< 20 外伝 続・忘れられたガイドブック >
”神主”。
私はネット上で、そう呼ばれている。
しかし、そう言う仕事をしている訳ではない。
そう呼ばれる様になったのは、妙な物を拾ったからだ。
その日、私はコンビニエンスストアでトイレを借りた。
トイレに入ったら、その妙な物が床に転がっていた。
足先で転がして隅に寄せ、”用”を済ませた。
”用”を済ませた私は、その妙な物を眺めた。
円柱形をした紙の塊の様に見えた。
トイレに置いてある物とは思えなかったので、拾ってみた。
その円柱形をした紙の塊は、本の様に感じた。
紙と紙の間をこじ開けて見てみると、料理の写真と外国語っぽい文字が見えた。
外国語で書かれたガイドブックに、沢山の付箋が貼られた物だと気が付いた。
外国人観光客の落とし物だと思い、交番に届けて、家に帰った。
あれからしばらく経った。
あの落とし物の事は、すっかり忘れていた。
ネットで、ある一文を目にした。
”名状しがたきガイドブック”
その一文で、あの、交番に届けた落とし物を思い出した。
その記事を読んだ。
オカルト的なことになっていた。
いつものネットの悪ノリだと思った。
少し読んでから、いつもの巡回に戻った。
さらにしばらく経った後。
あの落とし物の事が気になって、ネットで調べてみた。
落とし主が現れたと言う話は無かった。
遺失物の保管期間を調べてみた。
既に、拾い主である私に権利が有ることを知った。
少し考えて、引き取ることにした。
なんとなく興味が湧いたので。
引き取ったガイドブックを読んでみる。
文字は読めない。
解読班が解読できなかった文字だ。解読する気は無い。
ガイドブックには、お店と料理の写真が沢山載っていた。
そして、電話番号の様に思える記号も。
電話番号の様に思える記号は、お店の写真を元に、解読班によって解読されていた。
それを当て嵌め、電話番号を復元した。
復元した電話番号をネットで調べてみると、どれも美味しいと評判のお店のものばかりだと分かった。
それらのお店の中で、近所のお店に行ってみることにした。
せっかく得た情報だから。
そんな軽い気持ちだった。
あのガイドブックを引き取ってから、三か月ほど経った。
毎週末は、あのガイドブックに載っているお店で、食事をしている。
あのガイドブックに載っているお店の料理は、どこも美味しかった。
有名なお店も、有名でないお店も。
「ハズレが無いなんて、すごい事なのではないだろうか?」
そんなことを漠然と思った。
いつしか、あのガイドブックに載っている、有名でないお店へ行って食事をするのが、趣味の様になっていた。
そんな生活をしばらく続けていたある日、あのガイドブックを作り上げた人に興味が湧いた。
あのガイドブックに載っていた、有名なお店も、有名でないお店も、料理が本当に美味しかった。
ハズレのお店が一つも無い事に、改めてすごいと思った。
そして、「そんなことが、本当に有り得るのだろうか?」と、疑問に思った。
「あのガイドブックを作り上げた人は、”神”かもしれない。」
私は、そう思う様になった。
その後も、あのガイドブックに載っている、有名でないお店へ行って食事をすることを続けている。
お店に向かう道を歩いていると、「この道を”神”も歩いたのか。」と、そんなことを思う様になった。
その時の私の気持ちは、聖地を訪れる巡礼者の様だったのかもしれない。
ある日、私は思った。
「”神”の足跡を、世に知らしめなければ。」と。
”神”を感じるとか、”聖地を訪れる巡礼者の様だ”とか、変なことを言っているという自覚はある。
しかし、「実際に”神”に触れた者は、心の声のままに、そうするんだろう。」と、自然とそう思った。
私は、あのガイドブックに載っている、有名でないお店を紹介するブログを始めた。
ブログの評判は上々だ。
毎週末の更新を、楽しみにしてくれている人も多い。
私は心が満たされるのを感じた。
ある日、ちょっとしたミスをした。
写真をブログに上げようとして、別の写真を上げてしまったのだ。
その別の写真は、うっかりシャッターを押してしまって机の上が写されただけの、割とどこにでもある写真だった。
「写真間違えました。」と書き込んで、写真を上げ直した。
誰でもやる、話題になることなんて無い、ちょっとしたミスだった。
そう思ったから、すぐに忘れた。
数日後、ブログのアクセス数とコメント数が、とんでもないコトになっていた。
コメントを読むと、「ご本尊キターーーー!!!」、「持ち主降臨!!」、「大発見! 対になるもう一本か?」など、良く分からないモノばかりだった。
何が起きたのか分からなかった。
私は、そっと閉じた。
翌日も、ブログのアクセス数とコメント数が、とんでもないコトになっていた。
原因を探る為、コメントを読むことにした。
良く分からないコメントが並ぶ中で、その一文が目に留まった。
「名状しがたきガイドブック」
「あれか…。」
私は原因に気が付いた。
そして、”あの写真”を、改めて見てみた。
間違えてブログに上げた、うっかりシャッターを押して、机の上を写してしまった写真。
その写真の端には、あのガイドブックの半分ほどが写っていた。
原因が分かったので、対策を取る事にした。
放置すれば、このブログを楽しみにしてくれている人たちに、迷惑が掛かると思ったからだ。
先ず、新しく別のブログを立ち上げ、ガイドブックの話題を、そちらに誘導した。
そして、新たに撮ったガイドブックの写真を上げ、私が持ち主であることを公言した。
あのガイドブックを拾ったこと、落とし物の権利が拾い主に移った後に引き取ったこと、ガイドブックに載っているお店を回ることを趣味としていることなどを、ブログに書き込んだ。
そして、質問に根気強く返答し続けた。
事態は数日で沈静化した。
疲れた。
ネットで話題になることの煩わしさを、この身で体験した。
ぐったりしながら、ガイドブックの方のブログを見ると、私に何やらおかしな呼び名が付いていた。
”名状しがたきガイドブック神社”の”神主”と。
この章はこれで終わりです。
次章の”異世界生活 奮闘編”では、主人公がこの異世界で生きていく為に頑張る様子を書きます。
この章の本編に登場した”???さん”の過去については、”外伝 とある異世界の神さまたちのお話”(https://ncode.syosetu.com/n0024fa/)に書いて行きます。そちらもご覧下さい。




