も止められてる。」


 わかりきっていた事なのに、今まさに気付いたような感覚に陥る。

 ランスは、ふと鏡に見入った。


「うつらない。」


 ランスが力なく鏡に触れる。ミストがどうしたのか尋ねると、ランスは黙ったまま首を振った。


「買い物、行きましょうか。」


「急に、元気がなくなったな? 冗談混じりに、透けるから食べられないじゃないですか! とでも言うと思ったんだがな。」


 ミストが声を真似て、ランスが言うと思っていた事を小馬鹿にするように話した。当の本人は目をぱちくりさせて、キョトンとしている。


「ああ、そういえば。そう、ですね。では、どうしましょう?」


 虫にも殺されそうな声。ミストはそれを案ずる。


「どうした。大丈夫か?」


「いえ、少し苦しいだけです。気にしないでください。」


 とても気にしないではいられない言葉。それに表情。


「何かあるなら、話してくれた方が良い。差し支えなければだが。」


「じゃあ、聞いてほしいかな。でも、何も言わなくていいの。ただ、そこに居てください。」


 聞いていて欲しいが反応などはせず黙っていて欲しい。そんな注文にミストは少しも間を開けることなく、こくりと一回頷いた。それを見て、ランスは慣れたように椅子に座りそれから、話しだした。


「自分の居なくなった後の世界で、もう一度生を受けるというのは案外、辛く苦しいものですね。」


 背もたれに背中を置いて、上を向く。


「わかっていました。悲しむ人は居ないと。しかし、こう、何でしょうか。堪えるものがあります。」


 ゆっくりと、しかし休憩を置くことなくランスは話し続ける。


「悲しむ人が居ない事ではありません。何も変わることなく、絶え間なく動き続ける世界。そこに私が居ない事がです。いや、居ないならそれで良かったかもしれません。」


 グッ、と拳に力がこもった。


「何も知らないでいればよかった。それこそ、意志の無い人形にでもなってしまった方が随分、楽だったのかも知れない。そう思います。」


 しばらく、沈黙が続くとランスはふぅ、とひと呼吸置いて立ち上がる。


「誰にも認識されず、誰の記憶にも残らない。それは果たして生きていると言うのでしょうか?」


 疑問を投げられたにも関わらず、ミストは返さない。まだ馬鹿正直に何も言わなくていい、その一言を守っているのだろう。

 

「、、、言いたい事の少しはいえて、スッキリしました。ありがとうございます。では行きましょうか。」


 本当に、スッキリしたのかは定かではないが、幾分か明るさを取り戻したランスはぐっと伸びをする。


「俺がいるぞ?」


 その時、突然ミストがやけにはっきりとした口調で言った。一瞬、それが何に対しての事かランスはわからず困惑したようだが、直ぐに笑みをこぼす。


「狂おしい程に素敵ですね。」


 そう言うとしばらくの間、二人は見つめ合っていた。

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