06 目覚まし時計作りと、ナナシの携帯端末01
(人名)
ケイト
ナナシの護衛の一人。最強格の一人。『鉄壁』の二つ名持ち。クーリと一日交代でナナシの護衛に就いている。ナナシの護衛として部屋に居る時間は、ほとんど大きなペンギン型ゴーレムに抱き着いてモフモフに顔を埋めている。
携帯電話を王妃様に引き渡した翌日の午後。
俺は、被服部のミリィさんに作ってもらったホルスターを身に着けて、ご満悦です。
イイよねっ。こういうのっ。
男の子だからテンションが上がってしまいます。(ニヤニヤ)
追加で付けてもらったポケット。そこから取り出すフリをしながら【無限収納】からお金を取り出す動きをシミュレーションします。
手がスルリと出入りする感じで、とてもいい感じです。
こうしたちょっとした事でも、この王宮の被服部の技術力の高さをひしひしと感じます。うむうむ。(大満足)
次に、携帯端末をホルスターに収納しようと、テーブルの上に視線を向ける。
テーブルの上では……。
【多重思考さん】が用意してくれた”手足が生えた携帯電話型ゴーレム”が、元気に薙刀を振り回しています。
『……【多重思考さん】? 何で試作1号機なの? 普通の端末でよかったんだけど?』
『普通の端末では何も面白くありませんので。』
『いやいや。そもそも面白くする必要自体が無いからね?』
王妃様に持つように言われたから持つだけだし。
『いえいえ。面白さは最優先ですよ。本体さん(=ナナシのこと)はそういう運命なのです。』
『勝手に決め付けんなや。いらねぇよ、そんな運命!』
『運命じゃ。』
『やかましいわ!』
変な声で変な事を言った【多重思考さん】を、一言で切り捨てました。
改めてテーブルの上の”ソレ”に視線を向ける。
手足が生えた携帯電話型ゴーレムが元気に薙刀を振り回しています。
コレを身に着けたくはないよなぁ。コイツ、絶対に脇のところでモゾモゾするだろ。
その様子を想像してゲンナリしてしまいます。
「薙刀の振り方が全然なってないねー。」
俺がそんな事を考えていたら、いつの間にかテーブルの横にしゃがみ込んでいたケイトがテーブルの上のソイツを見ながらダメ出しをします。
でも、『薙刀の振り方が全然なってない』ってダメ出しをされる携帯端末って、一体、何なんだろうか?(遠い目)
「実際に振っているところを見せた方がいいよねー。」
ケイトはそう言うと、携帯電話型ゴーレムを手に持って何処かに行ってしまった。俺が遠い目をしている間に。
えーーっと。
まぁ、いいか。
王妃様から持つように言われてるけど、今日は出掛ける予定は無いから持っていなくても大丈夫だろう。
そういえば、ケイトの声を久しぶりに聞いた気がするな。
ここしばらくは、でっかいペンギン型ゴーレムに抱き着いている後ろ姿しか見ていなかったからなぁ。
チラリと、壁際に鎮座しているでっかいペンギン型ゴーレムに目を向ける。
お腹の辺りが少し凹んでいる様に見えるのは、あそこがいつもケイトが顔を埋めていた場所だからなのだろう。
『護衛とは?』とか考えてしまうけど、ケイトについては今更だろう。
俺は色々と諦めて、今日予定していた『目覚まし時計』作りに意識を切り替えることにしました。
さて。
『目覚まし時計』作りについて最初にする事は、【多重思考さん】に進捗状況を訊くことだ。
『そこんとこ、どうなのー?』(←相変わらず訊き方が雑です)
『かなり難航しています。時計なんて簡単に作れると思っていたのですが、作り始めてみたら意外と分からないことだらけでした。』
あれ? そうなの?
時計なんて、ゼンマイと歯車を組み合わせて針を回転させれば出来上がるものだと思ってたんだけど?
『【製作グループ】もそう考えていたのですが、そうやって作った試作機には大笑いさせられました。体があったら腹を抱えて転げ回っていたと思います。』
『そんなにか?』
『はい。思わず、腹を抱えて転げ回るだけのゴーレムを作って、転げ回らせてしまいました。』
『わざわざ、そんなおかしなゴーレムを作ってんぢゃねぇよ。』
使い途がピンポイントすぎて、他に使い途が無ぇだろうが!
そんなツッコミを入れつつ、取り敢えず、その試作機とやらを見せてもらうことにします。
テーブルの上に、一辺が40cmくらいの箱型の物が置かれた。
その正面いっぱいに文字盤があって、その中心から時針と分針らしき長さが異なる二本の針が伸びている。
『では、動かします。見ててください。』
『おう。』
ビュオウッ! ブゥーーン!
そんな音を立てて二本の針が回った。スゴイ勢いで。
何これ?
ゥゥーーン
そして、10秒も経たずに、ブン回っていた針が止まった。
えーーっと。
何これ?(さっきぶり二回目)
『ゼンマイを動力に、歯車を介して時針と分針を回しています。』
うん。確かに回っていたね。
スゴイ勢いでブン回って、あっと言う間にゼンマイの動力を使い切っちゃったみたいだったけど。
想像以上にダメダメだったけど、どうして、こんな風になっちゃったのかな?
『運命じゃ。』
『や、め、ろ!』
そのセリフをこのタイミングで使うんぢゃねぇよ! マジでやめて。
『で。どうしてこんなことに?』
改めて【多重思考さん】に訊いた。
『どうやら、ただゼンマイの動力を使って歯車を回すだけではダメで、ゼンマイの動力を断続的に歯車に伝える仕組みが必要なんだと思います。』
そうなのか。
そうなると、かなり基本的なところから時計の構造を分かっていなかったことになっちゃうね。
『ゼンマイの動力を断続的に歯車に伝える仕組みを考えて、”振り子”を使うことを思い付きました。』
ほう。振り子か……。
【多重思考さん】にそう言われて、俺は、田舎の家にあった大きな振り子時計を思い出す。
大きな振り子時計の、ゆうーっくりと左右に振れていた大きな振り子。その様子を思い出しながら、俺は、振り子の動きを動力にして針を動かしているのだとばかり思っていたが、『あれはゼンマイの動力を断続的に繋ぐ為のものだったのかもしれない』と考えを改めた。その大きな振り子時計もゼンマイを巻いていたしね。
なるほどね。振り子時計ってそういう仕組みだったのか。
きっと時計特有の『カチッ、カチッ』っていう音も、動力を断続的に繋いだ時に発生する音だったのだろう。
時計なんて、ゼンマイと歯車だけで簡単に作れるものだと思い込んでいたけど、実際には知らない事が多かったんだね。
それなら難航しちゃうのも当然だよね。
俺が、そう色々と納得したところで、【多重思考さん】が話を続ける。
『そんな理由で想像以上に難航しています。それと、そもそも目覚まし時計に振り子が使えるとも思えませんので、何か振り子に代わる物も考えなければなりません。』
そうだね。目覚まし時計は、鳴っている音を止める時に手で触るんだから振り子を使うのはダメだよね。
『振り子時計』は何となく作れそうな気がしたけど、『目覚まし時計』ってどうやって作ったらいいんだろう?
思っていた以上に難問だったね。
前の世界の目覚まし時計ってどういう仕組みになっていたんだろう?
動力は電池とモーターだ。『クォーツ』ってのは『水晶振動子』と言って、それはただタイミングを計る為の物だったはず。
針を動かす動力を断続的に繋切ったりしていた部品って、何だったんだろう?
あれれ? 分からないや。
あ。そういえば『テンプ』っていう部品があったな。柔らかいゼンマイみたいなのが。
きっと、あれが振り子の代わりをしていたんだろう。
そう考えた俺は、『テンプ』の試作と、それを使った時計の試作を【製作グループ】にお願いすることにしました。
よろしく。(←相変わらす丸投げが雑です)
夕方。
ソファーに座って目覚まし時計についてあれこれ考えていたら、ケイトが帰って来た。
そのケイトが携帯電話型ゴーレムを片手に、俺に訊く。
「王妃様の声でコレに怒られたんだけど、コレって何ー?」
『コレって何ー?』ぢゃねぇよ。
何なのか分からない物を持って行くなよなっ。
俺は、無言でケイトの手から携帯電話型ゴーレムを奪い取ると、テーブルの上に置きます。
テーブルの上に置かれた携帯電話型ゴーレムは、早速、薙刀を元気よく振り回し始めました。
……コイツも、マジでどうしようかな?
今日は考えることが沢山あって、うんざりするね。
「動きが良くなったでしょー。」
ケイトがそう言う。ちょっと嬉しそうな声で。
でも、ソレさぁ、携帯電話なんだ。
薙刀を振り回す必要なんて微塵も無いし、動きが良くなったからと言って、『だから何?』としか言いようがないんだよなぁ。
俺は疲れた目で、薙刀を元気よく振り回している携帯電話型ゴーレムをぼんやりと眺めます。
確かに動きが良くなった様な気がして、何故だかちょっとだけイラッとしました。
(設定)
(時計の構造について)
文中で出ている時計の構造は、あくまでもナナシの認識で、実際の時計とは異なっている部分があると思います。
ちなみに、実際の目覚まし時計にはステップモーターが使われているみたいです。安価なわけです。
(携帯電話の端末の製作状況(『糸無し糸電話』以降))
試作零号機(失敗作)
マイクとスピーカーを省いて【ゲート】だけで声を伝えようとした試作機。音(=空気の振動)が【ゲート】では送れないことが判明して失敗。廃棄されて素材に。
試作1号機
沢山の小さな木のブロックを素材としたゴーレムとして製作された。完成品だが、手足が有ることをナナシに問題視されてお蔵入り。『これを王妃様に見せたらガイ〇ンな端末を作らされんぞ。』と。『0774』の電話番号を与えられて、ナナシ用携帯端末として使用開始。尚、手足は本体と一体化させることも可能。
試作2号機
試作1号機から手足を生やす機能を取り除いたもの。以前、完成品として王妃様に披露したのはこの端末。製品版と機能は同じだが色が地味。予備機として【無限収納】の中に仕舞われているのだがナナシは忘れてしまっている模様。
製品版
30台だけ製作を依頼されて王妃様に引き渡された。『0000』~『0029』までの電話番号が与えられている。色の違う沢山の小さな木のブロックをランダムに組み合わせて製作されていて、端末ごとに模様が異なっている。『0010』~『0029』の端末はこの後メイド長に引き渡されることになっている。




