25 外伝 魔王の服とでっかいペンギン
< 【多重思考さん】視点 >
”ツノ付きカチューシャ”は素晴らしい物が出来上がりました。
鹿のツノをイメージして作られたソレは、美しい木目が目を惹き、【森の破壊王】でもある魔王様に相応しい逸品となっています。
ですが、そういえば、魔王らしい服って有りませんでしたね。
勇者が現れたのです。勇者と相見える時の為に魔王らしく見える服を作っておきましょう。
【製作グループ】では服を作れませんので被服部に製作を依頼しましょう。
ですが、どう言って作ってもらったらいいんですかね?
取り敢えず、【製作グループ】にデザインを考えるように指示を出し、私は被服部に製作を依頼する方法を考えることにします。
数日後。
魔王様の服のデザインが決まりました。
ローブに軍服っぽさを加えた、なかなか良いデザインだと思います。
うっかり、フードの付いた服をデザインしてしまって、慌ててやり直すというミスをしてしまいましたが、良いデザインが出来上がったと思います。
後は、被服部に製作を依頼するだけです。
依頼する口実や手段は、既に考えています。
デザインが決まった今。後は、実行するだけです。
私は魔法を掛けます。
本体さん(=ナナシのこと)に。
体の制御を奪うと同時に。
『【スリープ】。』
『あ?!』
本体さんを【スリープ】の魔法で眠らせた私は、本体さんの体を操作して被服部のミリィさんを呼び出し、製作を依頼しました。
出来上がってくるのが楽しみです。
< ナナシ視点 >
【多重思考さん】に【スリープ】を掛けられて眠らされてから数日が経った。
だが、【多重思考さん】が俺を眠らせて、その間に何をしていたのかは、未だに分からないままだ。
そんなある日。
「失礼しまぁぁす。」
ふらふら ヘロヘロ
モスッ
ふらふらと部屋にやって来た誰かが、抱きかかえていた、自身の体よりも大きな物体をモスッと床に置いた。
「イイモノが出来上がりましたよ。(ニコリ)」
そう笑顔で言いながら、その大きな物体の向こうから姿を現したのは、やや疲れた顔をした被服部のミリィさんだった。
俺が『ミリィさんに何か頼んでいたっけ?』と疑問に思っていたら、頭の中で『注文通りのイイ出来です。』なんて言う【多重思考さん】の声が聞こえてきた。
どうやらあの物体は、【多重思考さん】がミリィさんに製作を依頼した物の様だ。
俺が知らないということは、先日、俺が【多重思考さん】に【スリープ】を掛けられて眠らされていた時に依頼をしたのかな?
【多重思考さん】を追及する事は今は後回しにして、俺はその物体を見る。
大きなペンギンだ。
俺の身長と大して変わらないくらいの大きさがあり、コートの様な裾の長い服を着せられている。
その服には軍服っぽさを感じる。だが、ボタンを留めずに前が大きく開けられている為、白くてモフモフしたお腹がコートからはみ出しまくっている。
お堅い印象のある服の割には威厳がまったく無い。ヤンキーが学ランの前を全開にしているみたいにも見えるしね。
威厳の代わりにそこに有るのはモフモフだ。
思わず抱き着きたくなるモフモフだね。
と、そう思った時には、既に俺は抱き着いていた。(モフモフ)
この大きなモフモフ攻撃は破壊力がスゴイです。
むはーー!(モフモフモフモフ)
モフモフを堪能している俺のすぐ傍からミリィさんの声が聞こえてくる。
「抱き着くと暖かく…。」、「モフモフが…。」、「ペンギン課長…。」とかなんとか言っているみたいですが、それらはそのまま耳を素通りして行きます。
本当にモフモフは最高だぜっ。
むはーー!(モフモフモフモフ)
ミリィさんが持って来たこの大きなペンギン型ゴーレムは、部屋に置いておくことになりました。
【多重思考さん】がどうしてこんな大きなペンギン型ゴーレムを作らせたのかはまったく分からないけど、それはまぁいいや。
モフモフ分が不足した時にすぐに補給できる事を喜ぼう。うん。
大きなモフモフは大正義だしなっ。
むはーー!(モフモフモフモフ)
こうしてモフモフの虜になったナナシ。
彼は、【多重思考さん】の製作依頼の本命が”服”の方であった事や、その服が『魔王ナナシの服』であった事に、まったく気付かないのであった。
< ミリィ視点 >
「ただいま帰りましたー。」
「おかえりー。」、「おかえりー。」
配達を終えて被服部に戻った私は、先輩たちの「おかえりー。」の声を聞きながらエイラさんの作業部屋に向かいます。
ですが、作業部屋の中に置いておけずにドアの外に置いておいた、私が楽しみにしていた”モフモフ”の姿が見えません。
む。
少し離れたところに人だかりがありました。
私はそこに急いで向かいながら、群がっている先輩たちに言います。
「コラー! 『ペンギン課長』のモフモフは私のだー!」
私がそう言うと、人だかりの一番外に居た先輩の一人がこちらを向き、私を押し留めながら言います。
「ま、まぁ待ちなさい、ミリィ。モフモフは何処にも逃げないわ。」
そんな先輩に私は言い返します。
「私のモフモフ時間が減ってしまいます。今現在、減っている状況です。」
「この素晴らしいモフモフは、被服部の皆の財産よ。」
「ナナシ様関連の予算は国から出ているので、このモフモフは被服部の財産という訳ではありません。」
「ぐっ。」
「早く退いてくださいよ。配達で疲れてモフモフ分が減っているんです。誰も手伝ってくれなかったですしっ。階段を登るの大変だったんですよ? 前が見えなくてっ。」
「そ、それは…。で、でも、グラストリィ公爵のところへの配達なんて、恐れ多いし…。」
「そんな事を言って、私が配達に行っている間にモフモフモフモフしていたんですよね? 皆でモフモフモフモフしていたんですよねっ?! 私が配達に行っている間に!(ズズズイッ)」
「そ、それは…。(タジタジ)」
その先輩はタジタジになりつつも、私の前から退こうとはしてくれません。
この先輩と話していても埒が明きませんね。
ふっ、仕方がありません。
私だって、いつまでも下っ端のままではないのです。(ギラリン)
「吶! 喊!」
うらうらうらうらぁぁぁぁぁー!
「うわっ?! ミリィが切れた!」
「えっ?!」、「なにっ?!」、「このモフモフは誰にも渡さないわ!」、「『ペンギン課長』はウチの課長にするんだ!」、「ダメよ! ウチのよ!」、「どうして、あの可愛かったミリィがっ?!」、「きっとエイラの悪影響よ!」
ドッタンバッタン ドッタンバッタン
この大きなモフモフを巡る騒動は、席を外していた部長が戻って来るまで続いたのだった。
あの出来事の後、多くのモフモフたちが先輩たちの手で自作されました。
あちらこちらに大きなペンギンのぬいぐるみが鎮座し、製作途中の抱き枕が積み上げられている様子は、以前の被服部の光景とは大きく異なっている気がします。
まぁ、私は仕事とモフモフが有れば、それでいいのですが。
今日も私はナナシ様のところへ向かいます。ゴーレムの骨格を受け取りに。
出掛ける前に『ペンギン課長』を十二分にモフモフモフモフしてから。
(設定)
(でっかいペンギン一号)
『魔王ナナシの服』を製作する事を目的に、【多重思考さん】がナナシの体を操作して被服部のミリィに製作を依頼して作られた大きなペンギン型ゴーレム。
緻密に計算されて作られたゴーレムの骨格に、エイラが綿と毛皮で包み込んで製作。それに、【製作グループ】が作成したデザイン画の通りにミリィが作った服が着せられている。
服の前のボタンを一つも留めることが出来ていないが、これは、ボテッとした体形のペンギン型ゴーレムにナナシ用に作られた服を着せているからである。
こんな面倒な事をしたのは、『魔王ナナシの服』を『でっかいペンギン一号の服』と誤認させることで、ナナシに捨てられてしまうのを防ぐ為である。
でっかいペンギン一号はゴーレムなので自律歩行が可能だが、ナナシの部屋に『ぬいぐるみモード』で鎮座し、毎日モフモフを提供している。
(でっかいペンギン零号(『ペンギン課長』))
でっかいペンギン一号の試作として製作された大きなペンギン型ゴーレム。
当初、製作する予定は無かったのだが、製作依頼を受けたミリィから「これまでのものと大きさが全然違うので試作が絶対に必要です!」と言われて、急遽、ゴーレムの骨格をもう一つ作って製作された。
完成後、エイラの作業部屋に『ぬいぐるみモード』で鎮座している。服を着ていない為、常時全方向へモフモフを提供している。
その存在感から『ペンギン課長』とミリィに名付けられた。
現在、被服部では、『ペンギン課長』に魅了された者たちの手により多数の大きなペンギンのぬいぐるみが自作され、作業場の至る所に鎮座している姿が見られる。




