06 リターン オブ ザ ニーナ
(人名)
ニーナ
初代”ナナシ付きメイド”。鎖骨が好き。
お菓子製造部にトバされていたが、コーラの低価格化や味の改良で功績を上げた。
俺の作ったベビーベッド型ウッドゴーレムが隣街のダーラム侯爵邸へ運ばれることになった。
その話の中で、『赤ちゃんのお世話の経験を積ませる為に王宮からメイドさんを派遣する予定があった』なんていう話も聞いた。
だけど、その一員にケイティさんも含まれていたことを本人の口から聞かされて、俺は驚かされたのだった。
『ケイティさんとお別れかぁ。』と思ったものの、その異動の目的は『赤ちゃんのお世話の経験を積ませる為』だったね。
ということは、また戻って来るということだ。俺とシルフィの子供のお世話をする為にね。
お別れと誤解して少し気持ちが落ち込んでしまったけど、その事に気が付いてホッとした。
ホッとした俺は、ケイティさんの後任のメイドさんについて考える。
ケイティさんの後任ってどんな人が来るのだろうか?
出来れば、胸の大きな人がいいなぁー。歩く度にタプンタプンする様な、むにょんむにょんな感じの。むへへへ。(←コイツは……)
おっと。変な妄想をして変な表情をしてしまわない様に気を付けねばっ。(キリ)
ケイティさんと「一時的なお別れとはいえ寂しくなるなぁ。」とかお話しして、後任にはどんな人が来るのか訊いてみた。
胸の大きな人、来い!(ドキドキワクワク)
「私の後任はニーナです。(キリッ)」
スン
「……ソ、ソ-ナンダー。(無表情)」
俺の夢は、呆気なく潰えたのでした。
儚い夢でした。(しくしく)
◇ ◇
朝。
いつもの様に起きて寝室を出る。
寝室を出て”お着替え部屋”に行くが、そこに、いつも居たケイティさんの姿は無かった。
そこで、『ああ、今日からケイティさんは居ないんだったなぁ。』と思い出す。
だけど、それなら後任のはずのニーナが居ないといけないはず。
でも俺は、『きっと寝坊でもしたんだろう。ニーナだし。』なんて思って、そのまま”お着替え部屋”を素通りした。
居間に行くとクーリが窓際に控えていた。
クーリに朝の挨拶をしてから室内を見回す。
でっかいペンギン型ゴーレムに抱き着いているケイトと、ケイトのペンギン型ゴーレムが床をヨタヨタと歩いているのが見えた。
ここにもニーナは居ないね。
これまではケイティさんが用意してくれていた顔を洗う水が今日は無い。なので、キッチンで顔を洗おうと思って、ヨタヨタと歩いているペンギン型ゴーレムを避けて歩いて行く。
が、そこで気が付いた。床をヨタヨタと歩いているペンギン型ゴーレムの足の色がいつもと違うことに。
ケイトのペンギン型ゴーレムの足の色は黄色だ。だが、床を歩いているそいつの足の色はそうではなかった。
それに、クーリが居るのに、クーリと交代で俺の護衛をしているケイトもこの部屋に居るのはおかしいしな。
俺は、でっかいペンギン型ゴーレムに抱き着いているメイドさんに近付いて、声を掛ける。
「おはよう。ニーナ。」
「…………。(むふー)」
どうやら、でっかいペンギン型ゴーレムのモフモフに夢中になってしまっている様だ。いつもケイトがそうしている様にお腹に顔を埋めているしな。
まぁ、仕方がないだろう。こいつのお腹って素晴らしいモフモフだからな。
久しぶりに会うニーナだったのだが、この状態ではどうしようもない。
ニーナのことは放っておいて、洗顔とトイレを済ますことにしよう。
トイレから出たら、お仕事モードに入ったらしいニーナがピシッと立って待っていた。
ジタバタしているペンギン型ゴーレムを抱きかかえているが、以前もそうだったし、それはまぁいいや。
「本日付けで鎖骨さん付きに戻りました。またよろしくお願いいたします。」
そう言って、ペコリと頭を下げるニーナ。
でも、ちょっと待とうかニーナさん。
真面目に挨拶している様でいて、でも、名前がまったく違っていたからねっ。
顔を上げたニーナに向かって、俺は言う。
「ニーナ。俺の名前を行ってみろ。」
「鎖骨さん。(キッパリ)」
違うよ! 全然違うよ!
キッパリと濁りの無い目で断言すんなや!
「俺の名「さぁ、お着替えをいたしましょう!」」
俺の名前を正そうとしたのだが、そう被せるように言われてニーナに腕を引っぱられる。
「それより「鎖っ骨♪ 鎖っ骨♪」」
「『鎖っ骨♪』ぢゃなく「はい、脱いで、脱いで!」」
隣の部屋に着いた早々、俺のパジャマを脱がしにかかるニーナ。
「いや、ちょっ、おま「うひょー! 生鎖骨! 生鎖骨!」」
「ちょっ、落ちつ「生鎖骨! 生鎖骨! うひょー!」」
「おい、待てって、ちょっ「よいではないか、よいではないか。」」
「アッーーー!」「うひゃーーー!」
◇ ◇
………………ハッ!
我に返った俺は、辺りの様子を窺う。
ソファーに座っている俺の背後に人の気配がしたので振り返ってみると、ドアを潜って行くシルフィの後ろ姿が見えた。
……ああ。朝食後のお茶を飲み終わって、シルフィが部屋に戻って行ったところか。
状況が何となく分かったら、シルフィと一緒に朝食を食べて、食後のお茶を飲んでいた記憶が薄っすらと蘇ってきた。
状況が分かったので、溜息を一つ吐いてから正面に向き直った。
記憶が少し飛んでいた気がする。それと、体がすごく疲れている気もするんだが、何があったんだっけ?
うーーむ……。
「ナナシ様。何やらお疲れのご様子ですね?」
そう声を掛けられてそちらを向くと、そこにはニーナの姿が。
……そうだよ。コイツの所為ぢゃん。
ニーナの顔を見て、記憶が戻ってきた。
まったく。大はしゃぎしてパジャマを脱がしやがって。
ニーナの所為だからな? 疲れているのも記憶が飛んでいるのも。
これ以上疲れるのは嫌だから、わざわざ言わないけどさっ。
「今、疲れによく効くものをお持ちいたしますね。」
ニーナはそう言うと、キッチンに入って行った。
しばらくしてトレイを持って戻って来たニーナ。
テーブルの上にコップを置くと、コーラを注いで俺に手渡す。
「これを飲むと疲れが吹き飛びますよ。」
「…………。」
コーラにそんな効果なんて無かったよね? 疲れていると甘い物が欲しくなるけどさ。
「さぁさぁグイッと。一気に。」
「『一気に。』って……。」
何だか怪しいんだけど?
「これ、疲れに効果が有るの?」
「はい。皆さん『疲れが吹き飛ぶ。』って言って大好評ですよ。それと、クセにもなるらしくって売り上げがウハウハなんですよ。」
それって本当に大丈夫なの? 『疲労がポンと飛ぶ』系のヤバイモノが入ってない?
そう疑ってしまうと『クセになる』ってのもそこはかとなく危険な香りがするよね。中毒性が有りそうで。
「さぁさぁ、どうぞどうぞ、一気に。」
「…………。」
ますます怪しい。
「これ、本当に大丈夫? 危なくない?」
「大丈夫です。危なくなんてナイデスヨ。メイド長から厳重に管理しておくように言われて、ちゃんとその通りにしていますから。」
「ちょっと待って。その辺のこと、くわしく。」
「メイド長に危険物だから厳重に管理しておくように言われていて、ちゃんと鍵付きの冷蔵庫で保管していましたから大丈夫ですよ。ささっ、グイッと一気に。」
「ガチモンの危険物ぢゃねぇかよ! メイド長のお墨付きの! 『グイッと一気に。』ぢゃねぇよ! そんなモン飲まそうとすんなや!」
「大丈夫、大丈夫。私が鎖骨を見放題になるだけですから。ええ。」
「やっぱり、ヤベェモンぢゃねぇか!」
俺の手ごとコップをガッシリと掴み、飲まそうとしてくるニーナ。
それに俺は抵抗する。
ぐぬぬぬぬぬぬ。
バキッ!
そんな音がして、ニーナの姿が消えた。
ドサ
続けて聞こえてきたその音がした方を見ると、少し離れた床にニーナが倒れていた。
どうやらクーリが殴り飛ばしてくれたみたいだ。
助かった。
ふぅ。
クーリは、ニーナに近付くと肩に担いでドアに向かって行く。
そして、ドアを開け、廊下にポイッと捨てて、スタスタと戻って来る。
「ありがとう。助かったよ。」
コクリ
クーリはコクリと一つ頷いただけで、窓際に戻って行った。
さて。
廊下にポイ捨てされたニーナは誰かが何処かに運んで行くだろうから、そのままでいいだろう。
危険物の方はどうしよう?
コップとビン。まだコーラが残っているそれらを見て考える。
その辺に捨てる訳にはいかないから、そのまま【無限収納】に仕舞っておくか。
危険物を【無限収納】に仕舞ったところで、さっきニーナが言っていたセリフを思い出す。
そう言えば、『鍵付きの冷蔵庫』とか言っていたな。
俺は、ニーナが言っていた『鍵付きの冷蔵庫』とやらを探しに行く。
すると、キッチンの奥の物置きにそれらしき物があった。
ここに置いたままにしておくのは嫌だな。ガチモンの危険物だし。
どうして俺の部屋に持って来たんだか……。
コレはメイド長のところに持って行くことにしよう。苦情も言わないといけないしなっ。
冷蔵庫も【無限収納】にサクッと仕舞い、【転移】でメイド長のところに行って引き渡して、苦情を言って帰って来ました。
やれやれ。
明日からはニーナとは別のメイドさんが来てくれるだろうね。
……しまった。『次は胸の大きなメイドさんをお願いします!』ってメイド長に頼んでくれば良かったな。
失敗した。
くそう。
◇ ◇
翌日。
俺の部屋にはケイトとクーリが。
ケイトが護衛で、クーリがメイドだそうです。
いきなりメイドさんの手配はできなかったんだろうね。隣街のダーラム侯爵邸にメイドさんを派遣したばかりだったしね。
まぁ、見慣れた相手だし、これはこれで落ち着けていいだろう。
タプンタプンがタプンタプンしていたら落ち着かないしね。(←おい)
この日、ケイトは一日中でっかいペンギン型ゴーレムに抱き着いていただけでした。
うん。いつもの光景です。
落ち着くねー。
◇ ◇
さらにその翌日。
朝起きると、しれっとニーナが居ました。
”俺付きのメイド”だそうです。
おかしくね?
「王妃様に泣き付いて戻してもらいました。」
疑問に思ったことを俺が訊く前に、ニーナがそう答えてくれた。
でも、『王妃様に泣き付いて』ってのは、何なのかな?
何か王妃様の弱味でも握っているの?
「何か失礼なことを考えているみたいですけど違いますからね? コーラを色々と改良したご褒美なだけですから。」
『コーラを色々と改良』って、それでガチモンの危険物を産み出しやがったのかっ。お前がっ。
「売り上げにすっごく貢献しているんですよ。(フンス)」
誇らし気に言うけど、その”貢献”の内容がすっごく気になって仕方がないんだからな?
「問題のある貴族にしか売ってませんから大丈夫です。(ニヨリ)」
何も訊いていないのだが、そう俺に言うニーナ。
ニヨリとした笑顔が気になったけど、売る相手を選んでいるのならいいのかな? そもそも、王妃様が関わっているのなら俺が何か言ったところで無駄な気もするしね。
うん。もう、何も聞かなかったことにしよう。
「では、お着替えをしましょう。」
ガシッ
俺が逃げようとするよりも早く腕を掴まれ……、<以下略>。
◇ ◇
朝食後のお茶を飲み終わって、シルフィが部屋に戻って行くのを見送りました。
俺はソファーでグッタリとしています。
ニーナを見ると妙にツヤツヤした顔をしていて、俺はすっごくイラッとしたのでした。




