20 大臣、ククラス侯爵にタジタジとなる
(人名、地名など)
ククラス侯爵
東の端の領地の領主。グラム王国軍最高指揮官。
領地に在る街の名前はグシクク。ダンジョンの在る街として知られている。
ククラス家当主は、代々グラム王国軍最高指揮官を務めている。
45歳。性格は温厚で、あまり武人らしくない風貌をしている。
戦闘スタイルは防御型で、盾を持って小剣で戦うか、小剣の二刀流。
王宮内での帯剣を許されている。
グシクク
ダンジョンの在る街。
街の地下にダンジョンが在る所為なのか、井戸を掘っても水が出ない。
少し離れた場所に在る複数の井戸から街まで毎日兵士に水を運ばせている。
< 大臣視点 >
ククラス侯爵が朝一番で私の執務室を訪れました。
上機嫌で。
その様子を見た私は、困った状況になっている事を察しました。
「昨日、『お風呂場』という施設を視察させてもらいました。」
「………………。」
「『浴槽』とやらに大量のお湯が入れられ、お湯が溢れ出している様子には本当に驚きましたし、また、感動もしました。」
「………………。」
私は、ククラス侯爵が上機嫌で話すのを、ただ黙って聞きます。
「何でも、あれは魔道具で実現しているらしいではないですか。」
ククラス侯爵は本当に上機嫌です。
その為、次に彼が何を言うのか、私にはハッキリと分かりました。
「あの大量に水を出すことが出来る魔道具。いつ、グシククに設置していただけるのですか?」
やはり、そういう話になりましたか…。
私はククラス侯爵に説明します。どうしたら諦めてもらえるのかを考えながら。
「…あの施設はグラストリィ公爵が作られたものです。」
「ほう。多少は話には聞いていましたが、グラストリィ公爵は凄いですね。」
「………………。」
「………………?」
「…恐らく、グラストリィ公爵にしか作れないと思います。」
「そうですね。これまであの様な魔道具は見た事も聞いた事もありませんでしたからね。」
「………………。」
「………………?」
「…ほ、本当に素晴らしい魔道具です。」
「ええ。まったくその通りですね。」
「………………。」
「………………。」
ククラス侯爵は、表情を訝しげなものに変えて、もう一度訊いてきます。
「それで、いつ、グシククに設置していただけるのですか? あの様な施設ではなく、ただ水が出るだけでいいのですが。」
「………………。」
「………………。」
「グシククの現状は、もちろんご存知ですよね?」
ククラス侯爵は、私の煮え切らない対応に腹を立てた様子で、声に怒気を含ませながら、私に言い聞かせるように言いました。
「…ええ、もちろんです。」
私はそう答えます。『井戸を掘っても水が出ない』というグシククの街の現状はもちろん知っていますので。
「水を大量に出すことが出来る魔道具はグシククにこそ必要な物であることも。」
「…ええ、もちろん分かっています。」
「でしたら、どうしてそれ程までに渋るのですか?」
私はククラス侯爵に説明します。この話の”落としどころ”を何処にしたらよいのか考えながら。
「…水の出る魔道具はとても便利な物です。」
「ええ。そうですね。」
「グシククの街の現状は理解しています。ですが、一つ作ってそれで済むとは思えません。何処の街でも、いいえ、何処の家でも欲しくなる魔道具なのですから。一体、いくつ作る事になるのか想像する事も出来ません。そんな負担を私たちはグラストリィ公爵に掛けたくないのです。」
「別に一度にすべてを作れということにはならないでしょう。いささかグラストリィ公爵を特別扱いし過ぎなのではないですか?」
「グラストリィ公爵は【マジックバッグ】が作れます。」
「…ほう。それは凄い。」
「ですが、グラストリィ公爵に【マジックバッグ】を作る依頼はしていません。」
「それは、何故ですか?」
「彼に戦争に役立つ物を作らせたくないからです。」
「どうしてですか?」
「一度それを許してしまうと、『戦争の為だから』、『国の為だから』と言って、彼に何でもやらせてしまう状況になってしまいかねません。その様な状況になるのは避けたいのです。」
「国に仕えているのなら国の為に働くのは当然でしょう。公爵という高い爵位を持っているのならば尚更でしょう。」
「グラストリィ公爵は国に仕えている訳ではないのです。」
「えっ?」
「彼に爵位と領地を下賜した際、国王陛下への忠誠を求めませんでした。彼に爵位と領地を与え、この国に居てもらっているのです。それだけの価値が彼には有るのです。公表できないものが多く、理解してもらうのは少々難しいのですが。」
「グラストリィ公爵を大切にするのは、まぁいいでしょう。姫様の夫でもあることですし。」
ククラス侯爵はそう言います。静かな、でも、不機嫌な声で。
「しかし、グシククを軽視し過ぎなのではないですか? 最前線の街でダンジョンの在る街であるグシククを。」
「いえ、その様なことは…。」
「井戸を掘っても水が出ないあの街には、毎日水を運び込まなければならず、毎日毎日、兵士たちが街まで水を運んでいます。」
「それについては、既に話し合いで決まっていることではないですか。ずっと昔から。『敢えて外から水を運び込まなければならない状況にしておき、仮に街を奪われたとしても籠城が不可能な状況にしておく。』と。」
「それは知っている。知っているが、お湯を溢れさせているあんな施設を見せられて、黙っていられるか!」
「陛下に直接意見させてもらう!」
そう言って、ククラス侯爵は席を立ちます。
私は、慌てて止めます。
「陛下は、ただいま来客中です! お待ちください!」
「ぬぅ。」
そう唸ったククラス侯爵は、立ったまま苛立たしげにします。
しばらくそうした後、ククラス侯爵は無言で部屋から出て行ってしまいました。
しかし、困りました。
陛下と話をされたとしても、きっと同じ返答になってしまうことでしょう。
ククラス侯爵を怒らせて、『いっそ、グラストリィ公爵にあの領地を与えてはいかがですか。』なんて言われでもしたら大変なことになってしまいます。
あの厄介な領地を治めることなど、代々あの地を治めてきたククラス家にしか出来ません。
もし、ククラス家があの地を離れることになどなれば、ケイニル王国がこれを好機と見て攻めて来る恐れだってあるのです。
とんでもない大問題です。
これは、私にはどうすることも出来ませんね。
王妃様にも相談を…。いえ、今、王妃様に借りを作るのは良くないですね。それはそれで別の問題が起こってしまいそうです。
気が重いですが、私が何とかするしかありません。
私はナナシ様にお願いすべく、ナナシ様の部屋に向かったのでした。
(修正 2021.02.28)
誤字報告をいただいた脱字を修正しました。




