13 ナナシ、またおかしな物を作る 『どこ〇も蛇口』
王宮の敷地内に新たにお風呂場が建てられることになり、その会議に呼ばれた。
お風呂場は、俺が魔法で色々としないとどうにもならないのだから、その会議には俺も出席しないといけないよね。
そして、俺への依頼の窓口になっているシルフィも一緒に会議に出席することになり、いつもの様に俺の腕に抱き着いて、一緒に会議室に向かっています。
後ろから付いて来ているクリスティーナさんが”不機嫌オーラ”を出していますが、シルフィが会議に呼ばれたのは俺の所為ではないので、俺に”不機嫌オーラ”を飛ばして来るのは止めてほしいです。(ビクビク)
多少は『やらかした』という気がしないでもないですが、王妃様が望んだ事なんですから、お風呂場に関する苦情はすべて王妃様にお願いしたいです。ええ。
会議室の前まで来たら、先にケイトが一人で中に入って行った。
『何処かで見たような光景だなぁ。』なんて思ったら、前に俺が巻き込まれた”勝負”でのルールの話し合いの時がこんな感じだったね。
ケイトが護衛っぽい仕事をしている光景は久しぶりに見た気がします。
ケイトの腕の中でジタバタしていたペンギン型ゴーレムが、色々と台無しにしていた気がしますが。(苦笑)
ケイトの後から会議室に入ると、この場には大臣も来ていた。
王宮の敷地内に新たに建物を建てるというのは、やっぱり大事なんだろう。『それなりに見栄えのする建物を建てないといけない。』みたいな”決まり事”とか有りそうだし。
そんな事を考えたら、ふと、腑に落ちる事が有った。
隠れ家から王宮の敷地内に移設したあのお風呂場。あれが外壁のすぐ近くの場所に移設されたのは、目立たせない為だったのかもしれないね。この国では見掛けない建物だったしね。
なるほど。なるほど。
てっきり、メイドさんたちだけで独占するつもりで、メイドさんたちの寮の裏のあんな場所に移設したのかと思ってたよ。
王妃様、疑ってごめんなさい。
…そう思ったけど、その可能性も否定できないか。王妃様のやることだしね。うん。(手の平クルー)
そんな事を考えて微妙な心境になりながら、俺は席に着いたのでした。
会議は、そこそこ地位が高そうな文官さんの司会で始まった。
王宮の敷地の図面や新たに建てる建物の外観図、それと俺が移設したお風呂場をスケッチしたものなんかを机の上に広げながら、お風呂場を建てる場所や、一日当たりの利用者数の予測とか、建物の大きさなんかが話し合われています。
その辺の話は俺には無関係なので、ぼんやりと眺めつつスルーします。
ふと、『ペンギン型ゴーレムを持って来ていればモフモフして退屈を紛らわせていられたのになぁ。俺の後ろで控えているケイトみたいに。』なんてことも考えましたが、今更です。大人しくぼんやりしてます。
その話し合いで、建物を二棟、男性用と女性用を別々の場所に建てる事が決められました。
その様子を『ふーん。』と思いながらぼんやりと聞いていた俺に、建物を建てる仕事をしているらしき人から質問が。
「この二つの入り口の間に在る場所は何なのでしょうか?」
そう言いながら差し出されたスケッチに描かれていたのは、お風呂場の番台だった。
さて。何て答えたものかな?
お風呂自体が無いお国柄で、もちろん公衆浴場なんてものも無いので、『入浴料を徴収する人が座る場所です。』なんて言っても理解してもらえないだろう。
また、『男のロマンです。(キリッ)』なんて言う訳にもいかないしね。この会議には女性が何人か居るし、俺の隣にはシルフィも居るんだからね。
何て答えたら番台を残してもらえるかを考えて、思い付きで「入浴中に気分が悪くなった人が出た時にすぐに気が付ける様に、見守る人を座らせておく為の場所です。」と答えてみた。
その機転で、番台の必要性を理解してもらえて、番台は残る事になりました。
やったぜ!
でも、男性用と女性用で別々の建物が建てられる事が既に決まっているので、番台が残ったところでわざわざ異性を座らせる訳がないし、その為に俺が呼ばれる可能性はもっと無いよね。呼ばれたら、逆に驚くよね。
こうして番台は残ることになりましたが、『男のロマン』は消え去ったのでした。しくしく。
「配管等は一切不要と聞いているのですが、どの様な仕組みでお湯を沸かして、ヨクソウ?に入れるのですか?」
『男のロマン』が消え去った事を密かに嘆いている俺に、さっきの人から『お湯を出す仕組み』について訊かれました。
悲しみを堪えながら、サラッと説明します。(←番台に意識が行き過ぎだろ)
「異空間を作ってその中に魔法陣を貼り付けてお湯を作り出し、【ゲート】という空間魔法で蛇口と繋げてます。(サラッ)」
「「「「「………………。」」」」」
「………?」
なんか、静かになっちゃいました。
まぁ、これからお風呂場を作ろうとしているのに、肝心の『お湯を出す仕組み』がよく分からないってのは不安だよねー。
でも、実際、今説明した通りなのだから、これ以上の説明のしようって無いよね。
だからと言って、このまま放置してしまうのも可哀想な気がしたので、こう言ってあげる。
「新しく作るお風呂場も私が水回りを担当します。蛇口も含めて。ですので安心してください。」
そう言ったら、ホッとしてもらえました。
ホッとしてもらえたのはいいのだが、一つ心配している事が有ったのでこの機会に伝えておく。こういう機会ってあんまりないからね。
「お湯を作り出すのに使っている魔力ですが、異空間内にどのくらい在るのかサッパリ分かりません。その為、いつか異空間内の魔力を使い果たしてしまった時に、お湯が出なくなってしまいます。その事は記憶に留めておいてください。」
俺がそう言うと、不安そうな表情をされてしまいました。
不安になられたところで、分からないものは分からないのだからしょうがないよね。それに、こんな大事にしたのは俺ではないので、俺に責任を求められても『知らんがな。』としか言いようがないからね。
一部に不満そうな表情をする人も居ましたが、大臣が「承知しました。」と言ってくれたので、その話はそれで終わりになりました。
まぁ、他の方法でお湯を何とかしようとするとかなり大変なことになるので、実質『他に選択肢は無い』という状態なんだから、いくら不満に思われようとも了承してもらうしか無いんだけどね。
せめて、俺が対応できる内に魔力が尽きてくれる事を祈っておこう。
「お風呂場の建物の外にも蛇口があると便利なのですが、設置できますか?」
今在るお風呂場の管理をしているというメイドさんから、そういう要望が出た。
蛇口が一つ二つ増えたところで何てことはないし、建物の中だろうが外だろうが関係無いので、その要望をサクッと了承します。そして、新たに建てる建物の外に蛇口が一つ追加されました。
「出来れば、今在るお風呂場の前にも一つ蛇口を増設していただけると助かるのですが…。」
メイドさんからさらにそう言われたので、それも了承しました。
この後、工期なんかが話し合われて、会議はお開きになりました。
ガヤガヤと会議室から人が出て行く中、お風呂場の管理をしているメイドさんとこの場に残って、先ほど頼まれた蛇口の増設について話し合います。
メイドさんから意見を訊く為に、紙に、よく公園に設置してあるやつを思い浮かべながら絵を描く。
俺が絵に描いたのは、上に水を飲む為の蛇口があり、正面にも手洗い用の蛇口が付いているやつだ。
水を飲むやつは求められていなかったけど、こういうタイプも一つくらいあってもいいだろう。どっしりとした外観も安定感があっていいしね。
メイドさんに絵を見せつつ、蛇口の高さの要望なんかを聞いて、大きさを決定。
頭の中で【製作グループ】に『水飲み場』の製作を丸投げして、そのまま現場へと歩いて向かいます。
メイドさんたちと一緒に、メイドさんたちの寮の裏の現場にやって来た。
蛇口を増設してほしいという場所は、先日移設したお風呂場の前と言うよりも、メイドさんたちの寮の方により近い感じだった。
少し不思議に思ったけど、ずっとクリスティーナさんの”不機嫌オーラ”を背後から感じていたので、ササッと設置してしまおうと思います。(ビクビク)
【製作グループ】に作ってもらった『水飲み場』をドンッと置く。石を【結合】でくっ付けて作られたソレは、なかなかの安定感です。
蛇口の下に、水を受ける穴を転移魔法で土を退かすことで掘り、その穴に鉄で作られた格子状の蓋を置く。
その作業をする一方で、【製作グループ】には排水路を繋いでもらう。
最後に、お風呂場で使う水を溜めている異空間に水量監視の為に置いていた【目玉】を使って、蛇口との間を【ゲート】で繋ぐ。
ちゃんと水が出る事を確認して、設置作業終了だ。
作業を終えて振り返ったら、メイドさんたちは呆然と立ち尽くしていました。
ですが、こういう事は割とよくある事なのでスルーして、シルフィとクリスティーナさん、それとケイトを連れて部屋に帰りました。
廊下でシルフィとクリスティーナさんと別れ、部屋に帰って来た。
ソファーに座ると、”一仕事やり終えた感”を感じます。
ふぅ。
ケイティさんに淹れてもらったお茶を飲みながら寛ぎ、ふと、思う。
『蛇口って割と簡単に何処にでも設置できるんだなぁ。』と。(←いやいや、お前がおかしいだけだからなっ)
そして、『この部屋にも水が出る蛇口があったら喜ばれるんぢゃないかなぁ。』なんて考える。井戸で汲んだ水をここまで運ぶ手間が無くなるんだからね。
その思い付きを実行に移すべく、四角柱に蛇口が付いているだけのシンプルな物を頭の中で思い描く。
そして、ハタと気付く。
『これに取っ手を付けると『持ち運び可能な蛇口』っていう、よく分からない物が出来上がっちゃうんぢゃないのかな?』と。
お風呂場の中で使っている蛇口は建物ごと移動させた後でも普通に使えていて、蛇口を移動させても水が出る事は確認済みだからね。
…あれ? ホントに出来ちゃいそうだね。
ケイティさんにお茶を淹れてもらう時に沸かすお湯。その為の水を『持ち運び可能な蛇口』から出せれば、きっと喜んでもらえるだろう。
よし。早速、【製作グループ】に作ってもらおう。
よろしく。(←丸投げが雑なのは、いつも通りです)
しばらくソファーでダラーーッとしていたら、頭の中に【多重思考さん】から報告が来た。
『『どこ〇も蛇口』が完成しました。』
『そのネーミングはどうなのかな?! 某アニメに出てくる『ひみつ道具』にそんな名前の物がなかったっけ?!』
『どこ〇も蛇口ー。』
『や・め・ろ! あと、ひとの話を聞け!』
そんな言い合いをしている間に、【多重思考さん】の不穏なセリフと共に空中に現れたソレが、ゆっくりと床に置かれた。
ひとの話を聞かない誰かさんのことは諦めて、床に自立しているソレを見る。
一辺が30cmほどの四角い木の板の端に、5cmほどの幅をしたやや厚い板が垂直に立てられ、その上の方に蛇口が一つ取り付けられている。
板の一番上に、横に細長い穴がくり抜かれているのは、持ち運ぶ時に取っ手として使う為なのだろう。
バランスが悪くて後ろに倒れてしまいそうにも見えるが、蛇口の重みを考えれば意外とバランスは悪くないのかな?
ソファーから立ち上がって、床に自立するソレを軽く突いてみた。
少々不安に感じる見た目だったが、バランスは思っていたほど悪くはない様だ。
しゃがんで正面から全体を眺めてみると、垂直に立つ板には唐草模様の様なものが浮かし彫りで彫られていた。
『時間が有れば、もっと手の込んだ彫り物をしたかったのですが…。今は、これが精一杯。』
『いちいち、アニメのセリフっぽいことを言わなくていいからっ。』
『本当は竜の彫り物がしたかったんですよ。あの『坊やー、よい子だ、ねんねしなー。』的な竜の。』
『そういうのは、もういいから! 本当に!』
変なスイッチが入っちゃった【多重思考さん】がウザイです。(苦笑)
それぢゃあ、コレをケイティさんにプレゼントしよう。
取っ手の部分を持ってケイティさんのところまで持って行って、手渡す。
「ケイティ、これは水を出す魔道具ね。お湯を沸かす時にでも使って。」
「はい。ありがとうございます。(キリッ)」
俺から受け取ったケイティさんは、水の入った甕の隣に置いて、早速ヤカンに水を入れてみる。
ヤカンに水を入れたケイティさんが、俺に向き直って言う。
「コレって…。すごくないですか?」
『キリッ』としていないケイティさんは”ちょいレア”です。
「うーん。どうだろう。割と簡単に出来たよ。」
俺はそう答えます。割と簡単に出来たし。
ケイティさんが思っていたよりも驚いていましたが、俺と俺以外の人とで価値観が違う事は割といつもの事なんで、特に気にはなりません。(←もう少し気にしてさしあげろ)
「………ちょっと、メイド長のところへ…。」
そう言って、ケイティさんは『持ち運び可能な蛇口』を持って部屋を出て行きました。
『どこ〇も蛇口』? 知らない子ですね。
ケイティさんの気配が遠ざかって行くのを感じながら、『思ったよりも、ケイティさんが驚いていたねぇ。』なんて思いつつ、ソファーのところへ戻る。
ソファーのところへ戻る際に、窓際に控えるケイトの姿が目に入りましたが、そのケイトが、何故か『ヤレヤレ』って表情をしていたのはどうしてなんだろうね?
解せぬ。
その後、部屋にやって来たメイド長から頼まれて、あと3つだけ追加で『持ち運び可能な蛇口』を作りました。
あまり沢山作ってジャンジャン水を使われると困るので、3つだけです。お風呂場で使う水と同じところから水を持って来ているしね。
それと、この手の物は戦争で役に立ってしまうから、あまり作りたくないんだよね。【マジックバッグ】と同様にね。
後日、大臣が困った様な表情をして俺のところにやって来ることになるとは、この時はまったく思っていませんでした。
次回、ナナシは王妃様に頼まれていた『電話』作りに取り掛かります。大臣が困った様な表情でやって来るのはもう少し後のことです。
(修正 2021.01.08)
誤字報告をいただいた脱字を修正しました。
ついでに、ルビの追加と句読点の見直しをしました。




