02 噂の始まり (冒険者レアード視点)
< ベテラン冒険者レアード視点 >
「……ハッ?!」
ガバッ!
目を覚ました俺は、地面から慌てて体を起こす。
鞘に剣が入っていない事に気付いた俺は、両手で地面を探って剣を探しながら周囲に魔物が居ないか気配を探る。
地面を探る手から生き物が歩いている様な振動を感じ、それらしい気配がする方へ視線を向けた。
すると、金色をした牛らしき魔物が遠ざかって行く後ろ姿が見えた。
近くに他に魔物は居ない様で、その事に俺は安堵した。……剣は見付けられなかったが。
予備の短剣がちゃんと有ることを確認し、次に体の調子を確認する。
そして、気付いた。
頭がひんやりとしていることに。
ハゲ頭を手で触わってみると、ねっちょりとしていた。
あの金色をした牛みたいな魔物に舐められていたのだろう。
「くそう。舐めやがって。」
思わず口から出たそのセリフに、自分で笑い出しそうになった。
他の装備を調べて、無事であることを確認した。
だが、メインの武器を失ってしまったのだ。
サッサとダンジョンから出るしかあるまい。
俺は立ち上がり、体の調子を確かめながら上の階層へ続く階段に向かって歩き出した。
◇ ◇
『そろそろ引退すべきかもしれんな……。』
第一階層まで戻って来てホッとした俺は、そんな事を考えながら出口に向かって歩いて行く。
この歳まで冒険者としてやってこれた。
それなりに腕が立つと自負していたのだが、たかだか12階層程度で意識を失って倒れていたなんてな。
しかも、どうして意識を失っていたのか、まるで憶えていないし……。
こうして命があるだけでも幸運だった。
そう思ったら、これまでの冒険者人生で経験した色々な出来事が頭の中を過った。
それらの思い出の最後が、金色の牛に頭を舐められたことになってしまうことに、「ハハハ……。」と、乾いた笑いが出た。
だが、笑い話でこの生活を終われるのは悪い事ではないだろう。
そう考えた俺は、晴れやかな気持ちでダンジョンから出たのだった。
ダンジョンから帰って来た日の夜。
行き付けの酒場でマスターに告げた。
「マスター、俺はもう冒険者を引退することにしたよ。」
「…………そうか。」
ん? 何だかマスターの反応が変だな?
マスターからは『そろそろ引退したらどうだ?』と何度も言われていたというのにな。
「……個室で話そう。」
個室で?
一体、俺に何の話が有るって言うんだろう?
俺はただ、『冒険者を引退する』って話をしただけなんだけどな。
不思議に思ったが、俺はマスターの後を追って個室に向かった。
「その頭はどうした?」
個室に入り、くたびれたソファーに腰を下ろすと、向かいの席から身を乗り出してくるマスターからそう訊かれた。初めて見るような真面目な顔で。
ん? 頭?
俺は無意識に自分の頭を触る。ハゲ仲間のマスターと同じ、自分のハゲ頭を。
ジョリ
へ?
いつもと違う感触に戸惑いつつ、俺は自分のハゲ頭を撫でる。
ジョリ ジョリ ジョリ ジョリ
へ? へ? へ? へ?
「なんだこれ?」
思わずマスターに訊いてしまう。
「こっちが訊いてんだよ。」
マスターからそう返事が返って来た。”呆れ”と”真剣さ”が混ざった様な声で。
そんなマスターは、俺の頭をジッと見詰め続けていた。
「ダンジョンで何かあったのか?(ヒソヒソ)」
さらにズイッと身を乗り出してきたマスターからそう訊かれた。囁く様な声で。
ダンジョンで?
マスターにそう訊かれた俺は、あの出来事を思い出した。
ダンジョンで見た金色をした牛みたいな魔物に頭を舐められたことを。
俺は、マスターにあの出来事を話した。
それ以外に思い当たるものなんて無かったからだ。
「冒険者は引退するんだな?」
「ああ。」
「それじゃあ、その情報は貴族に売れ。きっと高く買ってくれるぞ。いい退職金になる。俺が仲介してやろう。」
なるほど。
確かに、この情報は金になりそうだ。
「その前に、もう一度くらいは確認しておいた方がいいだろう。貴族サマを相手にするんだ。『間違いでした。』なんてことになったら大事だからな。(ソワソワ)」
マスターはそう言いながら、俺の頭をずっと見詰め続けていた。ちょっと気持ちの悪い笑みを浮かべながら。
翌朝。
俺はマスターに急かされながら、二人でダンジョンに入った。
昨日、『冒険者を引退する。』って決めたばかりだったのにな。
(設定)
(レアードは何でダンジョンの中で倒れていたの?)
レアードが気を失っていたことやその理由を憶えていなかったこと、メインの武器を無くしていたことや、頭を金色の牛に舐められていたことも、すべてダンジョンマスターのダーラムさんがしたことです。
その目的は、金色の牛の噂を広めてもらい、ダンジョンに人を呼び込む為です。
(ダンジョンの上の階層へ行く階段についての補足)
ボス部屋のある階層から下の階層へ行く際は、ボス部屋にある魔法陣から【転送】で行きます。
その逆は、登り専用の階段があって、それを利用して行きます。
11階層からボス部屋のある10階層へ階段で登って行くと、10階層にランダムで出口が現れます。その出口からは入ることは出来ず、ボス部屋を避けて下の階層へ行くことは出来なくなっています。