22 ナナシ、ダーラムさんにダンジョンの中に水場を作ってもらう
大臣と王妃様に頼まれて、グシククの街に在るダンジョンの中に水場を作ることになった。
その話し合いから数日後。
王宮を訪れていた領主がグシククの街まで帰るのを待って、今日、ダンジョンの中に水場を作ります。
護衛の兵士たちを引き連れてダンジョンの一階層目を歩く領主のククラス侯爵。彼らと一緒に俺もケイティさんとケイトを引き連れて歩きます。
しばらく歩き、二階層目に続く階段を素通りして、一番奥の壁の手前まで来ました。
ここに水場を作ります。
ダンジョンの入り口から遠いこんな場所に水場を作るのは、水を汲みに来た人たちに、より長い時間ダンジョンの中に居てもらう為です。その方がダンジョン的には助かるんだそうで。
「この場所がこの階層で一番魔力が多いので、ここに水場を作ります。」
俺は、ククラス侯爵にそんな”それっぽい事”を言ってから、水場作りに取り掛かる。
とは言っても、実際に作るのはダンジョンマスターのダーラムさんで、俺は、さも自分が作っているかの様に振舞うだけです。
「ター。(棒)」
そう、棒読みな掛け声をあげると共に、俺はそれっぽく手をかざす。
そんな俺の様子を何処からか見ているはずのダーラムさんが、『謎のダンジョンパワー』を使って水場を作る。俺が前もって渡しておいた、王妃様が描いた水場の絵の通りに。ただし、ガ〇ガンは除く。
ズモモモッて感じで、一分も掛からずに、外周部に何カ所か出っ張りがある半円形の池が出来上がった。
「ソヤー。(棒)」
引き続き俺がそんな掛け声をあげると、半円形の池の奥の一段高くなっている壁の数カ所から水がダバダバと出てくる。
水が池の中に溜まっていく様子を見て、俺は満足します。
うむうむ。
満足しながら振り返ると、ククラス侯爵をはじめとした皆さんは呆然としていました。
ま、まぁ、そんな反応になってシマイマスヨネー。(←やらかした事に気付いた模様)
ククラス侯爵たちの反応に居たたまれなくなった俺は、サッサと王宮の部屋に帰ることにします。
水位が一定に保たれる事とかは、前もってククラス侯爵に説明しておいたしね。
「お、俺がやる事は終わったので帰りますね。」
未だに呆然としているククラス侯爵にそう言って、俺はケイティさんとケイトを連れて【転移】でサクッとその場から逃げ帰りました。
「ふぅ。」
王宮の部屋に帰って来た俺は、一息つきます。
ケイトが、部屋の中をヨタヨタと歩き回るペンギン型ゴーレムを笑顔で追い掛け始めたことに呆れつつ、これまた笑顔のケイティさんに連れられて隣の部屋に行く。着替えをする為にね。
笑顔のケイティさんの着せ替え人形になる俺。
でも、どうしてケイティさんは笑顔なんですかね? 着せ替えなんて面倒なだけだと俺は思うんだけどねぇ。
解せぬ。
その日の午後。
大臣が俺の部屋に来て、ダンジョンの中に作った水場の報酬を受け取った。
へっへっへ。実際には何もしていないのにボロい商売だぜぇ。(←ゲスい)
まぁ、そうは言っても、このお金はダーラムさんの為にお酒や食材を買うのに使わないといけないんだけどね。
それらの買い出しの事を考えると、普通に俺が水場を作った方が掛かる手間が少なかった気がしないでもない。でも、恒久的に使える水場を作るのは俺には難しいんだから仕方が無いよね。
そう納得しつつテーブルの上を見ると、受け取った水場の報酬とは別に、あと二つお金が入っていると思しき革袋がある。
これらは何だろう?
革袋の一つは、先日、王妃様の馬車に【異空間作製】+【空間拡張】の魔法を掛け、洋式便器を一つ引き渡した、その報酬でした。
あー、そんな事もしたねぇ。水場の件を大臣と王妃様に頼まれた翌日にね。
もう一つの革袋は、俺がオークションに出品した物の代金とのこと。
グシククの街の冒険者ギルドで頼んでオークションに出品していたやつだね。
そろそろだとは思っていたけど、すっかり忘れてしまっていたね。グシククの街には、今朝、行ってきたばかりなのにね。
でも、俺が冒険者ギルド主催のオークションに出品した物の代金を、どうして大臣から受け取ることになっているのかな?
俺がそう疑問に思っていたら、大臣が説明してくれた。
「王都の冒険者ギルドのギルドマスターがこのお金を持って王宮にやって来ました。ナナシ様に面会したがっていましたが、私が追い返しました。ナナシ様が冒険者ギルドに所属するお気持ちが無い事は前もって伺っておりましたので。」
どうやら、俺が知らない間に大臣が面倒事を引き受けてくれていた様だ。
冒険者ギルドに勧誘されるのは鬱陶しいから助かったね。
「ありがとうございます。助かりました。」
大臣にそうお礼を言って、その革袋も受け取りました。
翌日の朝食後。
『さぁ、買い物に行きましょう!』
朝食後のお茶の時間を終え、部屋に戻るシルフィを見送ったところで、頭の中で【多重思考さん】にそう言われた。
【多重思考さん】の言う”買い物”は、ダーラムさんに渡す、水場を作ってもらった報酬のことなんだろう。
でも、そんなに急ぐことないよね?
【無限収納】の中には、お酒も食材もまだまだ入っていたはずだし。
そんな俺の意志とは無関係に、俺の体の操作を奪った【多重思考さん】がケイティさんに声を掛けて、隣の『お着替え部屋』に歩いて行きます。
『ちょっ、おまっ?!』
そう言って焦るのだが、笑顔のケイティさんに抗う気にもなれず、大人しく着せ替え人形になります。
『あー、もぅどうでもいいやー。』
そう思った俺は、【多重思考さん】に体の操作を預けたまま引き篭もることにしました。
【多重思考】たちは買い物とか料理とか好きだし、それに、買い物を拒否したところで、ゴーレムを使って買い物に行かれでもしたら、俺が文句を言われてしまうしなっ。
どうせ、何を言っても無駄だろうし、好きにさせてしまおう。
その方が問題が起きない気がするしなっ。
この日の夜。
【無限収納】の中を見たら、色々なお酒が沢山入っていました。
『…ちょっと、買い過ぎぢゃない?(意訳:大分買い過ぎだよね!)』
『テヘペロ。』
『テヘペロ。』だそうです。
なんでも、【多重思考さん】が俺の体を使って大陸中を飛び回り、お酒を買いまくったんだそうです。中には、お店に有ったお酒をすべて買ってしまったこともあったんだそうです。
どう見ても、やり過ぎです。本当にありがとうございました。
どうして、こう、【多重思考さん】はやる事が極端なんだろうね?
「はぁ。」
思わず溜息を吐いた俺は、ふて寝することにしました。