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08end ある者の話 新人 アンナ


『たまには、外の空気を吸いたいでしょう。』


風を顔に受けながら、上司の言葉を思い出してイラッとします。



私は今、馬車の屋根の上に座っています。

仕事中です。

他人ひとに見られぬように、魔道具で姿と気配を消しています。


仕事は簡単です。

この後、この馬車に乗っている姫様と文官ぶんかんのお二人を保護して、先輩方せんぱいがたに引き渡すだけです。

他の段取だんどりは、先輩方せんぱいがたがすべて終わらせてあるので、私がするのはそれだけです。

失敗する事の無い、簡単な仕事です。

私の様な新人にも出来る、簡単な仕事。


誰もがそう思っていました。



何も無い、街道の途中で、馬車が停まりました。

そして、護衛のはずの騎士たちが、馬車を置いて走り去って行きます。

事前に知らされていたとおりの行動です。


すでに話を付け、報酬ほうしゅうも受け取っているはずの盗賊たちが、馬車からお二人を降ろし、アジトとなっている洞窟どうくつに連れて行きます。

私は、魔道具で姿と気配を消したまま、あとを付いて行きます。


お二人が洞窟どうくつ内に連れて行かれました。

ここまで盗賊たちの行動から不穏ふおんなモノは感じませんでした。

洞窟のまわりに居る盗賊たちものんびりしています。

どうやら、何の問題も無く”コト”が運んでいる様ですね。

その様子に私は安堵あんどします。

後は、お二人の身柄を受け取り、先輩方のところまで連れて行けば、それで私の仕事は終わりです。

私は、お二人の身柄を受け取る為に、洞窟へ向かいます。


その時、異変が起きました。

洞窟のまわりに居た盗賊たちが、いきなりバタバタと倒れたのです。

その様子に毒ガスを疑った私は、自分が風下かざしもに居る事に気付き、愕然がくぜんとしました。

あわてて、その場を離れました。


私は、迂回うかいして、風上かざかみから洞窟に向かいます。

洞窟の中に入ると、盗賊のかしらと思われる人が倒れていました。

保護対象のお二人の姿は、そこには在りませんでした。

その事実に血の気が引きます。


失敗する事の無い、簡単な仕事だったはずなのに…。



失敗を先輩方せんぱいがたに伝える為に、服の中に隠し持っていた鳩さんを急いで空にはなちます。

鳩さんをはなつ事と、何もメモを持たせない事で、”緊急事態の発生”を知らせます。

鳩さんは上空を少し旋回せんかいした後、飛び去って行きました。

これで、鳩さんがはなたれたのを見た先輩方が、応援に来てくれるはずです。


先輩方が応援に来てくれるまでの間に、調査を行います。

洞窟内を調べます。

隠し扉や隠し通路は在りませんでした。

武器やお金なども有りませんね。

不思議な事です。

盗賊のかしらと思われる人を調べます。

魔道具を使って【鑑定】すると、[状態:気絶]と出ました。

外で倒れている盗賊たちも数人調べました。

皆同じでした。

毒ガスで倒れたのなら、[気絶]ではなく[毒物中毒]となるはずなのではないでしょうか?

この人たちに何が起こったのでしょうか?

考えます。


魔術師が魔法を使い過ぎてMP(Magic Point)を使い切ると、こういう状態になるのではないでしょうか?

MPの枯渇こかつを疑います。

もう一度【鑑定】します。

MPの値が”0”になっていました。

他の数人の盗賊たちも調べました。

皆同じでした。

この人たちに何が起こったのかを、さらに考えます。

『MPを”0”にして気絶させる。』

魔術師が考えそうな事です。

おそらく、姿を消した魔術師たちが魔法でMPを奪い気絶させたのでしょう。

その様な魔法は知りませんが。

そして保護対象のお二人も、気絶させられ、姿を消した魔術師たちに連れ去られたのでしょう。

高いレベルの魔術師が、それなりの人数居る組織の犯行ですね。

そんな組織が国内に在るとは、聞かされていません。

外国から入って来れば、それはそれで察知さっちされるはずです。

正体不明の強敵の存在に愕然がくぜんとしました。


『たまには、外の空気を吸いたいでしょう。』

気楽にそうはなちやがった、憎いあんちくしょうの顔を空中に思い浮かべ…。殴りました。



先輩が二人、来てくれました。

事情を手早く説明しました。

次に、『どうやって保護対象のお二人を探し出して奪還するか』を相談しようとしましたが、さえぎられました。

ムッとしましたが、「私たちの手には余る。」と言われました。

納得出来ませんでしたが、先輩の一人が鳩さんをはなつ準備をしています。

これを邪魔する事は出来ません。厳罰になると聞かされていますから。

もう一人の先輩が私をなだめます。

「失敗した時こそ、冷静な判断と行動が求められるのよ。」

「見付ける手段なんて無いでしょ。」

「私は転移魔法だと思うな。」

そんな事を言われて、少し冷静になれました。


私たちは撤収てっしゅうする事になりました。

ここを離れるのは嫌でしたが、「他の作戦の支障になるから。」と言われては、仕方がありません。

先輩が片手を上げて、ハンドサインを送ります。

私は聞かされていませんでしたが、この近くにも仲間が居たみたいですね。

考えてみればそうですよね。

姫様(と文官)を盗賊に一時的に預けるのに、姫様の近くに居るのが私だけのはずが無かったですね。

それならば、今も姫様の近くに誰かが付いている事でしょう。

私は少し安心しました。

「さぁ、帰るよ。」

ハンドサインを送り終えた先輩にそう言われ、私たちはここを撤収しました。


洞窟を離れ、馬車を隠している場所まで移動しています。

『たまには、外の空気を吸いたいでしょう。』

再び、憎いあんちくしょうの言葉を思い出して、またイラッとしました。

ビュッ!

今のは、人生最高の右ストレートだったと思います。(フンスッ)

ですが先輩方は、今の右ストレートの出来栄できばえを、理解してくれていない様でした。

「揺れるだけの脂肪なんてただのシボウヨ。ソウ、タダノシボウヨ。タダノ………。」

ブツブツ言うのをやめていただけませんかね…。少し怖いです。

「死角から入って、急所をジャブかショートフックで一撃。そして死角に移動よ。動作は小さくね。」

もう一人の先輩がそんなアドバイスをしてくれましたが、私の仕事に必要な状況が思い付きません。

まぁ、よく分からないアドバイスは、この仕事をしていると割とよく有る事です。

なので、いつもの様に聞き流して、先輩方の後に付いて行きました。



王都に帰って来ました。

いつもの職場での、いつもの仕事に戻りました。

保護対象だったお二人は、姫様の婚約者様のお屋敷に保護されていると聞かされました。

すごくホッとしました。

ホッとしたら、『誰が?』、『どうやって?』、『あの強敵はどこの誰?』と、色々な事が気になってしまいました。

しかし、私は仕事に失敗した身。

訊きたい事をグッと飲み込んで、いつもの仕事にはげみます。



姫様が王宮にお帰りになられました。

元気なお姿を拝見出来ました。

良かったです。

笑顔の姫様に連行されているかの様に腕を引かれている、あの魔術師(ふう)の方はどなたなのでしょうか?

姫様の婚約者様が、姫様の後ろを苦笑いで付いて行かれました。



後日。

反省会で事件の全容を知ることが出来ました。


ず、私が報告した”正体不明の強敵”については、そんなモノは存在しないとげられました。

おおやけに出来ない存在”って事ですね。分かります。うんうん。

私の考えを読んだ上司が、私の考えを否定しました。

あれぇ?

盗賊たちを気絶させたのも、お二人を転移魔法で救出したのも、騎士たちをとららえたのも、すべて、姫様が連れていらした魔術師のナナシ様が、一人でした事だと告げられました。

疑問に思いました。

一人で出来る事ではないと思いました。

それに、魔力が足りるはずがないとも思いました。

おかしいですよね?


次に、事件の全容が知らされました。

事件を起こしたのは王弟派の貴族たち。

彼らは、遠くの街に行く姫様の公務を仕組み、その移動中に姫様が殺害されるよう計画していました。

協力者の騎士団の偉い人が、姫様を護衛する騎士に王弟派の者をて、盗賊にさらわせて殺害させる。

もし、盗賊が殺害をせずに身代金みのしろきんを要求するかもしれないと考え、殺害の実行犯も別に用意していました。

用意していた殺害の実行犯は、王弟様の屋敷に出入りしていた商人で、その商人を薬物と精神魔法で操り、姫様殺害の実行犯にしようとしていたとのことでした。

盗賊の行動次第では、騎士たちと貴族の護衛の冒険者たちとで、盗賊たちを皆殺しにするという計画だったとのことです。

そうして、王弟様のお子様が次の王位に就く事になる様に画策かくさくしていたとのことです。

また同時に、王弟様のお子様を誘拐する為の準備も行っており、王弟様のお子様に何らかの薬物を投与する計画の存在が疑われているのだそうです。


救出作戦の方は…。

街道沿いに居た盗賊を、一組を残してコッソリと駆除。

その残った盗賊に殺害依頼がいく状況を作り、さらにきょうはk…、いえ、買収。

盗賊には、姫様たちの保護をお願い(と言う名の脅迫を)した。

そして私たちが姫様たちを引き受け、王宮まで護送する。

主犯の貴族が護衛として冒険者を雇うとにらみ、彼らが住む街の冒険者ギルドに話を付け、信頼のおける冒険者を確保しておいてもらっていたそうです。

その冒険者たちは、主犯の貴族の護衛として現場に付いて行き、コトを起こそうとしたところで、現場に隠れていた私たちの仲間と一緒に犯人たちを確保する計画だったそうです。


実際に起こった事は…。

お二人が盗賊のアジトである洞窟どうくつまで連れて行かれたところまでは、予定されていた通り。

洞窟の中で、文官の伯爵令嬢が姫様に何かをして、それを知ったナナシ様がその場に介入して姫様を救出したのだそうです。

伯爵令嬢が姫様に何をしたのかは不明とのこと。

また、洞窟のまわりに居た盗賊たちを気絶させたのもナナシ様だそうです。

お二人を保護する事に決めたナナシ様は、お二人を連れて、転移魔法でその場を離れた。

ナナシ様は、姫様の婚約者のアントニオ様にお二人の保護を依頼。お二人はアントニオ様の屋敷に保護された。

ナナシ様は現場に戻り、犯人の情報を得る為に情報収集。

現場に戻って来た騎士たちが、ナナシ様が気絶させていた盗賊たちを殺害。

そこへ主犯と思われる貴族の男が、商人の男と冒険者たちを連れて到着。

「王女を殺す。」と言っていたとのことで、ナナシ様が全員を気絶させて、ロープで縛った。

主犯と思われる貴族の男と商人の男を転移魔法でアントニオ様の屋敷に連れて行き、そこで審問官が取り調べ。

騎士たちと冒険者たちは、ナナシ様が王都の留置場内まで転移魔法で連れて行ったそうです。

………ナナシ様が一人居れば、何でも出来るんじゃないでしょうか?

彼は、何者なのでしょうか?


最後に犯人たちの処罰等のお話が。

現場でとららえられた貴族の男が主犯とみられていて厳しく尋問されている他、多くの王弟派の貴族が拘束され、取り調べを受けているとのこと。

きっと処刑されることになる者が何人も出るだろうとのことでした。

殺害の実行犯とする為に、薬物と精神魔法で操られていた商人の男は、治療を受けた後、解放されたとのこと。

騎士にも多くの拘束された者がいるとのこと。

冒険者たちには報酬が支払われ、自身の拠点へ帰って行ったとのこと。

王弟様が自主的に謹慎きんしんされているとのこと。

私の仕事で保護対象の一人だった文官の伯爵令嬢は、王都への立入りが禁止になったとのこと。

なんでも、彼女はお付きの文官として選ばれるように賄賂を大量に贈っていて、さらに姫様の逆鱗げきりんに触れる様な事をした為に処罰されたとのことでした。

あの盗賊のアジトで何があったのでしょうか?

襲っちゃったんでしょうか? 

姫様の逆鱗げきりんには触れるでしょうけど、突拍子もない行動ですね。

場所が盗賊のアジトの洞窟の中ですしね。

きっと違いますね。

謎です。


疑問に思った事が有ったので上司に質問します。

「留置場には結界が張られているはずですよね? そこに転移魔法で入れるのですか? それが可能ならば王宮へは? 何人も留置場に運んでいますよね? どうして魔力が足りたんでしょうか?」

「ナナシ様についての質問は禁止です。詮索せんさくしてはいけません。”上”からの命令です。」

そう言って、上司は私の疑問には答えてくれませんでした。

さらに上司は続けます。

「ナナシ様は将来、国王の父になるかもしれないお方です。失礼の無い様に。」

ん?

『国王の父になるかもしれないお方?』

その言葉を頭の中で反芻はんすうします。

ん?

おかしくないですか?

姫様には、アントニオ様という婚約者様がいらっしゃるのですから。

どういう事なのでしょうか?

何の事を言っているのでしょうか?

サッパリ分かりません。

ですが、まわりの先輩方せんぱいがたは、疑問に思っていない様です。

いや、それもおかしい事だと私は思うんですがっ!

疑問だらけですっ!

誰か教えてくださいっ!



後日。

姫様とアントニオ様との婚約が解消された事と、姫様とナナシ様が婚約された事が発表されました。

姫様とアントニオ様との結婚式の準備をしている最中さなかの出来事です。

びっくりしました。

なんで?

どうして?

私は、とても驚きました。

ですが、まわりの先輩方せんぱいがたを見ると、まったく驚いていない様子です。

淡々と結婚式の準備をしています。

いやいやいや、おかしくないですか?

おかしいですよねっ?!

一体いったい、この職場の人たちは、どうなっているのでしょうか?

私は、この王宮でメイド(●●●)としてやっていけるのでしょうか?


そもそも、メイドの仕事と思えない仕事も多いのですがっ!

先日の、『魔道具で姿と気配を消して馬車の屋根の上に座って移動する』とか、『盗賊に保護されている姫様を引き取る』とか、私の知っているメイドの仕事じゃないんですが!!


そんな、先日のよく分からない仕事を思い出して…。


私は、この仕事を続けることに、不安を感じたのでした。


2019.12.30 加筆修正しました。

・洞窟のまわりに、他にも仲間が居る表現を追加しました。

 姫様の護衛が手薄てうす過ぎましたので。

・↓に登場人物の紹介を追加しました。


(突発的メイドさん紹介)

< 新人 アンナ >

姫様がナナシに助け出された時、姫様を回収するはずだったメイドさん。

一般採用の”普通のメイド”だったのだが、【拳闘術】のスキルが有る事が分かり、『給料が上がるよー。』とそそのかされて、”普通でないメイド”に異動になった。

現在は、【拳闘術】の他に、【格闘術】、【護身術】のスキルを持っている。

次は【合気道】のスキルの修得しゅうとくする様に一部の先輩方せんぱいがたから強くすすめられている。(意訳:大きな胸を揺らしてんじゃねぇ。(涙))

新人なのに今回の作戦に駆り出されたのは、結婚式の準備の為に人手が不足していたから。

上司が割と気楽きらくに決めて、『たまには、外の空気を吸いたいでしょう。』とか気楽きらくに言い放ってそそのかした。

このメイドさん、そそのかされ過ぎで、少し心配である。

異動になってからまだ日が浅い為、”普通でないメイド”の仕事内容をしっかりと把握できていない。

本人は割と脳筋で、【格闘術】などの訓練については『いざと言う時の為に修得しゅうとくを求められている。』程度にしか考えていない模様。

今後、徐々に”普通でないメイド”っぽくなっていく…はず。


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