ヤブ医者 輪
「は?」
もう一度私はそう、口に出した。
なにもリピートを期待しているのでは無い。女から発せられた言葉の意味が分からない訳でもないのだから。
こんなもの、威圧のような物だ。私にこれ以上関わるなという軽い意思表示。
「怪我を見てやろうと言っている。」
それが伝わる訳もなく、医者と名乗る女は手招きのような仕草をしながらそう続ける。
私の身体の何処にも傷はなくこの女の言っている事は全くもって空振っている。無いものを見ることなど出来ない。
「怪我なんてしていない。帰れ!」
強めの口調で言えば去ってくれると思い怒声をつくってみたが、馴れない事はするものじゃない。声が裏返ってしまった。私の体温が少し上がる。
「こいつは重症だな。」
「もういい!」
彼女が笑わなかったのには少し救われたが、早く彼女から離れたかった私は突き放してその横をぬける。
その時、腕に何かが引っかかった。
「待ちな。話だけでも聞かせてくれないか?」
怪我の話はどこへ行ってしまったのか。何故私がさっき会ったばかりの頭のおかしな医者に話をしなければならないのか。
私は溜息をつく。これらの謎が解決されないままこの医者について行かなければならなくなったからだ。
いつのまにか私の腕には縄が掛かっており、その縄は彼女に繋がっている。あの一瞬で結んだのだとすれば相当器用だと関心しているくらいだ。
「なぁ、よいだろう?」
人通りは言ったように少なくない。人の目は当然としてある。道で縄を掛けられて、半強制的に連れて行かれる。拉致と言っても過言では無いだろう。
なのに見てみぬふりか、あるいは相当視野が狭いのか。不思議そうにこちらを見る人はあれど声を掛けて来る人はいない。
「私の名前はドクだ。安直な良い名だろう? これからはドクと呼ぶように。」
毒かな。なんて考えているのと同時に私は思う。
彼女の無垢な笑顔のせいで、きっと友達同士の行き過ぎたお遊びだとでも思われているのだろうな。と。
「ドク。縄を外してくれる気は?」
「用が済んだらな!」
最近役に立たない予兆は、依然として無い。まあ、あったからと言って今更死ぬことを気にする程の心の余裕はなくなってしまった。
私はドクの後ろについて歩く。
!!
目に映り込む風景が急に変わった。周りからは叫び声も聞こえてくる。
まるで解像度の悪い映像のようでハッキリとは見えないが、分かる。地獄絵図。無造作に転がっている人に囲まれて立っている人影が見えた。
「放心してどうしたんだい。」
「何でもない、、、」
いつもの予兆とは違った。私の死を知らせるものでは無く、本当に経験したと思う程のリアルがあった。
「まあ、ついてからゆっくりと話そうか。」
そう言って彼女は足を速めた。




