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ありがとう 輪

「折角、見逃してあげたのに邪魔はよしてくださいよ。直ぐに逃げればよかったでしょう?」


 銃弾を全て受け止めながら、女神は一歩一歩距離を詰めていく。私はというもの、少し高いところ。ちょうどあった台に登って高みの見物。

 ぼんやりと、落ち着いたように見つめていながら呼吸は荒い。

 本来であれば女神に何か言ってやるのに、それが出来ない。自分で自分をコントロール出来ない。


「そういう事です。理解しました? もっと分かりやすくしてあげますよ。」


 もう、看守さんまであと数歩。女神は足を止めて私の方を向いた。


「降りてこちらに、」


 女神に手招きされる。それと同時に先程まで動かしたくても動かなかった身体が一人でに動き出す。


 もう、分かった。


 そんな一言も口が動かないので話せない。


「右手を挙げて? そうそう。そのまま歩いてください。」


 操り人形のように、女神の言葉全てに従わされる。


 やめろ!

「そこの女の人を思い切り叩いて!」


 やめろ!!


「なんて、冗談ですよ? 約束しましたもの。見逃すって。」


 寸前のところで手が止まった。自分の意思が届いたとか、そんな事を期待したがそうでは無かったようだ。


「化け物!」


 コツンと小石が飛んできた。もう、持っている銃に弾は入っていないのかそれとも諦めたのか、看守さんは憎しみの眼をこちらに向けるだけだ。


「まあ、約束なんて"私は"してませんが!」


 女神がおもむろに拳銃を取り出した。と思うと看守さんの手前の土が舞う。


「あれ? ここは当てるところなのに、外してしまいました。」


 異常だと思える程に愉しそうな女神は、笑顔で照準を合わせる。


「何してる!?」


「約束したのはあなたですし? 私、邪魔が嫌いなんですよ。」

「違う! お前じゃない!!」


「「 え!? 」」


 看守さんが手榴弾を持ち自分もろとも爆破しようとしているのが、瞼の裏に見えた。

 当の本人が行動に移すよりも前に私は飛びかかる。


「どうして!?」


 私は看守さんを押さえつけて手から武器を奪う。その様子を見て女神はとても満足そうだった。


「予知も順調に育っているようで安心しました。」


 予知、そうか。前までは兆し程度にしか感じなかったものがハッキリと何が起こるのか見えるようになってきているのか。変な夢も全て、


「私は、やったのか。」


 立ち上がり周りを見る。

 ショックを受け止めきれないで、クラクラする。


「すべてが遅いのですよ。あなたは。」


 うるさい。くそ!

 確かに、女神の言うとおりであるとも思ってしまう。その事が辛かった。


「くらえ!」

「しつこい。」


 その時、看守さんの必死な声と女神の冷たい声が耳に入ってきた。けれどもそれはすぐに銃声でかき消される。


「うっ!」


「あなたから至近距離まで近付いてきてくれたので当たりましたね。」


 弾は足にヒットしたようだ。看守さんは足を押さえて苦しんでいる。


「これであなたの目的が果たせますね。滑稽。さようなら。」

「やめろ!」


 女神と看守さんの間に割って入った。放たれた銃弾は私の身体で止められる。


「意味がわからない。」


「意味なんて、ないからな。」


 女神はどう思ったのか、焦っているようだった。すると、大きな大きな溜息をついて私に言った。


「自害しなさい。」


 女神の持っていた拳銃が私の足元に転がってくる。私はそれを拾い上げると、自分に向けて撃った。


「私は眠くなってきました。それではまた。」


 私が起き上がると女神はもう、居なかった。全てが夢ならどれだけ良かったか、しかしそんな甘い話はない。

 看守さんと私だけがその場に取り残される。


「どうしてですか?」


 すると、看守さんがボソリとそんな事を呟いた。


「どうして私を殺さなかったのですか?」

「え、」


「何のつもりですか? フフッ、あまりに惨めではありませんか。」


 怒りなのか、哀しみなのか何とも言い難い表情をしている。


「敵はとれず、決死の覚悟も踏みにじられて。私は放ったらかしですか。」


 ひと呼吸置いて、看守さんはこちらを睨む。


「今、殺さないと後悔しますよ。私はあなたを罰するまで、あなたを追い続けます。一生をかけて!」


「ありがとう。」


 どうしてかそんな言葉が出た。

 憎悪の顔で見送られ、私はその街を後にした。

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