23 ナナシ、トイレの魔道具で発生してしまう水素の処理を考える。そして…
大臣と王妃様に頼まれて、グシククの街に在るダンジョンの中に水場を作った。
それ以降は特に面倒な依頼も無く、ノンビリと過ごせている。
王妃様から大金をせしめて予算を削り切った事が効いているのだろう。目覚まし時計の製作も後回しにする様に言われたし。
そんな、ある日の早朝。
起きて、ケイティさんに着せ替えさせられて、居間に行く。
そして、窓際に控えている護衛役のメイドさんに朝の挨拶をしようとしたら、そこにはケイトではなくクーリが居た。
おや?
説明を求めて振り返ると、ケイティさんが説明してくれる。
「これからは、ケイトとクーリが交代で護衛の任務に就くことになりました。(キリッ)」
ほう。そうなのか。
どういう事情が有ったのかは知らないけど、俺が口出しする事ではないよね。
クーリに「よろしくね。あと、おはよう。」と言ってソファーに腰掛け、朝食の時間までノンビリと過ごしました。
朝食後のお茶の時間を終えて、シルフィが部屋に戻って行くのを見送った。
さて。
今日は魔道具を作ることにする。作った方が良さそうな物が有ったのでね。
俺が作ろうと思ったのは、水素を水蒸気に変える魔道具だ。
トイレの魔道具で水を分解すると水素が発生してしまう。
これまでずっと放置していたんだけど、放っておいても拡散してくれるとは言え、可燃性ガスが天井付近に溜まってしまう事を何となく不安に感じていた。
【空間拡張】で広くした馬車の中にもあのトイレを設置することになったので、この機会に対策をしよう。あの馬車の中の方がこの部屋よりも広い事は置いておいて。(苦笑)
べ、別に『あそこまで広くする必要なんて無かったよね。』とか、まったく思ってないデスヨ?(←誰に言い訳してるんだよ)
それはそれとして。
水素を処理するのは簡単だ。酸素と結合させて水蒸気にしてしまえばいいんだからね。
この国って雨が少なくて乾燥しているから、そのことによって室内の湿度が上がって困るという事も無いだろう。
俺は、頭の中で想像する。
天井付近をフヨフヨと浮いて移動しながら、水素を水蒸気に変えていく魔道具の姿を。
浮かせるなら軽い方がいいだろう。
そう思って、必要最低限の構成にしようと考える。
そうすると…。
魔晶石だけでいいのかな?
【フライ】で天井付近を移動しながら、空気中の水素と酸素を【結合】させるだけだし。
魔晶石だけで済みそうだね。
俺は、改めて頭の中で想像する。
天井付近をフヨフヨと浮いて移動する魔晶石の姿を。
うん。無いな。
もう少し見た目を何とかしようぜ。(苦笑)
天井を見上げながら、天井付近をフヨフヨと浮いて移動するものを想像する。
眺めていて良さそうなものとなると、魚だろうか?
でも、普通の魚が泳いでいるところを下から眺めても、あまり面白くはなさそうだなぁ。
『マンタなんて良さそうだ。』と思ったけど、あまり横幅があると方向転換が難しそうだね。
さらに考えて、サメにすることにした。
魚よりは動きが大きそうだし、体をくねらせて泳ぐサメの姿は鑑賞に堪えるだろう。
うん。そうしよう。
俺は『サメ型ゴーレム』を作る事に決めて、被服部に製作を頼む為に便箋にサメの絵を描き始めました。
ゴーレム製作の窓口になってもらっている被服部のミリィさんに部屋に来てもらい、俺が描いたサメの絵を見せながら相談する。
今回、被服部に作ってもらう『サメ型ゴーレム』は、骨格は無しで、ぬいぐるみに魔晶石を組み込んだだけのものにするつもりだ。浮かせるだけだから骨格は必要ないだろうしね。
「これならすぐに出来ますね。」
ミリィさんにそう言ってもらえた。
さらに色の指定や大きさなんかをミリィさんと話し合い、最後にサメ型ゴーレムに組み込んでもらう空の魔晶石を一つ渡すと、ミリィさんはワクワクした表情をしながら被服部に戻って行った。
よろしくお願いします。
夕方。
ソファーでダラーーッとしていると、部屋にミリィさんがやって来た。
笑顔で。
やや”しんなり”とした全長1mほどのサメ型ゴーレムを抱き締めながら。
向かいのソファーを勧め、ミリィさんからサメ型ゴーレムを受け取る。
ふにゅ
何だか、柔らかくてイイ触り心地です。(笑顔)
空中を泳がせておくだけだから”柔らかさ”なんてものは特に気にしていなかったけど、この、クッションよりは柔らかいけれど掛け布団ほどフニャフニャでもない絶妙な柔らかさは、何だかクセになりそうです。
思わず、もにゅもにゅフニフニと揉んでしまいます。(ニヨニヨ)
もにゅもにゅフニフニを止めて全体の出来具合をチェックをした後。何となくサメ型ゴーレムを抱き締めてみたら、ほんのりと暖かかった。
ペンギン型ゴーレムやネコ型ゴーレムと同様に【リフレクション(熱)】を付与してくれていた様だ。付与する為の魔道具を渡していたしね。
予想以上の出来に満足した俺はミリィさんに言います。
「イイ出来だね。(ニッコリ)」
「柔らかさにはこだわりましたので。(ドヤァ)」
コレを作ってくれたのはミリィさんだった様です。
ミリィさんは、『やりきったぜい。』とでも言いたげなイイ”ドヤ顔”をしています。
本当にありがとうございました。
「抱き締めていると思わず眠たくなってしまうコレは『抱き枕』という名前で製品化することに決まりました。部長の了承も得ています。」
おや?
「アイデア料については、これまでと同様に姫様と相談して決めさせていただきます。」
そう言ったミリィさんは、やる気を漲らせて部屋から出て行った。
えーっと。
俺はゴーレムの”ガワ”の製作を依頼しただけだったんだけど、どうやら『抱き枕』を爆誕させることになってしまった様です。
それは、まぁいいや。
俺は、早速、このサメ型ゴーレムに組み込んでもらった空の魔晶石にゴーレムのプログラムを書き込んで、天井付近に溜まっているはずの水素を処理することにします。
その為に作ってもらったんだしね。
決して、もにゅもにゅフニフニする為に作ってもらった訳ではないのです。やらないとは言いませんが。(もにゅもにゅフニフニ)
サメ型ゴーレムを膝の上に置き、【製作グループ】に丸投げして考えてもらっていたゴーレムのプログラムを魔晶石に書き込む。
早速、ゴーレムを起動させて、「実行。」と水素を処理させる為の”ワード”を言うと、サメ型ゴーレムは俺の膝の上から浮き上がり、空中を泳ぐ様に体をくねらせながら前に進んだ。
少し進んだ後、180度方向転換して俺の背後を通ったサメ型ゴーレムは、大きく円を描きながら少しずつ上昇していく。
その様子を目で追う。
むぎゅっ
サメ型ゴーレムが窓の近くを通り掛かった時、窓際に控えていたクーリに尾のところを掴まれた。
ジタバタジタバタ
クーリに尾を掴まれたサメ型ゴーレムは、空中で体を左右にくねらせてジタバタしている。
…えーっと。
クーリの表情を見ると、ワクワクした笑顔で目をシイタケにしていた。
ネコかな?
そんなクーリをしばらくジーーッと見詰めていたら、『ハッ!』としたクーリと目が合った。
そして、サメ型ゴーレムの尾を掴んでいた手をそっと放すクーリ。
解放されたサメ型ゴーレムは、体をくねらせながら上昇していき、天井付近を円を描く様にゆっくりと泳ぎ始めた。
このまま泳がしておけば、天井付近に溜まっているはずの水素を水蒸気に変えてくれるはずだ。
想定通りに天井付近を円を描く様に泳ぎ始めたサメ型ゴーレムに安堵した俺は、クーリの方へ視線を向ける。
すると、窓際に控えているはずのクーリは、部屋の隅に行ってこちらに背を向けて蹲ってしまっていた。
さっきの行動が恥ずかしかったのかな?
きっとクーリは、目の前にやって来たサメ型ゴーレムを無意識に掴んでしまったんだろう。ネコだし。
でも、その蹲った状態って、護衛になっているの?
まぁ、この部屋ではほとんど護衛の仕事って無いから、それでいいかー。
俺は天井を見上げ、天井付近をゆっくりと泳いでいるサメ型ゴーレムをボーーッと眺めました。
翌朝。
特にやる事も無かった俺は、『ぬいぐるみモード』にしたサメ型ゴーレムの『サメ子さん(←本日命名)』を抱いてソファーでマッタリしています。
フニフニでほんのり暖かくて最高です。(ニヨニヨ)
被服部が『抱き枕』として販売を即決するのも当然だねっ。
フニフニマッタリしていたらシルフィがやって来た。お茶の時間なのだろう。
俺のところまでやって来たシルフィは、俺が抱いていた『サメ子さん』をヒョイっと取り上げるとソファーの隅にペイッと投げ捨てた。
そして、俺の膝の上に背を向けて座り、俺の腕をシルフィを抱き締める位置に持って来る。
『サメ型ゴーレムではなく私を抱き締めなさい。』ってことなんですね。アッハイ。
その体勢のまま、俺はシルフィとお茶の時間を過ごしました。
お茶が少し飲み難かったです。(苦笑)
お茶の時間を終えて、シルフィが部屋に戻って行く。
小脇に『サメ子さん』を抱えて。
俺が『サメ子さん』を抱いていたのが、よほどお気に召さなかったみたいです。(しおしお)
天井付近に溜まっていたはず水素の処理は終わっているはずだから、まぁいいかー。
フニフニでほんのり暖かくて気持ち良かったんだけどねー。
残念だけど、仕方が無いね。
午後。
昼食後のお茶の時間を終えて、シルフィが部屋に戻って行くのを見送った。
そのままソファーでダラーーッとしていたら、クリスティーナさんが俺の部屋にやって来た。『サメ子さん』を抱き締めて。
きっと、『仕事に支障が出ますから。』とか言ってシルフィから取り上げて持って来てくれたんだろう。
ありがとうございます。
俺のところまで『サメ子さん』を持って来てくれたクリスティーナさんに向けて、両手を差し出す俺。
そんな俺にクリスティーナさんが言う。『サメ子さん』を抱き締めたまま。
「これの販売はいつからですか?」
「…えーっと。」
「これの販売はいつからですか?(圧)」
クリスティーナさんから強い圧を感じます。
「ゴ、ゴーレムとしての販売の予定は無いですが、『抱き枕』としてなら、すでに被服部が動いているそうです。(ビクビク)」
俺がそう言うと、クリスティーナさんは満足した表情で部屋に戻って行きました。
『サメ子さん』を抱き締めたまま。
えーっと。
どうして、持ち帰ってしまうんですか? クリスティーナさん。
それと、この行き場の無い俺の手って、どうしたらいいんですかね?
あるぅえぇー。
翌朝。
俺はソファーに座って寛ぎながら、【製作グループ】が作ってくれた手の平サイズの魔道具を手に持って眺めています。
これは、【加湿の魔道具】です。
テーブルの上などに置いておくと、【クリエイトミスト】の魔法で少量の霧を作り出して、乾燥しがちな室内にほどほどの湿り気を与えてくれます。
それと同時に、天井付近に溜まっている水素を空気中の酸素と結合させて水蒸気に変えてくれます。むしろ、こちらの機能の方がメインです。
そもそも、昨日『サメ型ゴーレム』を作ったのって、『【空間拡張】で広くした馬車の中にもトイレを設置することになったから、この機会に、これまで放置していた水素の問題を解決しよう。』って思って始めたんだったよねっ。
一体、何処でどう脱線してサメ型ゴーレムになってしまっていたんだろう? あの大きさだと、それほど天井が高くない馬車の中では使い難いというのにね。
あるぅえぇー。
ま、まぁ、脱線するのはいつものことだし…。(震え声)
俺はそんな『いつものこと』には目を瞑って、この【加湿の魔道具】を誰に売り込もうか考えるのでした。




