05 メイド大乱01 発覚。来た、見た、走った
(お詫びと、おしらせ)
投稿、再開します。
中断してしまい、申し訳ありませんでした。
この章の最後まで毎日投稿します。既に予約投稿済みですのでご安心ください。
(人名)
ケイト
王宮のメイド。最強格の一人。『鉄壁』の二つ名を持つ。
ナナシの護衛を、クーリと交代で務めている。
メイドにファンが大勢おり、『ケイト親衛隊』なるものが存在する。
剣術大会が行われているこの日は非番。
カタリナ
王宮のメイド。ケイト親衛隊に所属。
ケイト親衛隊には、前身の『ケイト育成会』の頃から所属。
ローズ
王宮のメイド。ケイト親衛隊に所属。
カタリナとは同期。(メイドもケイト親衛隊も)
カレン
王宮のメイド。ケイト親衛隊に所属。
ケイト親衛隊にはファンクラブ化が進んでから加入。俊足。
「何だか……、ケイト様っぽい。」
剣術大会が行われている会場の観客席の一角。
決勝戦を観戦していた王宮のメイドの一人が無意識に零したその呟きに、近くに居たメイドたちはハッとなった。
それは、後に『メイド大乱』と呼ばれることになる騒動の幕開けであった。
< 王宮のメイド カタリナ視点 >
私たちは、今、剣術大会を観戦している。
王宮騎士団が主催する王宮騎士団の為の大会だ。
普段なら観戦しに来ることなど無い。
だが今回は、事前に『ククラス侯爵領から領軍の代表としてやって来る者たちが面白い戦い方をする。』という情報が作戦部からもたらされていたので、こうして私たちは観戦しに来ていた。
なるほど。
確かに、ククラス侯爵領からやって来た者たちは面白い戦い方をする。
対戦相手の肩や肘の関節を外して戦闘不能にするその戦い方は、私がやらない戦い方だった。
速攻型の私は、一撃で意識を刈り取る戦い方をする。
だが、不埒な貴族のボンボンなんかを相手にする時は、こういうのもいいかもしれない。
一撃で意識を刈り取ってしまうよりも、関節を外してやって長い時間痛い思いをさせてやった方が教育が捗るだろうしな。
ククラス侯爵領からやって来た面白い戦い方をする者たち。彼らは決勝戦まで勝ち上がった。
きっと、決勝戦でも彼らが勝つのだろう。長剣を振り回す王宮騎士団の連中とは相性が良いしな。
あの様な剣を使わない戦い方をする者たちに剣術大会の優勝を攫われて、王宮騎士団の連中がどんな顔をするのか今から楽しみだ。
そんな事を考えながら決勝戦を観戦していたのだが……。
その一試合目で予想外の出来事が起きた。
優勝候補(笑)の王宮騎士団の代表チームの先鋒が、長剣を鞘ごと投げ付けて相手を倒してしまったのだ。
その、あまりの出来事に、会場が静まり返った。
私も驚いた。
よりによって王宮騎士団の代表として出場している者が、この『剣術大会』の決勝戦の舞台で長剣を鞘ごと投げ付けて相手を倒してしまうとは……。
だが、負けたくない一心で長剣の一番良い使い途を必死に考えた結果、『扱い難い長剣なんて相手に投げ付けるのが一番だ!』と、その事実にやっと気付いたと考えてしまったら、吹き出すのを堪えるのが大変だった。(プルプル)
決勝戦の二試合目。
この試合では、長剣を相手に投げ付ける事はしなかった。
さすがに『あれはない。』と周囲の者たちに止められたのだろう。
チームの大将らしき男が顔を真っ赤にして怒鳴っていたのが、ここからでも見えたしな。プププッ。
長剣を投げ付ける事はしなかったが、二試合目も王宮騎士団の代表チームの先鋒が勝った。
腕を掴みに来る相手の手を払い除けながら、隙を突いて相手のアゴをアッパーで打ち抜いて。
確かに、ああして腕を掴みに来る相手にはアッパーが有効だな。向こうからやって来てくれるのだから、そこにタイミングを合わせるだけでいいのだしな。
でも、長剣を使わないのはどうしてなのだろう? 『剣術大会』の決勝戦に王宮騎士団の代表として出場しているのにな。
だが、あの男が長剣を使おうとしないのも理解できる。
長剣は振った後に大きな隙ができてしまうし、対戦している相手はその隙を突くことで勝ち上がってきたのだからな。
まぁ、王宮騎士団が主催する王宮騎士団の為の大会で、王宮騎士団が制式装備としている長剣の使えなさを彼ら自身の手でアピールするのも、また一興だけどなっ。ププププッ。
三試合目。
この試合も王宮騎士団の代表チームの先鋒が勝った。
今度はハイキック一発で。
なかなか見事なハイキックだった。
王宮騎士団にも、あれ程の使い手が居たのだな。
相変わらず長剣を使わない事には笑ってしまうが。プププププッ。
あー、そろそろ腹筋が痛くなってきた。
見ているだけの私に、これ程までのダメージを与えてくるとはっ。
やるな、王宮騎士団(笑)!(プルプルプルプル)
そんな事を考えてプルプルしていた時……。
私の耳にその呟きが聞こえてきた。
「何だか……、ケイト様っぽい。」
その『思わず口から零れた』といった感じの小さな呟き。
それを耳にした私は、無意識に後ろを振り返っていた。
その呟きは前の方から聞こえてきた。それなのに後ろを振り返ったのは、本当に無意識だった。
だが、振り返った先に……。
観戦していたはずの作戦部の課長たちの姿が見えない事に気が付くと、私はそこに向かって走り出していた。
私よりも先に走り出していたらしい同期のローズが、課長たちが座っていたイスに手を当てるのが見えた。
そして、こちらを振り返って言う。
「もう冷たい!」
それを聞いた私は、走る勢いをそのままに観客席の通路を駆け上がる。
出口へ向かいながら、途中で確認の為に遠くにある貴賓席を見る。
すると、そこには国王陛下しか座っておられなかった。
王妃様も姫様もナナシ様も、そこにはいらっしゃらなかったのだ。
それを見て、私は確信した。
先ほど、舞台の上で見事なハイキックを相手のテンプルに打ち込んでいた”彼”は、ケイト様の関係者だ。
それも……。
おそらく兄か弟だ。
今思うと、横顔が似ていた気がするし。
ケイト様に兄弟は居ないはずだった。
願望の籠もったそんな噂が立つたびに、何の裏付けも得られないまま消えていったのだから。これまでに何度も。
だが……。
舞台の上に勝ち残っている”彼”がケイト様と無関係であるならば、課長たちも王妃様もこの会場から立ち去ったりはしていなかっただろう。
『イスが既に冷たかった』ということは、課長たちは”彼”が舞台に上がった時にこの会場から立ち去っていたのだろう。時を同じくして王妃様たちも。
これまで巧妙に隠し通していたケイト様の兄弟の存在が、私たち『ケイト様親衛隊』の者たちにバレてしまうと考えて。
問い詰めなければならないだろう。”彼”の正体を。
走りながら、私は考える。
問い詰めるなら誰がいい? 誰なら捕まえられる?
ナナシ様もいらっしゃらなかったので、王妃様はナナシ様の転移魔法でこの会場から立ち去ったに違いない。
ならば、一番捕まえ易いのは、執務室に居るはずのメイド長か?
そんな事を考えながらもずっと走り続けていた私は、会場を飛び出した。
そして、私の隣を走る同期のローズと走りながら話し合う。
「メイド長を捕まえよう!」
「あと、作戦部長も!」
”彼”の正体を知っていそうな幹部たちの中で、会場に居た作戦部の課長たちには既に逃げられてしまっている。
逃げられた課長たちよりも、会場に来ていなかったメイド長と作戦部長の方が捕まえ易いだろう。
その二人なら、間違いなく”彼”の正体を知っているはずだしな。
私とローズは走り続ける。
背後からさらに10人ほどが駆けて来る気配を感じながら。
走り続ける私たちに、俊足のカレンが追いついた。
彼女に、走りながら指示をする。
「私たちは、メイド長と作戦部長を押さえに行く!」
「はい!」
「親衛隊員に声を掛け、王妃様と姫様とナナシ様の部屋に向かわせろ! あと、メイド1部にも!」
「! はい!」
「『二つ名』持ちを取り込めるだけ取り込め! それと、第11食堂を押さえろ。今日は使う予定が無い。そこに本部を置け!」
「はい!」
走りながらさらに打ち合わせを続けた私たちは、走る勢いを緩めぬまま建物に飛び込む。
そして、目的地を目指して階段を駆け上がった。
途中でローズとカレンと別れて、私はメイド長の執務室へ向かって走る。
執務室の前で急停止。ノックをしてからガバッとドアを開けて中に入る。
メイド長は……、居ない。
執務机の向こうで暇そうに控えていた護衛のメイドに訊く。
「メイド長はどちらに?」
「王妃様に呼ばれて席を外されています。」
くっ。遅かったか。
だが、できるだけ情報が欲しい。
執務室でメイド長を捕捉できなかった事に焦りながら、大事なことをもう一度訊く。
「どちらに?」
「ここに来たメイドに、一言暗号めいたことを言われて……。私たちにはここに残るように言ってから、お一人でここを出て行かれました。ですので、何処へ行かれたのかは分かりません。」
ぬう。
だが、暗号が使われたらしいということは『想定していた重大な事態が起きた』ということだ。
これで、ますます”彼”がケイト様の兄弟だという疑いが強まったな。
私は執務室から飛び出すと、本部を置くように指示した第11食堂に向かった。
階段を駆け下りて廊下を走り、第11食堂に飛び込む。
食堂内にはケイト様親衛隊の隊員が数人居て、壁際に立てた衝立に大きな紙を貼り付けているところだった。
私は、そんな彼女たちに向かって言う。
「メイド長は所在不明! 王妃様から呼び出し! それと、暗号が使われた模様!」
「おおっ!」、「暗号が?!」、「これで、ますます……。」、「今回は間違いないのでは?」
そんな声が上がる中、一人がハケにインクを付けて貼られたばかりの大きな紙に書く。『メイド長 所在不明 王妃様から呼び出し 暗号が使われた模様』と。
暗号が使われたことにケイト様の兄弟の存在を確信して盛り上がる隊員たち。
そんな彼女たちを眺めつつ、私は呼吸を整えながら他の情報が来るのを待つ。
すると、作戦部長を押さえに向かっていたローズが駆け込んで来た。
「作戦部! 幹部全員所在不明! 作戦部長は王妃様から暗号で呼び出し! 課長たちは戻って来ていない!」
「はいっ。」
その情報も大きな紙に書き加えられた。
作戦部長も捕まえられなかったか……。
そして、メイド長も作戦部長も王妃様から暗号を使って呼び出されている。
どうやら、今回は本当に”当たり”らしい。
何としても誰かを捕まえて、”彼”について問い詰めなければっ。
我々が執務室に行くよりも先に王妃様に呼び出されてしまっていて、メイド長も作戦部長も捕まえられなかった。
だが、その呼び出した王妃様は何処にいらっしゃるのだろうか?
私たちが会場からここまで走って来たにも関わらず、それよりも先に呼び出すことが出来ていることを考えれば、王妃様はナナシ様の転移魔法でこちらに戻って来たとみて間違いないだろう。
転移魔法は何処にでも行けるほど便利な魔法ではなかったはず。ならば、王妃様はナナシ様の部屋にいらっしゃる可能性が高いだろう。
そう考えた私は、ナナシ様の部屋に向かったはずの隊員たちが情報を持って来るのを待たずに、そこへ向かうべく本部を出た。
本部を出て、すぐ。
向こうから廊下を走って来るメイドの姿が見えた。
隊員が何か情報を持って来たのだろう。
壁際に寄って彼女を通してやり、私はその場で、彼女が報告する内容に耳を傾ける。
「隊長発見! 王妃様のっ、部屋の前!」
それを聞いた私は、王妃様の部屋に向かって駆け出した。
隊長(=ケイト様親衛隊の隊長=作戦部作戦三課の課長)ならば、”彼”の正体を知っているはずだ。隊長は、ケイト様の従姉でもあるのだしなっ。
私は、隊長に会って”彼”の正体を問い詰めるべく、王妃様の部屋に向かって廊下を走るのだった。
(設定)
(『ケイト親衛隊』の名称の揺らぎについて)
『ケイト親衛隊』と『ケイト”様”親衛隊』が混在していますが、『ケイト親衛隊』が正式名称で『ケイト”様”親衛隊』は隊員たちが呼んでいる名称です。
(裏話)
”普通でないメイド”を統括しているメイド1部の部長も、ケイトの兄弟の存在を把握している可能性があります。
そのメイド1部の係長級には『ケイト育成会』に所属していた武闘派の先輩たちが多く居て、その先輩たちに、今のファンクラブと化しつつある『ケイト親衛隊』はよく思われていません。
カレンがカタリナから「あと、メイド1部にも!」と言われた時の返事が、「! はい!」となってしまっていたのは、『え? 行きたくないんだけどっ!』とカレンが思ったからです。なお、カレンは他の者に行かせた模様。




