< 05 始まり05end 魔術師たちの暗躍 >
思わぬ機会が転がり込んで来た。
俺は、この街で生まれ育っただけの、ただの魔術師だった。
魔術師を高く評価してくれる副領主に期待して、最初期にこの組織に入った。
ただ、それだけだった。
なのに、予想外の出来事で、この組織の事実上のトップになる事になろうとは。
この機会を利用して、俺が夢見た世界を作ろうと思った。
至高の存在である我々魔術師が、愚かな者たちを導いていく世界を。
俺がこの魔術局の局長になる事は出来ないだろう。
この組織は役所の一つであるので、局長の任命権は領主に在る。
領主は、この組織にあまり興味を持っていない様だが、領主の夫の副領主は違う。
副領主が、この組織を立ち上げたのだから。
そして、協力者だった前の局長、いや、今でも局長だが、彼の事をかなり信頼している様なので、俺が局長になれることは無いだろう。
ならば、どうするか?
この組織を分裂させ、新しい別の組織を立ち上げればいい。
俺は考える。
出来るだけ多くの人と金を奪う方法を。
今後も街から多くの支援を得る方法を。
役所から人を金を奪うのだ。
領主と良好な関係を築く事など不可能だろう。
それでも考える。
出来るだけ多くのモノを得ながら、領主と良好な関係を築く方法を。
幹部たちと計画を練った。
十分な勝算があると判断し、俺たちは計画を実行に移した。
領主との交渉は失敗した。
”あまり興味を持っていない”と思っていた領主とは、交渉すら出来なかった。
そこまで興味を持っていないとは、想像していなかった。
代わりの副領主との交渉は、まったく上手くいかなかった。
「局長が組織のお金を持って街から逃げ出した。」と言う俺の説明を、副領主はまったく信じなかった。
横領の件ですら、まったく相手にされなかった。
これも予想外だった。
まさか、最初から躓く事になるとは。
この方法で局長の座と金を得る事は出来なかった。
しばらくは、新しく着任する局長代理の下で、この組織に留まり、裏金を十分に貯めてから、新しい組織を立ち上げる事にした。
しばらくは、おとなしく裏金作りに励んだ。
仕事をしながら、副領主を観察する。
この男は、この街に魔術師を多く集め、魔道具やポーションをこの街で沢山作れる様にした。
そして、それらの販売の収益が上がって、それで満足している様だった。
この街に留まりながら、別の組織を立ち上げられる可能性が出てきた。
幹部たちと密かに計画を練った。
魔道具やポーションを作製している部署に手を出さなければ、別の組織をこの街で立ち上げる事は可能だろうという結論になった。
魔術局を退職しても、街からの支援が得られるのだろうか?
別の街に行かれるくらいなら、支援をして街に留まってもらおうとするだろうと、俺たちは推測した。
実験してみた。
俺たちは、数名の仲間を退職させてみた。
住居の格安での支援は、引き続き受けられることになった。
副領主は、まだまだこの街に魔術師を集めたい様だ。
退職させた彼らには、雇った冒険者と一緒に魔物の討伐や素材を採取する仕事をしてもらった。
俺たちが立ち上げる新しい組織は、初めの内は魔物の討伐や素材を採取する仕事が収益の柱になるだろうから。
今の内に”レベル上げ”をしておいてもらいたい。
魔術局を退職しても、彼らは十分に生活が出来た。
俺たちは安堵した。
裏金作りも順調だ。
俺たちの計画は順調に進んでいる。
人と金が十分に集まった。
俺たちはこの街で、新たな組織、”魔術研究会”を立ち上げた。
所属しているのは、この街の魔術師の四割ほど。
十分な人数だ。
これだけの人数ならば、追放されたりはすまい。
それに追放などしたら、新たにこの街に移住して来る魔術師が減ってしまうことになるだろう。
副領主は腹を立てていたが、住居の支援は受けられることになった。
家賃は高くなったが、まだ安いと言える水準だ。
”魔術師の街”という看板に傷が付くのを避けたいと思ったのだろう。
俺たちは無事に、新たな組織を立ち上げる事が出来た。
魔道具やポーションの作製をする部署からの引き抜きが無かった事に、副領主は安堵したのだろう。
俺たちの組織は、研究と魔物の討伐や素材の採取を行っている。
表向きは。
魔術局が作製し、販売する為に街の外に持ち出された魔道具やポーションの五割は、俺たちが捌いている。
内通者から受け取って。
バレるまでは、金を稼がせてもらうつもりだ。
それまでは、魔道具やポーションの作製をする部署内にも仲間を作らせてもらおう。
将来、引き抜く為に。
この街に居る魔術師たちに夢を見せるのは簡単だ。
もともと、それまでの待遇に不満が有ってこの街に来た者が多いのだ。
彼らの中には、魔術師が至高の存在だと思いたい者が多いのだから。
時期が来たら、仲間を一斉にこちらの組織に引き抜く。
その時、この組織が完成する。
今は不完全な組織だが、完成したらあの名前を名乗ろう。
広く受け入れられ、期待されるであろう、あの名前を。
我々の組織こそが、それを名乗るのに相応しいのだから。




