06 先王様、希望を胸にダンジョンへ (先王様視点)
< 先王様視点 >
私は、これからダンジョンに入る。
モウケル子爵が用意してくれた簡易馬車に彼と一緒に乗り込み、立派な金属鎧を身に纏った騎士たちに護衛されながら。
フサフサだった頃の、自分の真の姿を取り戻す為にな!
◇ ◇
あの日、王宮を訪れた、かつての重臣であったウスーイ伯爵から聞かされた話は衝撃的だった。
いや、彼と一緒にやって来たモウケル子爵の頭の方が衝撃的だったか。
しばらくの間、無言で凝視してしまったしな。
『ダンジョンに居る金色の牛の魔物に頭を舐められると髪が生えてくる。』
俄には信じ難い話だった。
だが、実際に自身で体験したというモウケル子爵の他にも既に10人以上が試していて、その全員に効果があったという。
まさか、その様な魔物がダンジョンに居ったとはな。
ダンジョンの15階層に居るという、その魔物。
生け捕りにすることまでは出来たそうなのだが、ダンジョンから連れ出すことは出来なかったのだそうだ。
ダンジョンから連れ出そうとすると忽然と姿を消してしまい、次に姿を現す時には下の階層に移動してしまっていたという。
王宮まで連れて来てもらえれば有り難かったのだが、相手はダンジョンの魔物。そうそう旨い話など無いということか……。
その魔物に頭を舐めてもらう為にはダンジョンの15階層まで行かなければならず、往復で20日くらいダンジョン内を移動しなければならないらしい。
かなり面倒だ。
だが、私の頭に髪を生やし、かつての姿を取り戻してくれるというのなら、まったく大した手間ではないなっ。
護衛を大勢連れて行けばいいだけの話だし、軽く旅行に行くとでも思えばいいだろう。身の回りの世話をする者たちも同行させてな。
うむ。
『グシククの街にてお待ちしております。』と言ってモウケル子爵が帰った後、ダンジョンに同行してくれるというウスーイ伯爵と色々と打ち合わせをした。
ウスーイ伯爵が帰るのを見送った私は、お付きの文官にダンジョンに行く準備を命じる。
お付きのメイドにも同行する様に命じ、私は、若々しく髪を生やした自分の真の姿を想像するのだった。
ソファーで寛ぎながら、『今の自分にはどんな髪型が似合うかなっ。(ニヤニヤ)』などと考えていたら、急に寒気を感じた。
ヤバイ!
この気配はアイツだ! アイツがやって来る!
私は慌てて部屋を飛び出して、車庫に駆け込む。
そして、急いで馬車を準備させると、ウスーイ伯爵の屋敷に逃げ込むべく馬車を走らせた。
『何がアイツを怒らせたんだ?!』、『アイツの方が、もっと沢山お金を使っているだろうに!』などと思いながら。
翌日。
ウスーイ伯爵の屋敷で同志たちと歓談していた私の元に、お付きの文官がやって来た。
「王宮へお戻りください。陛下もご心配されておられます。」
ふんっ。
私は何としてもダンジョンへ行かねばならんのだ。自分の真の姿を取り戻す為にな!
それに、私がダンジョンに行けるように何とかするのが、”お付き”であるこやつの役目であろうに。
「ダンジョンにメイドを同行させようとしたことが、より状況を悪化させてしまいました。ダンジョンに行かれるのは止めて、王宮にお戻りください。」
私がダンジョンに行けるようにするのがこやつの役目だというのに、まるで、私が悪かったかの様に言いおって。
くそう。
そもそも、あの者たちであればダンジョンの15階層程度、何の問題も無いだろうが。
まったく。
しかし、困ったな。
私は、同志であるウスーイ伯爵とウスメーノ子爵の兄弟。それとツルルッパ子爵の表情を窺いながら考える。
昨夜は、『前祝いだ!』と言ってたらふく飲み食いし、酔った勢いで同志であるこやつらに『私が、その魔物が居るところまで連れて行ってやるぞ!』などと大きいことを言ってしまった。
今更、その話を無かった事にする訳にはいかぬし、『ダンジョンに行かない』などという選択肢はそもそも無いのだ。
私を困らせているお付きの文官は、『自分が伝えるべき事はもう伝え終わりました。さぁ、王宮に帰りましょう。』みたいな顔をしていやがるしなっ。
くそう。
困り切っている私に、ウスーイ伯爵が助け船を出してくれる。
「護衛と身の回りの世話をする者たちは私どもでご用意いたしましょう。その代わり、費用の方を後ほどお願いいたします。」
流石は、かつての私の重臣。私の面目を保つ方法をすぐに示してくれる。
私は、かつて自分がそうしていた様に、鷹揚に「任せる。」とだけ言う。
そんな私の脳裏には、玉座に座る、かつての自分の姿が蘇るのだった。
フサフサだった頃の、自分の真の姿が。
……お付きの文官が溜息を吐いていた様な気がしたが、私の気の所為だとも。
◇ ◇
『ダンジョンに行ってくる。』と伝言を王宮に伝えさせた私は、同志たちを引き連れて王都を出た。
そして、今。ダンジョンの在る街グシククまでやって来た!
フサフサだった頃の、自分の真の姿を取り戻す為にな!
モウケル子爵の屋敷で十分に休息を取った私たちは、モウケル子爵が用意してくれた簡易馬車に乗り込みダンジョンに向かう。
立派な金属鎧を身に纏った騎士たちに護衛されながら街の中を進むと、それだけで気分が盛り上がってくるなっ。
ダンジョンに入った。
そうは言っても、私はただ簡易馬車に乗っているだけなのだが。
だが、それだけで、かつての自分の真の姿を取り戻せるのだ。
よろしく頼むぞ、モウケル子爵よ。
うむうむ。
ダンジョンの中を進む数台の簡易馬車とそれを囲む多くの騎士たち。
その他にも身の回りの世話をする者たちや、彼らを護衛してくれる私兵たちも居る。
列を成して進むこの集団の姿は、とてもダンジョンの中を進んでいるとは思えないだろう。
『お金が掛かっているなぁ。』とかは、今は考えん。ダンジョンとは、油断など出来ぬ危険な場所なのだからなっ。
決して、『支払いどうしよう?(冷や汗)』とか、『息子に泣き付くのは嫌だなぁ。』とか考えてしまうからではないぞ。
◇ ◇
15階層までやって来た。
我々の到着を待っていた者たちに先導されて、そのまま金色の牛の魔物が居るという場所へ向かう。
しばらく進んだ先に、貴族の私兵らしき者たちが輪になって立っているのが見えた。
我々の乗る簡易馬車がその輪の中に分け入ると、私の視線の先に金色の牛の姿が!
あれが、そうか!!
逸る気持ちを抑えつつも、モウケル子爵をせっついて簡易馬車から飛び降りる。そして、金色の牛を凝視しながら、そこへ早足で向かう。
私に付き従うモウケル子爵が改めて説明してくれている様だが、私の耳に彼の声は碌に入ってこなかった。
間近にまで近付いて見る金色の牛の魔物は、それほど大きくはなく、体が金色である以外は普通の牛と特に変わらない様に思えた。
「コイツに頭を舐めさせるのだな!」
「はい。頭を向ければ舐めてくれます。」
そう言って頭を下げる仕草をしたモウケル子爵に倣い、私は愛用のカツラを取って、金色の牛に向かって頭を差し出した。
ぬっちょり
「うひゃあ!」
頭を襲う、その何とも言えない感触に思わず声が出た。
その何とも言えない感触に耐えながら……。
私は、フサフサだった頃の自分の真の姿を脳裏に思い浮かべるのであった。(ニヤニヤ)
◇ ◇
ダンジョンの出口が遠くに見えてきた。
簡易馬車に揺られる私の耳に、後ろの簡易馬車ではしゃいでいるウスーイ伯爵とウスメーノ子爵の声が聞こえてくる。
私も、既に髪が生え始めている自分の頭を撫でて感触を楽しみながらも、気分は憂鬱だった。
これから私が対処しなければならない問題に頭を痛めて。
『はぁ……。支払い、どうしよう。』
遠くに見えるダンジョンの出口をぼんやりと眺めながら、私は簡易馬車に揺られ続けた。
その時。ふと、思い出した。
カワイイ孫が、夫であるグラストリィ公爵の持つ資産の活用を任されていて、貸し付けを行っていたことを。
カワイイ孫に縋るのは少々アレだが、他に良い手を思い付かん。
それに、血の繋がったカワイイカワイイ孫なら、きっと私の窮地を救ってくれるに違いない。あの”息子の嫁”とは違ってな。
うむ。
私は、窮地を救ってくれるカワイイカワイイ孫の笑顔を脳裏に思い浮かべ、その笑顔に癒やされながらダンジョンから出たのだった。
(設定)
(『往復で20日くらいダンジョン内を移動しなければならないらしい』について)
お客様を連れての移動だと、このくらい日数が掛かります。冒険者のみだったらその半分くらいでいけます。




