新しい子 離
「はいはい、おはようございます。」
少女は一人、ベッドの上でそう言った。
「突然にも程がありませんかね? まあ確かに、私が居なくなっても誰も悲しまないでしょう。加えて? 私自身大切に思っている人が居ませんから、うってつけですね、、、はぁあ。」
独り言にしては大きく、それでいて少し大雑把に感じる。自分の気持ちを伝えたいのか、最後に気怠そうな溜息を付ける。
「はぁ、分かってますよ。私は死んだんですね? で、もう一度生を受けた。変な使命をおまけに。」
ベッドから起き上がり、着替える事も無く少女は外に出る。そして周りに聞こえるような声で独り言を続けながら、ぶらり歩く。途中、道行く人に手を振っては挨拶もした。
しかし、パジャマのまま外に出るその子を見る人も大きな独り言を気にかける人も、挨拶を返してくれる人さえ居ない。
「ありがたい事です。何をしても、許されるのですから? いや、何も出来ないのでしたっけ? ねぇ、夢の人。話しかけるだけでなく、出てきたらどうです?」
「夢の人、か。女神よりは良いな。」
少女がまた溜息をしてそう言うと、何処からともなく男が現れた。
先程までの独り言も、独り言ではなく会話だったのだろう。
「やっぱり、出てこれるのですね。」
「ランス、君が望むから出てきたんだ。感謝して欲しいものだな。あと、俺のことはミストと呼べと言ったろう?」
男は、少女の事をランスと呼び、自分の事をミストと名乗った。
少女、ランスはずっとしかめ面をしている。なにか、気に食わない事があるかのような、そんな顔だ。
「ミストさん。もっと詳しく説明してくれませんかねぇ。絶対に説明が足りないと思うのですが。」
ミストの方を睨むように見て、そう尋ねる。
「あぁ? 夢で全部話しただろう。ランスはこれからとある人を倒す。オーケー?」
「だから誰を!」
全身で怒りを顕にするランスは、リズムよく地団駄を踏んだ。ミストは楽しそうに笑っている。
「秘密。」
「探せないでしょうが!!」
ふざけているのだろうか、いやからかっているのか。目的も何も伝えずにどうしろと言うのか。
「冗談だ。ほら、あそこに貼ってある奴を見ろ。」
「え?」
指をさされた方には、街の皆が見る掲示板がある。ランスは近寄ってそれを眺める。
「どれです?」
「これこれ。」
ミストはトントンッと、それに指で触れる。それは、一枚の記事であった。ある事件の記事。
「大量殺人、犯人は今も逃走中。で、これが犯人の顔と。この人を倒せばいいのはわかったけど。ん〜、何で私?」
「似ていたからかな?」
全くの知らない顔だ。そう思うのにも無理はない。ランスが首を傾げながら聞くと、ミストもまた首を傾げて答えた。
「はぁ? 殺人犯に? 冗談でもやめてほしい。」
ランスは威圧的に言う。ミストはそれが聞こえていないように黙り込む。
「まあ、いいですよ。まだあるでしょう、説明が。」
張り合いがなかったのかもうその事に触れるのも嫌になったのか、ランスは話を切り上げて話題を最初に戻す。
「ランスの身体について?」
「そうそう、それです。」
人通りの少なくない道の真ん中に、ドカッと腰を下ろす。本来、迷惑極まりない行為。直ぐに注意されてもおかしくないが、道を歩く人はランスを見る事なく構わずにあるき続ける。
それなら、ぶつかる事も当然だ。
道を歩く人の足が、ランスに向かう。どちらも避けようとする事はないため、ぶつかるのは免れない。
「君は、透明人間。」
「扉が透けたんだもの、本当のようね。」
ランスに衝撃は来なかった。人が、物が、ランスを通り抜けていく。
「服とか、地面が透けないのが不思議ね。」
「透けた方が良かったかな?」
「まさか。」
立ち上がり、付いている筈もないのに砂を払う。
「触れられないのでは人を倒すことは出来ないですよね?」
「ハハッ、確かに。」
何よそれ、ふざけてるの? と言う表情を浮かべるランスをミストは笑い飛ばす。
「追々話すさ。」
そう言い残すと、ミストは逃げるように遥か先へと飛んでいった。




