07end 先王様の新たなる旅立ちと、その旅の終わり (先王様視点)
< 先王様視点 >
「これが今回の件に掛かった費用だそうです。」
ダンジョンから帰って来た翌日の朝。
モウケル子爵の屋敷の一室で、私が頭を撫でながら上機嫌で寛いでいると、お付きの文官がやって来て一枚の紙を私に見せ付けながらそう言った。
その紙には、私が想像していたよりも大分多い金額が書かれていた。
私は、頭を撫でていた手を止めると、その紙からスッと視線を逸らす。
「………………。(冷や汗)」
「………………。」
カワイイカワイイ孫に縋るつもりでいたものの、そのあまりの金額に私は動揺してしまう。
これだけの金額だ。いくら血の繋がったカワイイカワイイ孫とはいえ、ポンと出してくれるという訳にはいかぬかもしれん。
グラストリィ公爵に相談されるくらいならまだいい。元々グラストリィ公爵のお金なのだからな。
だが、アイツに相談なんてされでもしたら、アイツが何を言ってくるか分かったものではない。
アイツの方が、よっぽど沢山のお金を使ってるはずなんだがな。王宮の敷地内にポンポンと建物を建ておって。
そもそも、アイツは私への敬意が足らんのだ。
思えば、初めて会った時からそうであったな。
第一王子に熱心に誘われ、『軽い息抜き』と思って参加した小さなお茶会。
その席で息子に紹介された、ただのメイドの一人であったアイツに私が気楽に挨拶してやると、アイツはいきなり私のカツラを取りやがったのだ。
そんな無礼な行いをしておきながらアイツは『何だ、カツラか。』みたいな顔をしてそのまま頭の上に戻すと、何事も無かったかの様に普通に挨拶を返してきやがった。
その出来事を間近で見ていたメイドたちが大笑いし、恥ずかしさと怒りで頭に血が上った私は思わずその場から逃げ出して、そのまま仕事を放り出して引き篭もってしまったのだった。
そのまま私が引き篭もっていると、その間に第一王子が王位に就いていて、私は腰を抜かすほど驚かされた。
私も驚かされたが、あの時の第二王子派の者たちの動揺ぶりはそれ以上に凄まじかった。
あまりにも突然な第一王子の即位に何もする事が出来なかったのは私と同じだが、彼らは裏切者の存在を疑って内部分裂を起こし、その結果、バディカーナ家が求心力を失ってしまったのだ。
その事で更に王宮が騒然となってしまい、私は、不甲斐ない側近たちから碌に事情を聞くことも出来なかった。
混乱が落ち着いて私が状況を把握できた頃には第一王子派が盤石な体制を築き上げており、私が第一王子の行動を咎める事など既に出来る状況ではなかった。
私の側近だった者たちも、しれっと重要ポストに就いていやがったしな。
それは当時の大臣がやった事だった。次代の大臣に自分の後継者を何の混乱も無く就ける為にそうしたのだ。
当時の私はそんな彼らの行動に『まったく抜け目のないことだ。』などと思ったものだ。再び引き篭もった部屋の中で。
それらの一連の出来事の発端となった第一王子の突然の即位。後から聞いた話によると、第一王子はアイツに王位に就くように唆されて行動を起こしたらしかった。
まったく。
本当に色々とやらかしてくれたものだ。あの女は。
……話が逸れたな。
今は、アイツの事など、どうでもいいのだ。
カワイイカワイイ孫に縋ってお金を借りる為に、速やかに王宮に帰ることにしよう。
「王宮に帰るぞ。」
私がお付きの文官にそう言うと、こやつは『うわぁ。このオッサン、孫にたかる気だよ。』とでも言いたげな表情をしやがった。
失礼な奴だな。
そもそも、こやつが私の為に予算をぶん捕ってきておれば、私がこんな苦労をすることも無かったというのになっ。
失礼で役立たずなこやつに、勘違いを正すべく言ってやる。
「シルフィからお金を借りるのではない。グラストリィ公爵から借りるのだ。公爵という極めて高い地位に居る者なのだから、私がお金を借りても何もおかしくはないだろう。」
まったくその通りだな。うむうむ。
だが、こやつは『孫の夫からお金を借りるとか、もっと駄目なんじゃないですかね?』とでも言いたげな表情をしやがった。
まったく失礼な奴め。
ウスーイ伯爵が立て替えてくれているとはいえ、これ程の大金の支払いをいつまでも待ってもらう訳にはいかぬというのに。
速やかに王宮に帰るべく、私はもう一度言う。
「王宮に「たいへんご立腹になられているそうです。」」
『王宮に帰るぞ。』と言おうとしたら、それに被せる様にそう言われた。
そして、私は急に寒気を感じたのだった。
『ご立腹になられている』と、こやつが言っているのは、きっとアイツのことなのだろう。イヤな寒気がするしな。
だが、アイツが怒っていたのは、メイドをダンジョンに連れて行こうとしたからではなかったのか?
それとも、私がカワイイカワイイ孫に縋ろうとしている事を既に察して腹を立てているとでもいうのだろうか?
むむむむ。
だが、他の方法を考えようにも、帰り道でもずっと考えていたのに何も思い浮かばなかったのだしな……。
そうだ。
こやつにも他に良い方法がないか考えさせよう。
これでもこやつは優秀だと今の大臣に認められておるそうだしな。
「お前も「きっと、毟り尽くされますねっ。(イイ笑顔)」」
……おのれ。
イイ笑顔で、とんでもない事を口走りおって。
言って良い事と悪い事の区別もつかぬのかっ、こやつはっ。
こやつはアテに出来ん。
そもそも、何でこやつに頼ろうなどと思ったのだろうなっ。私はっ。
取り敢えず、ウスーイ伯爵に会いに行って支払いについて相談しよう。
少しでも待ってもらえればいいのだがな。
私がウスーイ伯爵の元を訪ねると、モウケル子爵と歓談中だった。
ふむ。モウケル子爵にも相談するか。
彼は、あの金色の牛の魔物を利用して相当稼いでいるようだしな。
二人と相談した結果、支払いを猶予してもらえることになった。
また、私があの金色の牛の魔物について宣伝をしてこの街に人を呼び込むことで、モウケル子爵から謝礼を貰えることにもなった。
うむ。この私が声を掛けて回れば、きっと大勢の光り輝ける者たちが期待を胸にこの街を訪れることになるだろう。
そして、私と同様にかつての姿を取り戻した者たちは、私に深く感謝して喜んで謝礼を渡してくれることだろう。ポンとな。
うむ。悪くない。
心配があるとすれば、お付きの文官が反対しそうなことぐらいか……。
更に二人と相談した結果、私は、モウケル子爵が用意してくれる馬車でこの屋敷を出て、そのまま隣街に向かうことになった。あやつバレない様に。
決して、後ろめたいからではない。この私がすべき、『光り輝ける者たちに明るい未来を与える』という崇高な使命を理解しないであろう、あやつが悪いのだ。
私はただ、国中を巡って、光り輝ける者たちに明るい未来を示してやりたいだけなのだ。
『ついでに自慢しよう。』だなんてまったく考えていないし、あやつから逃げ回っている訳でもないのだ。
そうとも。
これは、極めて崇高な旅路なのだ。
光り輝ける者たちの救世主に、俺はなるのだ!
……謝礼はたんまりといただくがな。
< ナナシ視点 >
「私がお預かりしているナナシさんのお金をお爺様に貸し付けてもいいですか?」
いつもの様に俺の隣に座って腕に抱き着いているシルフィが、俺を見上げながらそう訊いてくる。俺の向かいに座っている王妃様をチラチラと見ながら。
シルフィに理由を訊くと、先王様は、あの金色の牛の魔物に頭を舐めてもらう為にダンジョンに行ったものの、それに掛かった費用の支払いを待ってもらっているんだそうだ。
そして、今は、”客引き”の為に国中を巡りつつ謝礼をねだって回っているらしい。お付きの人を振り切ってまで。
……一体、何をしていらっしゃるんですかね? 先王様。(呆れ)
俺が呆れていると王妃様が言う。
「あのハゲのズラコレクションを没収して返済に充てるわ。後で受け取ってちょうだい。」
『あのハゲ』とか言わないであげてください、王妃様。確かに頭髪が不自然なお方だったけどさっ。
でも、要りませんからね? そんなモノ。
それとも、俺が将来ハゲるとでも思っていらっしゃいます? 王妃様?(ジロリン)
もしもの時は、ダーラムさんに全力で頼らせてもらう所存です。
「それと、あのハゲが帰って来たら毟り尽くして、それも返済に充てるわ。」
そんな物を返済に充てようとすんなや!
マジで要りませんからねっ、そんなモノ!
「全部、毟り尽くしてやるわ!(イイ笑顔)」
イイ笑顔だけど、イイ笑顔で言って良い事ではありませんからねっ、王妃様っ。
それと、何で目がマジなんですかっ?!
そんなモノ、ホントに要りませんから!
っていうか、ただ王妃様が毟りたいだけですよねっ? 貸し付けるお金を回収するのを口実にして!
普通にお金で返済してくださいね!
マジで!
しかし、思いの外、大事になってしまっていたんですねー。
俺は、シルフィに貸し付けを了承したけど、この件にはそれ以上関わらない方針です。
だって、俺にはまったく無関係なお話デスシネー。(すっとぼけ)
◇ ◇
お付きの人を振り切ってまで国中を巡り、髪を自慢しつつお金を無心して回っていた先王様。(←王妃様がこう言ってました)
しばらくして、王宮に帰って来たのでした。
王宮が国中に発した報せを受けて。
『シルフィ姫、ご懐妊!』の。
< 後日談 >
「毟りがいがあったわ!(超イイ笑顔)」
俺の部屋にやって来た王妃様が言う。超イイ笑顔で。
そうかー、毟っちゃったかー。
でも、『毟りがいがあったわ!』って、どんだけ毟っちゃったんですかね?
先王様、せっかくダンジョンに潜ってまで髪を生やしたというのにね。
王妃様、鬼ですか? あなたは。
(設定)
(お付きの文官が王妃様がご立腹になっていることを知っていた理由とその後の行動)
先王様がダンジョンに潜っている間、お付きの文官はモウケル子爵邸に滞在していました。『ダンジョン? 行く訳ないじゃないですか。私はモウケル子爵の屋敷でのんびりとさせていただきますよ。いつもの分まで。』って感じで。
モウケル子爵邸でのんびりと滞在していた間、時々領主のククラス侯爵邸へ行って『手紙を送る魔道具』を使わせてもらって王宮とやりとりをしていました。
その為、お付きの文官は、王妃様が『先王様がシルフィから借金するに違いない。』と読んでご立腹になっていることを察することが出来たのでした。
そして、巻き込まれない様に敢えて先王様を逃がしながらも王宮に報告を上げて護衛の手配をしつつ、適当に追いかけていました。旅行気分で。
コイツ本当に優秀だなっ。
(バディカーナ家について)
グラム王国建国以前からこの地で暮らしていた者たちのリーダー格だった家。最初に創設された四つの貴族家の内の一つ。現国王の突然の即位によって第二王子の派閥が大混乱に陥って求心力を失い、ソーンブル家に立場を逆転された。
バディカーナ伯爵は、ソーンブル侯爵に代表者に祭り上げられてクラソー侯爵に勝負を挑み、その勝負に敗北した結果、爵位と領地を失ってしまっています。
遡ると、バディカーナ家の没落って王妃様の所為だったんですねー。
(昔、王妃様と先王様との間で起きた出来事について)
昔、王妃様と先王様との間で起きてしまった不幸で爆笑な出来事については、『なぜか王宮で暮らす事になりましたが、割と好き勝手に生きています。(https://ncode.syosetu.com/n1285ew/)』をご覧ください。
それと、王妃様が先王様を嫌っている風なのは、不自然なズラの所為でメイドたちが笑いを堪えないといけない事に腹を立てているからです。




