02 王妃様、報告を受ける。そして…
ナナシの隠れ家へお風呂に入りに行く、その少し前からの王妃様視点でのお話です。
< 王妃様視点 >
私の執務室に来たメイド長とメイドたち。
報告書を受け取り、メイドの一人から報告を聞きます。
西端の街グシラグの西門に初めて姿を現したナナシさん。
彼が『森の中の村から来ました。』と言っていたという報告を受けて、大分前からその村について調査に行かせていました。その調査報告です。
「グシラグから北西へ三日ほど森に入った場所に廃村を発見。その調査を行いました。」
「調査をした結果、人が住んでいた様に見せ掛ける為に作られた村である事が判明いたしました。井戸に使われた形跡がほとんどありませんでしたので。」
「また、家屋には雨による劣化や汚れがほとんど見られず、最近になってから廃材を使って組み上げられたものと思われます。」
「家屋の組み立てについては、ロープがかなり強く締め付けられていたこと、それと、薄く残っていた平坦で大きな足跡からゴーレムが使われたものと思われます。」
ゴーレム…。
つい先日まで、王都から西隣の街グラアソまでの街道や、王都内の道の整備をナナシさんにしてもらっていました。ゴーレムを使って。
他にも、杖の形をしたゴーレムやペンギン型ゴーレム。それと、今、私の目の前でメイド長が抱きかかえているネコ型ゴーレムまで、ナナシさんはこれまで色々なゴーレムを作ってきました。
彼は、ゴーレムに関して…、いえ、ゴーレムに関しても、極めて高い能力を持っているのでしょうね。
メイド長たちを下がらせ、私は一人になって考えます。
ナナシさんがグシラグに姿を現すまでの足取りは相変わらず不明のまま。しかも、隠蔽工作までしていました。
それは、『隠蔽工作をしなければならない理由』がナナシさんには有るということ。
普段から顔を認識できない様に魔法を使っていることからも、彼には何か知られては困る事が有るのでしょう。
ソレについて、私には一つ心当たりが有ります。
ナナシさんが会話の中で使っていた、この国のものではないいくつかの言葉と、彼が作った『こたつ』。
彼は日本人なのかもしれません。私と同じく。
仮に彼が日本人ではなかったとしても、彼が日本の知識を持っている事は間違いないでしょう。
その日の夜。
娘に誘われて、今からナナシさんの隠れ家へ行きます。お風呂に入る為に。
娘から話を聞くだけだった、ナナシさんの隠れ家に在るというお風呂。
これまで行く機会がありませんでしたが、やっと行くことが出来ます。
楽しみです。
水が潤沢ではないこの国では、お風呂に入るなんて贅沢は出来ませんからね。
森の中に在るというナナシさんの隠れ家へは転移魔法で行きます。
少しドキドキします。
「それぢゃあ、いきますね。」
そんなナナシさんの声の後、一瞬で景色が変わり、私たちの目の前には建物が在りました。
その建物を見て驚きます。
入り口に暖簾の様な物が掛けられているその建物は、私の記憶の中にある銭湯そのものの様に見えたのでした。
ナナシさんと娘の後に続いて暖簾を潜り、玄関に入ります。
広い玄関の左右の壁には下駄箱が在りました。
日本に居た頃に見た、記憶にあるまんまの銭湯の下駄箱です。大きな木の鍵もそのまんまです。
「ここで靴を脱いでくださいね。」
そう言ってから靴を脱いで上がるナナシさんと娘。二人とも下駄箱は使わない様です。ここには他に人が来ることが無いからなのでしょう。
私も靴を脱いで上がり、靴を揃えます。三人分。
外出先で靴を脱ぐ機会なんてこの国には無いのですから、娘がこういったマナーを知っているはずがありませんよね。後で教えておきましょう。
奥にも暖簾が掛けられています。
そのあずき色の暖簾には白抜きで『女』の文字が!
驚きます。
やはり、ナナシさんが日本の知識を持っている事は間違いないのでしょう。
暖簾を潜り、引き戸の先に入ると、そこは板張りの脱衣所でした。
左側の壁には簡素な棚が在ります。奥のガラス戸の向こうがお風呂場なのでしょう。
日本に居た頃に見た、私の記憶にあるまんまの銭湯の様に見えました。
私の記憶の中の銭湯と比べると狭く感じます。ですが、そもそも銭湯なんて個人が所有する建物ではありませんからね。
この様な建物を所有し、恐らく自分で建ててしまったのであろうナナシさんがそもそも異常なのです。(呆然)
呆然としてしまった私にナナシさんが説明してくれます。
棚の一角に、ハンガーに掛けられたバスタオルとバスローブがあり、その傍には畳まれたタオルや石鹼、温風を出す『髪を乾かす魔道具』などが置かれていました。
『この『髪を乾かす魔道具』を贈答用に欲しい。』って思いましたが、お風呂に入る習慣自体がこの国には無いのですから、使う機会がそもそもありませんでしたね。
一通り説明を終えたナナシさんが「分からない事があればシルフィに訊いてください。」と言って、私と娘に【クリーン】を掛けて、脱衣所から出て行きました。
娘は早速服を脱ぎ、お風呂場へと向かいます。
『お風呂に入るのが待ち切れない。』といった感じです。
私も、髪をまとめて、服を脱いでお風呂場へ向かいます。
お風呂場に入ると、左右両側に細長い浴槽が在りました。
この浴槽の配置は、私の記憶にある銭湯とは大分違いますね。それと蛇口が一つも見当たりません。
体を洗うのは【クリーン】で済ませ、ここではお湯に浸かるだけにしているのでしょう。彼は魔法の扱いに長けているのですからね。
そんな事を考えながらお風呂場全体を眺めていると、奥の壁にある絵が視界に入ります。
その絵をジッと見ます。
四角い枠に囲まれた、まるで窓越しに見ているかの様な『富士山』っぽい絵を。
「………………。」
これはもう本当に間違いないわねー。
色々と思う事が有りましたが、今はお風呂を楽しみましょう。ええ。
せっかくのお風呂なのですからね。
桶で浴槽からお湯をすくい、体に掛けます。
そして、浴槽にゆっくりと入ります。
「ふあー。」
思わずそんな声が口から出ました。
久しぶりのお風呂は本当に気持ちがいいわねー。(ニマニマ)
静かにお湯に浸かっていると、ジャバジャバと軽い水音が聞こえてきます。
柱の様な物に取り付けられているライオンの顔の彫像。その口から零れ落ちるお湯が立てている水音に耳を傾けていると、気分がとても落ち着いていくのを感じました。
久しぶりのお風呂をたっぷりと堪能しました。
私は、ふと、娘に目を向けます。
見ると、娘はアゴまでお湯に浸けて、とてもだらけきった表情でお湯に浸かっています。
まるで小動物の様な可愛らしさです。(ニヨニヨ)
ですが、もう結婚もしているのですから、もう少し表情を何とかさせた方がいいかもしれないわねー。
まぁ、今はこのお風呂を楽しみましょう。
しばらくお風呂を堪能してから考えます。ナナシさんのことを。
やはりナナシさんは、日本人か、日本の知識を持っていると思って間違いないでしょう。
この、『まんま銭湯の様な建物』を見れば間違いありません。桶の底には『ケ○リン』の文字も有りましたし。
ですが、ナナシさんが『日本人』なのか、『ただ日本の知識があるだけの人』なのか判断がつきません。あのライオンは、銭湯ではお目に掛からない物ですし。
髪の色は日本人とは思えない銀色ですが、色を変える魔法が存在しますからね。
一体、ナナシさんはどちらなのでしょうね?
そんな事を考えていたら、ふと、『彼が日本人だったら色々な物を作ってもらえるのでは?』なんてことを思い付きました。
電話や目覚まし時計なんかが有れば便利よねー。
お風呂上りには扇風機の風にあたってたわねー。『ワレワレハー。』とか言って。
銭湯にはマッサージチェアがあったわねー。まだ『欲しい。』だなんて思わないけど。
そんな風に銭湯の思い出を頭の中で巡らせていると、ふと、銭湯帰りに買ってもらって飲んだコーラの味を懐かしく思い出しました。
あの味を思い出した私は…。
近い内にナナシさんが日本人かどうか、直接確かめようと心に決めたのでした。
翌日。
ナナシさんにしてもらった道路工事に関する調査報告書が魔術師団から提出されました。
早速、目を通します。
やはり魔術師団では、ナナシさんと同じ事は出来ないようです。
本当にナナシさんは規格外よねー。(苦笑)
報告書を読み進めていたら、ナナシさんが道路工事の際に使っていたゴーレムについて書かれている箇所で、”その文字”に目が吸い寄せられました。
『”重いコンダラ”型ゴーレム』
「………ん?」
なんだか、聞いた憶えがある言葉ね。
『重いコンダラ』って…、まさか…、アレ?
私の頭の中で、ある野球アニメのオープニング映像が再生されました。
報告書の、そのゴーレムに関する箇所をジックリと読みます。
『円筒形を横にした形状で、転がる様に自走して地面を平らに均す。』、『名称は『”重いコンダラ”型ゴーレム』とのこと。』
報告書に書かれていたそのゴーレムの形状は、私の記憶の中の『重いコンダラ』と一致しました。
そして、確信します。
ナナシさんは『ただ日本の知識があるだけの人』なんかではないわ! 絶対、日本人よ!
そう確信した私は決心します。
今日中にナナシさんに直接確かめることを!
もしナナシさんが日本人なら、きっと色々な物を作ってもらえます。
電話と目覚まし時計は作ってほしい。
それと…。
コーラ飲みたい!
(追記 2020.12.27)
王妃様がお風呂に入っている場面で、『ライオンの顔の彫像(=湯温調節する魔道具の一部)』に言及している部分を追加しました。
かなり目立つので、言及していないのは不自然でしたので。
ついでに、ルビを追加と、ルビの修正をしました。
ルビの修正は、”下駄箱”に(げたばこ)と入れていたルビを、”下駄”(げた)+”箱”(ばこ)に分けました。こうして分けた方が見易く感じましたので。
(設定)
『重いコンダラ』で、王妃様に日本人だと確信されてしまったナナシでした。
それと、コーラの味を思い出してしまった王妃様が、少しだけ暴走気味です。
(王妃様について)
日本人。瞳と髪の色はネックレス型魔道具で金色に変えている。
森でリリスに拾われ、王宮に連れて来られてメイドになった。当時の年齢は7歳。
(メイド長が仕事中にネコ型ゴーレムを抱きかかえている件について)
メイド長は『不具合が無いか、その確認です。』、『何か不具合が有って、ナナシ様の評価に傷がついてはいけませんから。』とか、しれっと言い張っています。
王宮にはメイド長よりも発言力がある人はほとんど居ない為、それで通ってしまっています。王妃様は放置しています。下手に突くとヤバイ気がして。(←正解)
(「普段から顔を認識できない様に魔法を使っていることからも…」のセリフについて)
ナナシは自分の顔に認識を阻害する魔法を掛けています。それによって、『ナナシの顔を記憶できないが、その事に(その時は)気が付けない状態』になっています。
メイドさんたちは、ナナシの顔ではなく、服装や身体つき、同行しているメイドなどでナナシを認識しています。
以前、ナナシの護衛をサボったケイトが懲罰房に入れられたのは、その事も一因になっていたからなのです。(←今、思い付いた)
(ウラバナシ)
森に、ナナシが住んでいたと思われる村を調査しに行っていたメイドさんたち。
何事もなく王宮まで帰って来ましたが、『彼女たちが王都に帰る途中、西端の街グシラグで、シタハノ伯爵による籠城事件に巻き込まれて、街の人たちと一緒にそれ解決する』というお話を当初は考えていました。
その話はボツになり、籠城事件は誰も起こさず、舞台をグラアソに変えて、クアル子爵によるクラソー侯爵邸襲撃事件のお話になりました。
ほとんど原型を留めていなくてビックリです。『籠城』というキーワードと『たまたまそこに居たメイドたちが解決する』しか残っていませんし。
どうしてこうなった? 書いている人もビックリな出来事なのでした。