18 大臣、ナナシの作った馬車に驚かされる
朝一番で王妃様に呼び出されました。
何でも、ナナシ様が素晴らしい馬車を作られたそうで、それを見に行くのだそうです。
王妃様と姫様とナナシ様と一緒に馬車の車庫に向かいます。
歩きながら、私は考えます。王妃様がおっしゃられた『素晴らしい馬車』について。
ナナシ様は、ご自身がお持ちの馬車を改造されたとのことだったのですが、その馬車は、元々グラスプ公爵家の物でした。
元から素晴らしい馬車だったのですが、それをさらにナナシ様が改造し、それを王妃様が『素晴らしい馬車』とおっしゃられる…。それも、まだ改造が終わっていないにも関わらず…。
一体、ナナシ様はあの馬車にどの様な改造を加えられたというのでしょうか?
ナナシ様は、いつも私たちの想像を超える物をお作りになられます。きっと今回もそうなのでしょう。
…少し、馬車を見るのが怖くなりました。
ナナシ様の先導で、何やら作業をしている馬車に近付きます。あの馬車がそうなのでしょう。
外観は以前と何も変わっていない様に思えます。
開け放たれたドアから、座席が取り外されて中で何か作業している様子が少しだけ見えます。
作業している人たちが全員女性なのは、メイド部の装備製作部の人たちだからなのでしょう。
作業している内の一人が私たちに気付き、馬車の中へ案内してくれます。
王妃様たちに続き、私も馬車の中に入りました。
馬車の中に入って驚きました。ここが馬車の中だとは思えないほどに広かったのです。
これはどういう事なのでしょうか?
驚いて立ち尽くしていると、ナナシ様が説明してくださいました。
何でも、この馬車の中には【空間拡張】という魔法が掛けられているのだそうです。
そして、この広い空間にはソファーなどを置いて快適な空間にするんだそうで、トイレも置く予定なんだそうです。
また、この馬車の中は異空間になっているとのことで、何人乗っても馬車が重くなることはないのだそうです。
ナナシ様は、今回も私たちの想像をはるかに超える物をお作りになられていたのでした。
ナナシ様の部屋に戻り、馬車の改造の依頼をします。
陛下と王妃様と姫様の馬車を…。と、思いましたが、王妃様に使える予算はもう残っていませんでしたね。
陛下と姫様の馬車の改造をナナシ様に依頼します。
陛下に外出の予定がありましたので、姫様の馬車から先に改造してもらいます。
私がナナシ様とそのような話をしていると、王妃様がチラチラとナナシ様を見ていらっしゃいました。
ご自身の馬車も改造してほしいのでしょう。
ですが、ナナシ様は気付いていないフリをされています。
私に出来る事も有りませんので、私も口を挟むことは控えました。
執務室に戻った私は、部下の一人を呼び出して、陛下と姫様の馬車の改造について計画書の作成と予算執行の手続き頼みます。
「はぁ。」
そう気の抜けた返事をした部下の顔には『また仕事が増えたのですか…。』と書いてあります。
彼がそういう顔をしてしまうのも仕方がないのかもしれません。最近は書類仕事が増えていましたからね。
先日の”勝負”で起きた王都での争乱の後始末や、各街に作ることになった治療院についての仕事。さらには、王宮の敷地内へのお風呂場の移設と二棟のお風呂場の新設。その直後にも小屋が一つ移設されたりして、最近は文官たちの書類仕事がとても多くなっていました。
そんな部下に私は説明します。
「ナナシ様が作られた馬車は他国の要人にこの国の力を示すのに使えます。何処の国よりも先に導入すべきです。」
空間魔法の使い手はナナシ様だけではありません。
どこの国でも【マジックバッグ】を作れる者は手元に置いておきますし、また、隠そうともします。
ですが、あの馬車は【マジックバッグ】とは一線を画す物です。
「あの馬車を見せれば、この国の軍が兵站に何の不安も持っていないと思わせる事が出来るでしょう。この国に戦争を仕掛けるのを躊躇させるほどの衝撃を与えることは間違いありません。」
「それ程の馬車なのですか?」
「ええ。一度、見に行ってください。グラスプ公爵家の物だったあの馬車です。中を見たら驚きますよ。」
「はい。何人か連れて見に行ってきます。」
そう言うと、彼は執務室から出て行きました。足取り軽く。気分転換にでも行くかの様に。
…本当に書類仕事にうんざりしていたみたいですね。
ですが、却って好都合かもしれません。
あの馬車を見てもらえば、ナナシ様がこの国に居てくれる事が国益になることを理解してくれる様になることでしょう。
ナナシ様が素晴らしい魔術師であることは、皆、知っています。
ですが、あくまでも情報だけです。
ナナシ様からもたらされる物には公表できない物が多かったからです。
陛下と姫様が身に付けていらっしゃるネックレス型の魔道具であったり、【ヒール】の指輪であったり。それと、ダンジョンマスターからの贈り物と言って、霊薬を持って来たこともありましたね。
メイドたちには様々な魔道具を作って渡していた様なのですが、それらを文官たちが実際に目にする機会は有りませんでした。
先日、王妃様から受け取った『手紙を送る魔道具』が初めてだったかもしれません。
文官たちが目にするのは、王妃様の予算から魔道具の代金をナナシ様に支払う予算執行の書類ばかり。
その所為で、ナナシ様のことを『王妃様からお金を巻き上げ、書類仕事を増やす迷惑者』みたいに思っている文官も居るほどです。
ですが、あの馬車と『手紙を送る魔道具』は、そんな彼らの認識を改めさせる良い機会になってくれることでしょう。
そんな事を考えた私は、満足しながら自分の仕事に戻ったのでした。
午後。
馬車の改造に関する書類と家具の配置図。それと家具を手配する書類が提出されました。
ずいぶんと早かったですね。
実際にあの馬車を見て、相当やる気になってくれた様です。
部下に待つように言って、すぐに目を通します。
ふむふむ。
よし。
書類にサインをして手渡します。
「すぐに取り掛かります。」
そう言って、彼は部屋を出て行きました。
部下を見送った私は、イスに深く腰掛け一息つきます。
そして、眺めます。
私の机の上に山になっている書類を。
書類が増えた影響は私のところにも出ますからねー。
ですが、あまり減っていない様に見えるのは何故なんでしょう?
おかしくないですか?
チラリとナナシ様のお姿が脳裏に浮かびましたが、私は何も考えずに、溜まってしまっていた書類の処理を再開したのでした。




