白い雷撃機
本作は、南方軍直轄として、シンガポールで、陸軍の天山部隊に、洋上飛行や雷撃などを指導する海軍から派遣された教導部隊として、架空の飛行戦隊を妄想したものである。一部にファーストガンダムのオマージュとして、セリフなどで一部ネタが入っています。
1944年10月9日 マニラ 南方軍総司令部 (注)
会議室で、中央に髭を生やした好好爺が座り、脇に参謀飾緒をつけたしかめっ面の総参謀副長が座る。
対面には、女性と見間違うような柔和な顔つきの青年将校が座る。目を引くのは、陸軍の南方軍司令部内会議室で、この青年は海軍軍人であることである。
中央の人物が孫を相手にするように話す。
「美来くん、陸軍には慣れたかね?」
「貴官らによるシンガポールでの陸軍航空隊への雷撃指導については、南方軍を代表してお礼を言いたい」
「さて、本題だが、君たちの独立飛行第13戦隊(注)は、海軍所属に戻ることになった」
「海軍側の情報によると、敵艦隊に動きがあるそうだ。大本営での陸海軍協議のうえ、航空戦力を南九州・フィリピン方面に増強させることとなった。貴隊の移動と所属変更もこれが理由である」
「貴隊の編制と部隊名称はそのままである。所属機すべてシンガポールからフィリピンに移動し、フィリピンでは敵艦載機の攻撃に備え、分散配備を行う。陽動が主任務だ」
「捷号作戦(注)の先駆けとして、台湾沖に進出してくるであろう敵空母機動部隊に対し、九州・沖縄からT部隊(注)による攻撃を行う」
「貴隊は、T部隊指揮下となり、反対のフィリピン側から出撃して、T部隊本隊による攻撃直前に、敵機動部隊への攻撃を行ってもらうが、これは最終決定ではない。改めて連合艦隊の方から発令があるはずだ」
「はッ 元帥閣下もくれぐれもお体にお気を付けてください」
敬礼をする青年将校
「美来くん、敵空母機動部隊を撃破すれば、米国は人的被害の多さに耐えかねて、必ず講和交渉に応じてくるよ。それで、この戦争はおしまいだ。そしたら、嫁さんを探してやらないといけないなぁ」
「閣下・・・。」
「そういえば、許嫁がいたな、すまんすまん」
* * *
10月10日夕方 マニラ 南方軍総司令部
作戦指揮所内で、好好爺の南方軍総司令官と総参謀長の二人が、黒板に書き込まれていく戦況を眺めながら呟く。
敵空母機動部隊からの攻撃による被害状況と、各地の防空監視所からの報告から、確認された敵艦載機の機数が積み上げられている。
「1300機か、かなりの大部隊だな」
「だが、南西諸島全域に対する攻撃としては、数が足りない」
「狙いは、T部隊駐屯の飛行場が主目標ということか」
「永遠にやっかいものかな、T部隊は」
「ふむ」
* * *
10月12日 17時45分
暗号コード β四 (注)
番電 T攻撃部隊機密第121745 (注)
発 T攻撃部隊指揮官
宛 独立第13戦隊
敵機動部隊三群 経路南東速力二〇節
(イ)一イサ 一七一五地点ヘリ二イ
(ロ)三ロキ 一七二〇地点ツウ二キ
(ハ)四イキ 一六四〇地点ツス二キ
* * *
10月12日夜 台湾沖 独立第13戦隊1番機 天山 操縦員 安室飛曹長
闇夜に白く塗られた天山が浮かび上がる。
暑い南方地域で、機体が熱をもたないようにという配慮と、教導部隊特有の目立つための塗装という観点から、機体はすべて白く塗装されている。
本来であれば、実戦参加前に暗い色に塗装すべきところだが、陽動という目的から、あえて目立つ白い色はそのままにしている。
ただ一つだけありがたいのは、闇夜で編隊飛行するには、この目立つ白い塗装は役にたっているということである。
さらに本作戦参加機の操縦員には、暗視ホルモン(注)を注射している。暗闇のなかでも、編隊を崩さずに飛行できている。
本作戦に参加する天山は、急なフィリピンへの移動ということもあり、発動機不良などで次々に離脱、フィリピンにたどりつけたのが21機。そして、本作戦に参加できたのは15機であった、
15機は小さくまとまった編隊を維持しながら進撃を続ける。
敵艦上戦闘機の発艦困難な夜間であっても油断はできない。最低でも数機は上空警戒しているはずだからである。
今日は厚い雲が低く垂れこめている。これでは先行する偵察機が照明弾を投下しても、敵艦隊が照らし出される時間は短いだろう。
先行する偵察機からの電信合図で、隊長機の一番機を中心に敵艦隊がいると思わる海域を包むような形でV字隊形を作り、海面近く10メートルまで高度を下げる。
そして、中央で照明弾が光ったと同時に、一斉に光に向かってV字編隊の天山雷撃機は、それぞれ光に照らされた敵艦隊に向かって突撃を開始する。
後部座席から電信の打音が聞こえる。
【敵艦に三度雷撃した人はいない】
最近、日本海軍航空隊内で広く言われている言葉である。
敵戦闘機による迎撃や敵艦からの弾幕が激しく、敵艦に向かって3回雷撃を試みて、生きている人は一人もいないという意味である。
もはや日本海軍内で雷撃機のベテラン操縦員も数少なくなってきてる。
若い安室飛曹長でさえ、今次大戦では、空母翔鶴の艦攻隊としての雷撃経験に、ラバウル基地航空隊としてブーゲンビル島沖航空戦での2度の雷撃経験もあり、今では数少ないベテランの雷撃機操縦員という扱いとなっていた。隊長機である1番機を操縦しているほどである。
敵艦隊まで距離5000メートルを切ると、敵艦隊の激しい対空砲火がはじまる
「圧倒的じゃないか・・・」
敵艦隊からの高角砲が信じられない命中度で味方の僚機を次々に撃墜していく。
後ろにいる隊長と電信員と違い、操縦員だけは、前方の海面の状況も見ることができる。
そこは、高角砲の弾片で、スコールの雨のような状況となっていた。
今回ばかりは、生還することはできないと確信する。
安室飛曹長は、白い天山を操り、プロペラが海面を叩きそうなほど、文字通りの海面ぎりぎり、一歩間違えると墜落する危険な低高度飛行しながらも、さらに増速する。この機体は、新兵器の機上電探を積んでいない。出撃直前に、機上電探を外し、アンテナ支柱は鋸で切り落としている。機上電探の重量は110キログラム。1ノットでも早く飛行し、機体の操縦反応性を高めるためである。自分なら照明弾でわずかでも照らされれば雷撃可能と隊長を説得し、1番機だけは機上電探を外させた。
対空砲火のスコールのなか、安室飛曹長は人間離れした集中力を発揮し、視界は徐々にゆっくりと時が流れ、視界の色は失われ、灰色だけの世界になっていく。
5000メートル先に高角砲の撃つタイミングを計りながら、左右に舵をきり、機体を横滑りさせるような機動をしながら、敵の照準をずらし、敵が発砲した瞬間に、まるで未来が予測できているかのように機体を動かし、高射砲弾の炸裂を避けながら突撃を続ける。
照明弾の明かりが消えるが、高角砲の発砲炎で敵艦の位置はつかめる。
高射機関砲の射撃も始まり、数発に1発の割合で混じる曳光弾が、弾幕のように夜空を照らす。
敵の弾幕が厳しく、理想の射角を確保できない。
距離800メートル。
重い魚雷を投下すると、機体が一瞬浮き上がる。
そして、目の前の敵艦艦橋脇をすり抜けていく。この時、艦橋から当時貴重なカラーフィルムで撮影された映像がきっかけで、この時の白い雷撃機は世界的に有名になるのだが、この時は知る由もなかった。
機体後方から爆発衝撃波が伝わってこないことから、これまでの雷撃機操縦員としての経験から、残念ながら魚雷は外れたのだろうと察する。
本来であれば、機体を旋回させて、目視での戦果確認を行いたいところであるが、他の敵艦からの弾幕射撃が激しいため、離脱に専念する。
相変わらず敵の射撃は止まらない。
そうしていると、また正面に敵艦が浮かび上がる。すぐに舵をきり、離脱を試みると、また進路正面に敵艦が現れ、激しい対空砲火を浴びせられる。
こんな不思議な状態が30分近く続く。
後日、戦闘詳報の分析で、このとき1番機は、敵の輪陣形のなかで飛行していたことが判明するも、この時は知る由もなかった。
奇跡的にフィリピンに戻ると、機体には十数か所の被弾箇所。
そして、この攻撃に参加した独立第13戦隊のなかで、他の生き残りは一機もなかった。
* * *
ジャンジャンジャーン♪
ピュリュリュリュリュル♪
日本ニュース
『決戦開始』
海軍省検閲第八十七號
「驕れる敵を迎い撃つ荒鷲たちは、悠々笑う10月12日、祖国へ送る必勝の決意、必殺の魚雷を抱えて海に飛び立つ」
南九州から魚雷を装着した陸海軍の双発機(陸軍四式重爆撃機「飛龍」、「銀河」、「一式陸上攻撃機」)が次々に飛び立つ映像と
フィリピンから白く塗られた天山が次々に飛び立つ映像が流される。
* * *
10月13日 鹿屋基地 第762海軍航空隊(T攻撃部隊)司令部
敵米空母機動部隊は損害を受け、防御力を低下させていると判断。引き続きT攻撃部隊出撃を決断。
* * *
10月14日 連合艦隊
T攻撃部隊の攻撃により、敵米空母機動部隊は、防御力を喪失するほどの大きな損害を出していると判断。これを殲滅させるため、九州・南西諸島に集結させた航空戦力すべてに、昼間攻撃を命じる。
同日 出撃機 約380機
内未帰還機 約240機
* * *
14日夜 大本営海軍部・連合艦隊
第一次攻撃隊
攻撃前の偵察機の報告 空母5隻発見
攻撃後の偵察機の報告 空母2隻発見
第二次攻撃隊
攻撃前の偵察機の報告 空母5隻発見
攻撃後の偵察機の報告 空母3隻発見
以上、情報を総合して、14日の攻撃における戦果は
轟撃沈
空母3隻
戦艦2隻
巡洋艦3隻
撃破
空母2隻
巡洋艦2隻
巡洋艦または駆逐艦1隻
不詳2隻
だと判定する。
* * *
16日 海軍偵察機
台湾高雄の沖合、米空母機動部隊、敵航空母艦7隻、戦艦7隻ほか発見の報告。
* * *
10月16日15時 大本営発表
轟撃沈
航空母艦 10隻
戦艦 2隻
巡洋艦 3隻
駆逐艦 1隻
撃破
航空母艦 3隻
戦艦 1隻
巡洋艦 4隻
撃沈破 三十五隻に達す
潰走の敵引き続き追撃
* * *
18日午後 連合艦隊司令部壕
大本営海軍部作戦参謀、連合艦隊航空参謀、連合艦隊情報参謀、鹿屋基地航空参謀の4人で、台湾沖航空戦戦果再確認作業を実施。
結論として、多く見積もっても空母4隻撃破、電波情報から敵空母撃沈はないと判断。
* * *
19日18時 大本営発表
この数日間の航空戦について
最終的な戦果について
我が方が収めたる戦果
轟撃沈
航空母艦 11隻
戦艦 2隻
巡洋艦 3隻
巡洋艦若しくは駆逐艦 1隻
撃破
航空母艦 8隻
戦艦 2隻
巡洋艦 4隻
巡洋艦若しくは駆逐艦 1隻
艦種不明 13隻
撃墜 112機
本海戦を台湾沖航空戦を呼称
* * *
10月20日 国民大会 小磯国昭首相 演説
諸君、かねてより我々国民待望の的であった決戦の幕は切って落とされました。
かくして、ひとつの大機動部隊は殲滅させられたのでありまするが、
実に、古来戦史にその類例を見ざる
真に限りなき輝かしさであると言わねばなりません。
バンザーイ! バンザーイ! バンザーイ!
同日 米軍 フィリピン・レイテ島に上陸開始
日本陸軍偵察機報告
レイテ湾には巡洋艦6隻、輸送艦80隻以上。
同日 大本営陸軍部
台湾沖航空戦で空母機動部隊を壊滅させた米軍は、
無謀にも空母の援護がないまま、レイテ島への上陸を開始した。
当初のルソン島での決戦の方針を転換し、レイテ島での決戦を決心す。
* * *
10月21日 皇居
敵機動部隊撃滅の戦果に対し、御嘉尚の勅語を発表
『朕カ陸海軍部隊ハ緊密ナル協同ノ下敵艦隊ヲ邀撃シ奮戦大ニ之ヲ撃破セリ 朕深ク之ヲ嘉尚ス』
同日 大本営陸海軍合同会議
陸軍側は台湾沖航空戦での戦果を前提に、陸軍はレイテ島での決戦を行うことを決心したことを伝え、海軍にレイテ島への陸軍部隊・物資輸送の協力を要請。
海軍は、陸軍に台湾沖航空戦の戦果について修正することなく、陸軍に協力する旨だけを伝える。
* * *
10月22日 第14方面軍司令官
台湾沖航空戦の戦果に疑問があることと、
これまでのルソン島での決戦準備が無駄になるため
レイテ島決戦に強硬に反対する。
* * *
10月23日 南方軍総司令官
第14方面軍からのルソン島決戦方針継続案を却下。ルソン島での決戦を命令する。
「驕敵撃滅の神機到来せり」
* * *
チャーンチャララランチャラランラン♪
日本ニュース
『比島』
驕る敵、アメリカを迎えて、決戦は今はじまった!
完
注:冒頭の南方軍総司令部のシーンについて
戦史に詳しい方だと違和感を感じるかもしれませんが、史実の陸軍飛行第九八戦隊の戦隊長は、陸軍参謀本部で命令受領してから海軍の連合艦隊指揮下として、T部隊(当初は兵力部署の扱いのT部隊)所属なっています。当時の戦隊長は生まれて初めて参謀本部の門をくぐったと述べています。陸軍と海軍の壁は、後世の我々が意識するよりも、大きな心理的な壁がありました。この設定だと、航空参謀からの説明よりも、南方軍総司令官がでてくる方が自然だと考えました。(もちろん、ネタという意味もあります)
ただ、このような雑事に、総司令官と総参謀長が同席は考えにくいので、同席者は総参謀副長にしています。
注:捷号作戦
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8D%B7%E5%8F%B7%E4%BD%9C%E6%88%A6
注:T部隊またはT攻撃部隊 (正式名称:第七六二海軍航空隊)
史実では、以下の通り
偵察第11飛行隊(彩雲)
戦闘第701飛行隊(紫電)
戦闘第303飛行隊(零戦)
攻撃161飛行隊(彗星)
攻撃262飛行隊(天山)
第708飛行隊(一式陸上攻撃機)
攻撃703飛行隊(一式陸上攻撃機)
攻撃第501飛行隊(銀河)
陸軍飛行第七戦隊(海軍呼称機種名「靖国」、四式重爆撃機「飛龍」)
陸軍飛行第九八戦隊(海軍呼称機種名「靖国」、四式重爆撃機「飛龍」)
注:独立飛行第13戦隊
紛らわしいが、陸軍の第13戦隊と、海軍の第13航空隊と海軍第13航空隊(細かいことだが、海軍には、第13航空隊と海軍第13航空隊という別の部隊が存在している)とは、別の部隊である。
海軍の天山が陸軍に移管されて、陸軍航空隊を教育するために編成された部隊という設定。
史実では2月20日の大本営陸海軍部協議のなかで、キ六七(四式爆撃機 飛龍)の雷撃機化と一部部隊の海軍指揮下への編入についてだけでなく、第二段階として、海軍の雷撃機「天山」の一部機体を陸軍に譲渡と、陸軍の天山部隊への教育も議題となっている。最終的に、この第二段階については折り合いがつかず、実施はされなかった。実施されていれば、陸軍の九九式双発軽爆撃機部隊の一部が、海軍から譲渡された天山に置き換わっていた。
本小説では、南方軍直轄として、シンガポールで、陸軍の天山部隊に、洋上飛行や雷撃などを指導する海軍から派遣された教導部隊として、架空の飛行戦隊を妄想したものである。
注:暗号コード
ファーストガンダムの某話、何度視聴しても「ベータ4」に聞こえるのだが、正しくは「ベータトワ」が正しいのか?
注:ここの部分は史実通りの暗号電文
注:暗視ホルモン
史実として、この日の夜間攻撃参加機の操縦員に注射されたのは、「塩酸メタンフェタミン」ではなく、牛の脳下垂体から抽出された「メラノフォーレンホルモン」。
注:魚雷について
T攻撃部隊本隊の双発機には、新装備の三式爆発尖(三式頭部)「T金物」が用いられた。この三式頭部には、敵艦回避行動のウエーキや外洋の荒い波で、早爆することが判明し、原則使用禁止となる。T攻撃部隊の魚雷調整班戦時日誌では、「魚雷調整に追われ、三式頭部調整の余裕がなかった」と記されているが、これは虚偽記載の可能性が高い。戦後、台湾沖航空戦のとき鹿屋基地で魚雷調整班専任下士官だった人物は、台湾沖航空戦では三式頭部を用いたが、その後の戦いでは三式頭部を用いていないと証言している。
台湾沖航空戦での過大な戦果誤認には、搭乗員の練度不足、敵の弾幕が激しいことによる戦果確認不十分だけでなく、三式頭部による早爆による魚雷命中との誤認も影響していた可能性が高いと思われる。
本作の天山は単発の艦攻なので三式頭部は用いておらず、早爆の表現は入れていない。
山口多聞様の架空戦記創作大会2019冬 2019年2月1日0時00分から2月28日23時59分 (お題3 「台湾沖航空戦をテーマとした架空戦記」)参加作品です。
執筆時間不足で、中途半端な形で終わったのが心残り。