05 引退。そして、先王様がやって来た (冒険者レアード視点)
< ベテラン冒険者レアード視点 >
モウケル子爵から呼び出されて、金色の牛に関するこれまでの事への感謝の言葉と謝礼を受け取った。
何でも、これからは専属の護衛を雇って、貴族たちをあの金色の牛のところまで連れていく事業を始めるのだそうだ。
冒険者を引退する事を決めてから既に大分経ってしまっていたが、これでようやく引退することができそうだ。
モウケル子爵邸を辞した俺は、そのまま冒険者ギルドへ向かった。
引退の手続きをしようとしたら、Bランクにランクアップした事を教えられた。
金色の牛に関するアレコレが、”冒険者ギルドへの貢献”として評価されたのだそうだ。貴族絡みの依頼だったこともあって。
引退するつもりで来たのに、ランクアップしたことを知らされるなんてな。
何となく、冒険者を引退するのを止めた。
調子に乗って上のランクの依頼を受ける気なんて、まったく無い。
ただ、Bランクにランクアップした事を、世話になった人たちに知ってもらいたくなっただけだ。
この日は、行き付けの酒場のマスターとランクアップの祝杯をあげた。
翌日。
俺は装備を売り払いに行った。
調子に乗って上のランクの依頼を受けたりしないように。だ。
引退する事を決めた後、貴族絡みの仕事でやたらと稼ぎが良かったから、自分が調子に乗らない自信が無かったしな。
引退の挨拶回りと同時にランクアップした事を知らせることが出来て、これはこれで都合がよかった。
ランクアップから5日後。
俺は冒険者を引退した。
◇ ◇
「先王様がこの街に来たらしいぞ。ダンジョンに入る為に。」
俺が冒険者を引退してから数日後。行き付けの酒場のマスターからそんな話を聞いた。
『ダンジョンに入る為』ということは、”アレ”か。
先王様がいらっしゃるなんて、モウケル子爵が始めた事業は順調の様だ。
「先王様は貴族サマを数人同行させていて、かなりの大所帯になっているそうだ。一部の者は街の外で野営しているらしい。」
貴族様に付き合わされる”お付き”の人たちも大変だな。
そんな事を考えて、ふと、気付く。
「もしかして、貴族様の身の回りの世話をする者たちも連れて来ているのか?」
「その結果が、”あの大所帯”なんだろうな。」
モウケル子爵一人の時でもそれなりに大所帯になっていた。大丈夫なのだろうか?
「護衛は足りているのか?」
心配になって思わず訊いてしまう。俺は既に引退しているので護衛として参加する気はまったく無いのだが。
「先王様に同行してる貴族サマが私兵を大勢連れて来ているみたいだ。街の外で野営しているのはそいつらだろう。それに、モウケル子爵が、冒険者になっていた元騎士団員たちを護衛として雇っているし、護衛は足りているだろう。」
そうか。それは良かったな。
色々な意味で。
王宮騎士団が解体された後、ダンジョンの在るこの街に来て冒険者になった元騎士団員が何人も居た。
そいつらが度々冒険者たちと問題を起こすので困っていた。
たが、そいつらをモウケル子爵が雇って貴族様の護衛をさせるのなら、冒険者たちと問題を起こす機会も減るだろう。
それに、冒険者が貴族様の相手をしなくて済むのも有り難い。元騎士団員たちの方が貴族様の相手をするのに慣れていそうだしな。
そう考えれば、モウケル子爵が元騎士団員たちを雇ってくれたのは、お互いに歓迎すべき事なんだろうな。
まぁ、既に冒険者を引退した俺にはまったく関係無い話だけどな。
翌日。
街を歩いていたら、ダンジョンに入って行く一行の姿を見掛けた。
立派な金属鎧を身に着けた騎士たちに囲まれている、人が牽く簡易馬車が何台か見える。
きっとあれが噂の先王様御一行なのだろう。
騎士たちの中に冒険者をしていた元騎士団員の姿も見えた。あの立派な金属鎧はモウケル子爵が奮発して買い揃えた物なのだろう。見映えを良くしてお客様を気分良くさせる為に。
それにしても、かなりの大所帯だ。しかも、その半数以上が非戦闘員に見える。
本当に大丈夫なのか?
俺は少し心配になりながら、その一行がダンジョンに入って行くのを見送った。
その日の夜。
行き付けの酒場のマスターに先王様御一行の様子を話した。俺が心配している事も。
「ギルドが冒険者を先行させて魔物狩りをさせているそうだ。だから、大丈夫だろう。」
「ん? 冒険者ギルドが動いたのか?」
「ああ。きっとご領主サマが、『この街に来てくれた貴族サマたちにダンジョンで何事も無いように』とか考えて、ギルドマスターに話をしたんだろうな。」
「なるほど。この街に金を落としてくれるからか……。」
昼間に見た先王様御一行の姿を思い出せば、この街にやって来る貴族様が落としてくれる金は相当なものになりそうに思えた。
領主としては当然の行動なのかもしれないな。
「それ以外にも、『貴族サマが私兵を大勢引き連れてこの街に来てくれるから』というのもあるんだろうな。」
ああ。私兵がこの街に滞在してくれていれば、一時的にこの街の戦力が上がるからな。
それに、何組もの貴族様が集団でこの街にやって来るのを見れば、『この儲け話に乗ろう。』と、更に冒険者がこの街に集まってくることにもなるだろう。
最前線であるこの街のご領主様だ。この機会を利用する為に色々と知恵を絞っていそうだな。
「それと、ギルドからの依頼を受けた冒険者たちは、『元騎士団員たちに獲物を渡したくない。』とか考えて依頼を受けたみたいだな。」
元騎士団員たちは冒険者たちとの間で色々と問題が起こしていた。そんなヤツらが護衛の仕事中に得られる”臨時収入”。それを減らしてやろうと思ったんだろう。
ギルドからの依頼を受けつつ嫌がらせが出来るんだ。冒険者たちが喜んで魔物を狩っている姿が思い浮かぶな。
そして、そんな冒険者たちの行動によって、貴族様たちはあの魔物のところまで、より安全に行ける様になる。と。
「何だか、恐ろしいほど上手く回っている気がするな。」
思わず、そう呟いた。
「そうだな。でも、偶にはこんな事が有ってもいいだろう。」
「そうだな。」
俺もかなり稼がせてもらったことだしな。
それに、髪も生えたし。
俺とマスターは、上機嫌で乾杯した。
俺たちの頭に髪を生やしてくれただけでなく、この街に更なる発展をもたらしてくれるであろう”金色の牛”に。
(設定)
(人が牽く簡易馬車とは?)
人力車と馬車の中間みたいな乗り物です。二人乗り。
実際に15階層まで行ったモウケル子爵が『これでは客を呼べん!』と考えて作らせた、お客様用の乗り物です。
馬が牽く訳ではないのですが、『人が乗る箱型の乗り物=馬車』と考えられている為、人が牽くものの『馬車』という名称になっています。
(裏話)
モウケル子爵に雇われることになった元王宮騎士団の団員たち。その中に、元副騎士団長のワイトは居ませんでした。
ワイトは、『ダンジョン攻略による一発逆転!』を狙って仲間たちと一緒にダンジョンに入り、”それっきり”になっています。




