すごい 輪
どれぐらいの間、リズを温めただろう。
私は、優しくリズを寝かせて立ち上がる。
「笑ってる。」
目を閉じたリズの顔は穏やかであった。
夜が明けたら目を覚まして、またおはようと言ってくれるのでは無いかと、そう思う。
「リズ、ありがとう。本当に。」
必死に、笑顔を作る。
(難しい。難しいよ。)
また、涙が溢れてくる。
死の恐怖に耐えて、最後までリズは私と向き合ってくれた。笑顔で、だ。
状況が同じという訳ではないが、私はリズのようにはできなかった。
「リズはすごい。」
(リズは、すごい。)
まだ、この結果を知らない私が言った時を思い出す。
リズの照れくさそうな顔を、思い出す。
「リズ、、、」
「はぁーあ。まさかまさかですよ。」
「、、、」
突然、頭に響く甲高い声が聞こえたと思うと、私の後ろに誰かが立った。
女神だ。
「お久しぶりですねぇ? 元気ですか?」
「、、、」
私はリズを見つめたまま、石像のように動かない。
「無視ですか? まあ、そんな事今更どうでも良いですがね。」
女神は怠そうにそう言った。
「呪いと関係の無い、頭のいかれたこの男のせいで私の計画は失敗。気分最悪です。まあ、それと同時にスカッともしましたけど。」
矛盾を抱えたようなセリフを女神は吐いた。
なおも私は動かない。
「何故かって、その娘ですよ。あの手この手で貴方を殺すよう促しても一向に殺そうともしない。苛々してたんですよね。」
女神が嘲るように笑いながらリズを指差す。
(こいつ、今なんて言った?)
「もちろん貴方への嫌がらせですよ。計画は中断されましたが、まあ、結果オーライだったようですね。」
「私を殺すよう促した? リズと会っていたのか?」
私は振り返って女神を睨む。
「いいえぇ、心に語りかけただけです。あと、殺意は芽生えさせましたが、会ってはいません。」
女神は当然の事のように答えた。
(殺意を芽生えさせた? では、呪いの主導権を奪ったのは。)
『最悪中の最悪だよ。』
影が絶望している。そのようだ。
「お前が!」
「あらあら、怒らないでください。怖いですよ? ああ、貴方も苛々してるんですね? じゃあトドメを刺させてあげます。」
さっきから、見えてはいた。
女神の横にいる男。それは、先程私が蹴り飛ばした男。リズを殺した男だ。
「憎くて堪らないでしょう? どうぞ! 殺っちゃってください。」
心底楽しそうなその顔は、まるで子供が始めて手にした玩具で遊ぶ時のような純粋さと、無心で蟻を踏み潰す時のような邪悪さを秘めていた。
(ああ、確かに。我慢できないな。)
私にはこの、底から絶える事無く湧き出てくる感情に、抗う事ができなかった。
(リズはこれにずっと耐えていたのか。)
私は鞄からナイフを取り出し、流れのまま、標的に力の限り突き刺す。
「、、、相手が、違いますね。」
ナイフが首に刺さったまま女神は言った。
「合ってるよ。」
私は勢いよくナイフを抜く。
すると、脈打つように血が吹き出した。
「仮染の身体でも、こんな事では死にませんが。」
直ぐに血は止まり、徐々に刺し傷が治っていく。
「少々腹が立ちました。実験がてらですが、エイ!」
「え?」
、、、
「うん、予想以上ですね。もっと時間をかければ私の望みも成就する。」
(ん? 私は何を。)
足元には血濡れたナイフが落ちていて、男の息はすでに無い。
女神は満足そうに手を合わせ、上を向いている。
違和感を覚える。まるで、少し時間が飛んだかのような。
「では、私はこれで。また会いましょう。」
女神がそう言って、手を振りながら闇に消えていく。
私の違和感は解消される事無く、胸の中にあるままだった。




