10 命名『ナール』
子供が生まれた翌朝。
一人、ベッドで目を覚ました俺は、起きて身支度を整えるとシルフィの部屋に向かう。
メイドさんに寝室まで通されてシルフィの様子を窺うと、赤ん坊を抱いた状態で眠っていた。
メイドさんに訊くと、オッパイをあげて、また眠ったところとのこと。
シルフィはスヤァと、赤ん坊はスピョスピョと寝息を立てて眠っている。
俺はその様子をしばらく眺めてから、食堂に向かったのでした。
日が高くなってきた頃、シルフィが起きたことをメイドさんが報せに来てくれたので、会いに行く。
寝室に通されると、ベッドの上で上体を起こしているシルフィの姿が。
それと、何やら大勢のメイドさんたちが集まってキャッキャウフフしている一角が……。
きっと、あの場所にベビーベッドがあって赤ん坊が寝かされているのだろう。
それにしても、メイドさんたち多過ぎぢゃないですかね? 20人くらい居るように見えるんですけどっ?!
メイドさんたちの多さに驚いて立ち尽くしていると、クリスティーナさんにシルフィの傍に置かれているイスに座るように促された。目線だけで。
イスに腰を下ろした俺はシルフィを労う。昨日は何も話すことが出来なかったからね。
シルフィは「妻の務めですから。(きり)」なんて言う。
そんなシルフィの姿に母親の威厳みたいなものを感じた。
残念カワイかったシルフィも成長したものだね。うむうむ。
イスに座る俺の傍にワゴンが運ばれて来た。シルフィの朝食の様だ。
クリスティーナさんからスープの入った器とスプーンが渡される。俺に。
受け取ったこれらをシルフィの前に置こうと思ったのだが、テーブルの様な物はそこには無い。
あれ? コレ、どうしたらいいのかな?
俺がそう思っていたら、シルフィが口をアーンと開けた。
俺が食べさせるんですね。アッハイ。
スープをスプーンですくってシルフィの口の中へ。
飲み込んだシルフィはニヨニヨテレテレしていらっしゃいます。
テレないでもらえないかなっ。こっちもテレちゃうからっ。(テレテレ)
恥ずかしくなった俺は、助けを求める様にクリスティーナさんに視線を向ける。
だけど、クリスティーナさんは満足気な表情を俺に見せると、大勢のメイドさんたちが居る一角へ行ってしまう。そして、メイドさんたちの中に分け入って姿が見えなくなってしまった。
どうやら俺がシルフィに食べさせてあげないといけないようだね。シルフィもまた口をアーンとしているし。
俺は、せっせとシルフィに朝食を食べさせます。
口をアーンと開けるシルフィはまるでヒナ鳥の様です。昨日、母親になったというのにね。
でもまぁ、こっちの方がいつもの残念カワイイシルフィっぽくて、俺はいいんだけどね。(ニヨニヨ)
シルフィに朝食を食べさせ終え、さらに求められるままに揚げパンも振舞った。
出産の疲労が残っているみたいだけど、食欲はある様なので何よりだ。
ワゴンを下げてもらいシルフィとマッタリしていたら、やや年嵩なメイドさんが赤ん坊を抱いてこちらにやって来た。
「ナナシ様、ナー君ですよ。」
そう言って、俺に赤ん坊を抱かせようと差し出してくる。
俺は、おっかなびっくり慎重に受け取る。
受け取ってみると、予想していたよりもずっと軽かった。それどころか重さをあまり感じない。
あれ?
『【レビテーション】を掛けました。うっかり落としてしまわないように。』
【多重思考さん】が赤ん坊に【レビテーション】を掛けてくれたそうだ。
それなら、うっかり落としてしまうなんてことにはならないね。有り難い。
でも、イスに座った状態で受け取ったんだから、そうそう落とさないよね。余程のドジっ子でもない限り。
俺って【多重思考さん】に『余程のドジっ子』だと思われていたのかな? 心外だね。
「意外と上手ね。」、「まさか何処かに隠し子が?」
メイドさんの一部からそんな声が上がった。
【多重思考さん】の配慮の所為で、思わぬ風評被害が発生しそうだ。
下手に誤解されたら俺が死ぬんだから、おかしな事を言うのはやめていただけませんかねっ。マジで!
恐る恐るクリスティーナさんの表情を窺うと、『そんな訳ないわよ。(呆れ)』って感じの表情をしていました。
どうやら、俺の死は避けられたようです。(ホッ)
クリスティーナさんに『そんな甲斐性がある訳がない。』と思われていそうな気がしないでもなかったけど。
メイドさんが『ナー君』と呼んだこの子の名前は”ナール”。
シルフィが考え、この子に付けられた名前だ。
俺が自分で自分に付けた名前の”ナナシ”は、”名無し”から付けた。
この子の名前の”ナール”は、響きが”名有る”みたいに感じられて、まるで俺の名前とは真逆の意味の様に感じる。
シルフィが俺の名前の由来を知っているはずはないので、王妃様から”ナナシ”の意味を聞いていたのかもしれないな。
俺は思い出す。荒野に生えた大木の下に一人で居た時のことを。
あの時の俺には家族も居なければ名前すら無かった。
一方、今、この子の周りには、俺とシルフィだけでなく大勢のメイドさんたちが居る。
『あの時の俺とはまったく違うな。』と思うと同時に、『多くの笑顔に囲まれているこの子は、きっと幸せになれるだろう。』と俺は思った。
俺はチラリとシルフィを見る。
シルフィは俺に笑顔で応えてくれる。
そんなシルフィに俺は……。
「ありがとう。」
と、言ったのだった。




