拒否権 離
「ちょっと! 待ってください。」
ランスは走って前の影を追いかける。待ってと言っても止まってはくれないそれに追いついた時にはもう、街の中と外の境界線に立っていた。
そしてランスは、境界線を跨いだ状態で外と内を交互に見る。
「ここが始まりだな。」
「て、言いますけど。私が嫌だって言ったらどうするのですか? 拒否権は傍から無い?」
走ったせいで乱れた呼吸を整えながら、ランスは言った。くるりと街の中央の方を向いて、グッと足を内へ入れる。
「なんだ? 何か心残りでも?」
「無いですけど、あるっていったら?」
後ろに立ったミストが気楽そうな感じで尋ねる。ランスは怪訝そうに答えた。
ランスは旅に出る事をしたいとは思わないようだ。出来るなら、ゆっくりともう一度の生を楽しみたいと思うがそれは今叶わない。
「もしランスが拒否した場合、元の姿に戻るだけだ。」
「つまりは?」
回りくどい言い方だと感じながら、念の為に真意を聞く。ミストは当たり前の事のように続ける。
「死だ。まあ、それでも構わないならば良いだろう。」
「私の意思がここにあってしまう限り、死を望む事は無いですね。」
ランスは少し残念そうな感じを出して言った。
「半ば強制ってことですね。良いですよ、操り人形にでもなんでもなってやりますよ。」
くるりと、今度は外の世界の方を向く。決心がついたのか抗うことにも疲れたのか。まあ、それらで考えれば後者だろう。
ランスはちらりとミストを見る。
「操られていると理解している分、まだ良い方だ。」
「無知の方が、私は幸せだとは思いますけどね。」
直ぐに目を逸らし、ランスは心底分からないと言った顔をする。
「気付いていない内はそうかもしれない。でも操られていたと分かった時、自分を信じられるかな?」
「何ですそれ? でも確かに、疑心暗鬼になりそうですね。」
過去の行動が自分の意思なのか、はたまた操られての事なのか。違和感を覚えたころの、前後でのギャップが思考を止める。信じたくないという思いが、余計な物を生む。
「そうだ、あなたは何なのですか?」
「救世主だ。ランスも同じだぞ。」
ふと頭に思い浮かんだ問いを投げると、ふざけた答えが返ってきた。ランスは自分と馴染みの無い言葉の対象にされた事が可笑しくて、声を出して笑う。
「アハハッ、何言っているのですか。」
「本気だからな。」
真面目な顔が尚、ランスの笑いを誘った。しかし、いくら笑い転げても表情の変わらないミストにランスは止まる。
「え? 本気?」
「そうだと言っただろう?」
それからしばらくの間、微妙な空気が流れた。




