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新しい私? 輪

「ぅ? あれ、死んでない。」

 鉄格子、鎖。目に入り込んできた光景を咀嚼するのに少しばかり時間がかかる。


 牢屋!

 ちょうど私が見た物と同じ。


 (やっぱりあれは予知だったのか。)

「おい、居ないのか?」

『何だい?』

 影は何食わぬ顔で現れた。


「お前、気付かなかったのか?」

『私に危機察知能力は付いてないよ。』


 そんなものか。


「私を攫った奴の顔は?」

『君が知っている人だったね。来たんじゃない?』

 コツッ、コツッ。

 階段を降りるような音。鎖で片手が繋がれているから牢屋の外は見えないが、すぐ隣に階段があるのだろう。


 (ここは地下なのか?)

『そうだよ〜。』


 私が知っている人なんて思い当たらないが、攫った人とは誰なんだろう。


「ご機嫌はどう?」

「え、」

 さっき街で私がぶつかってしまった人。


「なんで、私を?」


「ぶつかった事、気に触りましたか?」

 そうとしか考えられなかった。だとしても納得は出来ない。


「違うわよそんな事、気にしないわ。」

「じゃあ、どうして?」

 怖い。ただ、ただ。


「お友達になりたくて。」

「へ?」

 その一言で私の中は恐怖で埋め尽くされる。


『中々、ぶっとんでるね。』


「なります。から、出してください。」

 私は微かな望みにすがるように言った。


「ありがとう!」

 女の子は笑顔で感謝の意を述べた後、冷たい声になった。


「でも、駄目よ出さない。」


「名前を教えてくださるかしら?」

 再び明るい声に変わる。


「アン、ナ。」

「可愛い名前、私はリズ。宜しくねアンナ。」

 その子はしばらく私を眺めて階段を上がっていった。


「どうしよう。」

『飼い殺しってやつだね。』

 簡単に言ってくれるな。


「出られないぞ、どうする?」

『分かんないよ、どうにもならない。』


 いつまでだ? 期間は。死ぬまでか? 死ねないのに。


「この中で80年とか、笑えないぞ。」

『ここに放置されたら、もっと長い時間もありえるね。』

 悪い未来を想像して身震いする。


「無い、よね?」

『さあ?』


 コツッ、コツッ。

 足音、降りてきた。


「はい、晩ご飯よ。空はここに置いてね。」

 気付かなかったが、ご飯を入れるようの穴がある。トイレも、シャワーも。

 これは、本格的に監禁するつもりだ。


「あの、出しては貰えないのですか?」

「敬語は辞めて、友達でしょう?」

 友達にするような事じゃないだろ。という言葉を呑み込む。

 良い子のふりをして出してもらえるのを待とうか? いや、それこそいつになる。


 私は食事を取る。


『一生養ってもらうのも悪くないんじゃない?』

 馬鹿言うな。


 女の子が行ったことを確認して、私は脱出を試みる。

 まず、手についている鎖から。


「外れ、ろぉ!!」

 手錠を外そうと力一杯に引っ張る。


『手の関節を外せば抜けると思うよ。』

「関節? どうやるの。」


『わかんない。』

 (無責任な。)


「こうかな?」

 親指を曲がらない方向へ曲げようとする。

 結構力が要りそうだし、かなり痛い。


 (勢いでいこう。)

「せーのっ!」

 バキッ!


「痛ぁっ!!」

『まあ、そうなると思ったよ。』


「じゃあ言ってよ。」

 親指がいけない方向に曲がったまま動かなくなってしまった。


 (これを、内側に入れれば。)

 ゴキッ!

「手錠、外せるかも。」

『やったじゃん。』


「くっ、うぅ!」

 (外れた!)


『おめでとう。で、これからどうするの?』

「どうしよう。」

 自由に動けるようになったと言っても牢屋の中からは出れない。

 取り敢えず牢屋の外の様子を見る。


「牢屋はこれ一個だけ、出口はあそこだけか。」

 私は階段の上にある扉を指差す。鉄製。おそらく鍵が掛かっているだろう。


『厳重だね。』

 絶望的だ。絶対に出ることは出来ない。

 やはり大人しくしていて、出して貰えるのを待った方が、


 ガチャッ、ギィッ!

 階段の上の扉がゆっくりと開くのが見えた。


「見つかったらまずい。」

 私は急いで手錠を自分に掛け直す。


「どうしたんですか? もう夜も遅いですよ。」

「あら、とぼけなくてもいいのよ。」

 女の子が私の手をじっとりと見る。


「痛まない? 指。」

 (ばれてる? どうして。)


「驚いた顔して、可愛いわねぇ。至るところにカメラが付いてるのよ。」

 女の子は微笑む。


 (カメラ! 考えてなかった。)

 それはそうだ、あるに決まっている。


「あと、敬語は辞めてっていったでしょ?」

 女の子から笑顔が取れた。


「悪い子には、躾が必要ね?」


 あぁ、アンナとの決定的な違いが分かった。この子は常に作られたような笑顔を、仮面を付けていた。


 その仮面の下の狂気を私は薄っすらと感じていたんだ。

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