32end 外伝 バディカーナ元伯爵令嬢、奮闘する。明後日の方向に
王都に在る高級宿の一室。
そこで、若い女性が地団駄を踏んでいた。
そして、吠える。
「明日こそ、お会いいたしますわ! 姫様!」
彼女は、バディカーナ元伯爵令嬢。
かつて、王女シルフィを”危機(笑)”に陥れ、不興を買って王都への立ち入りを禁止された女性である。
彼女は今日、大好きな王女シルフィに会う為に王宮を訪れた。
だが、門前払いをされてしまった為、こうして宿に戻って地団駄を踏んでいたのだった。
王都への立ち入りが禁止されているはずのバディカーナ元伯爵令嬢。
彼女は、爵位を失った父親にアッサリと見切りを付け、二人の護衛を連れて家出した。
家を捨てたのだから、今の私はバディカーナ家の者ではない。つまり、今の私は、王都への立ち入りが禁止されたバディカーナ伯爵令嬢ではない。
そんな”謎理論”で、彼女は大好きな王女シルフィに会う為に王都にやって来ていたのだった。
彼女の家出に付き合って行動を共にしている二人の護衛。
彼らは、『どうせ、すぐに帰ることになる。』とタカをくくっていた。
だが、彼女が『王都に入る時に貴族の身分証を使わないで済む様に』と冒険者になって冒険者証を手に入れ、それを使って王都に入れてしまうと、護衛たちは焦り出した。
てっきり、門番に王都への立ち入りを拒否されて、父親の元に帰ることになると思っていた。それなのに、何故か王都に入れてしまった。王都への立ち入りが禁止されているはずなのに。
王都に居るこの状況は、さすがにマズイ。
予想外のこの事態に、護衛たちは本気で焦り始めたのだった。
実は、バディカーナ元伯爵令嬢が冒険者になった事や王都に来るであろう事は、しっかりと把握されていた。
その上で、『どうせ何も出来やしない。せいぜい王都でお金を使ってもらおう。いつでも捕まえられるし。』なんて思われて王都への立ち入りが許可されていた事など、彼女たちが知る由も無かった。
護衛たちが本気で焦っている中。当のバディカーナ元伯爵令嬢は、大好きな王女シルフィに会う為に連日王宮を訪れては、門前払いをされ続けた。
その行動力に、護衛たちの胃に穴が開いてしまわないか心配である。
護衛たちが胃に穴が開きそうな思いをしていた、ある日のこと。
バディカーナ元伯爵令嬢は宿泊する高級宿の廊下で、従業員たちが『王宮でメイドを募集している。』なんていう話をしているのを耳にした。
「そうよ! 王宮のメイドになれば毎日姫様にお会い出来るわ!」
突然、大声を上げるバディカーナ元伯爵令嬢。
「それだけでなく、毎日姫様とあんなことやこんなことも…。………ぐへへへへ。」
彼女は廊下で立ち尽くし、脳内でヤバイ妄想をしてヤバイ顔をするのであった。
宿の迷惑になるので、やめてほしいものである。
バディカーナ元伯爵令嬢は、早速、王宮のメイドになる方法を調べる様に護衛たちに指示を出し、部屋に戻った。
そして、メイドになって大好きな姫様とあんなことやこんなことをする妄想に耽り、その『ぐへへへへ。』という気色の悪い声が廊下まで漏れ聞こえていたのだった。
宿の迷惑になるので、やめてほしいものである。
後日。
王宮のメイドになることに希望を見出していたバディカーナ元伯爵令嬢だったが、書類選考で落とされ、メイドとなって大好きな姫様とあんなことやこんなことをする夢は断たれた。
そして、そのショックで寝込んでしまったのだった。
大人しくなった事に安堵する、彼女の護衛たち。
胃の心配の方は一息ついたのだが、所持金の方が心配になってきた。
金策の為に、一人をバディカーナ元伯爵の元に行かせることにした。
どちらが行くかで大いにモメたのだが、それはまぁどうでもいい話だ。
金策の為に、バディカーナ元伯爵の元に行っていた護衛が戻って来た。
元気を取り戻したかの様に見えるその護衛は、『帰りの旅費』として渡されたお金を持ち帰って来た。
そして、バディカーナ元伯爵令嬢に言う。
「バディカーナ元伯爵様は『すぐに帰って来るように。』と。一度帰ってさしあげるべきだと思います。その…、見苦しかったので…。」
「………………。」
『見苦しかったので…。』と言われて、娘は、その時の父親の様子を容易に想像できたのだった。
だが、彼女には、大好きな姫様を諦める気などサラサラ無かったのであった。
王都に滞在し続けるには所持金が心許なくなった、バディカーナ元伯爵令嬢と二人の護衛たち。
王宮のメイドになって大好きな姫様とあんなことやこんなことをすることを諦め切れないバディカーナ元伯爵令嬢は、王都に住む友人の元を訪れて後見人になってくれる様に頼んだのだった。
目の前に座って懇願してくるバディカーナ元伯爵令嬢に少し困惑しながら、友人は彼女に訊く。
「えーっと、王都への立ち入りが禁止されていたのではなくて?」
「名前が変わったので問題無いわ。」
…そういうものだったかしら?
あまりにも堂々と断言されてしまった為、何となくそれで大丈夫な気がしてしまう友人であった。
しかし、室内に居るメイドたちが首を左右にブルブルと振っている事に気が付き、『後見人になってほしい』という話は断って、帰ってもらったのだった。
メイドたちのファインプレーであった。
護衛たちは、バディカーナ元伯爵令嬢の行動に今日も冷や汗をかく。
そもそも王都への立ち入りが禁止されているというのに、どうしてここまで王都内を自由に動けるのか?
そして、『この行動力のある馬鹿を、早く何とかしなければっ。』と、今更ながらにそう思ったのだった。
本当に今更である。
「もうお金が尽きます。」
宿に戻ると、護衛たちはバディカーナ元伯爵令嬢にそう言った。
そして、ソーンブル侯爵の元に身を寄せているバディカーナ元伯爵の元に一度帰る様に説得したのだった。
胃はもう諦めた。だが、これ以上、王都で寿命が縮む様な事につき合わされたくはない。
このまま王都に居たら、次に何を仕出かすか分かったものではないし、そもそも王都に居る現状だって既にかなりマズイのだ。
バディカーナ元伯爵令嬢は考える。
金策のアテも後見人のアテも無い。
『帰りの旅費』として渡されたお金まで使い切ってしまったら目も当てられない。
ここは一旦、仕切り直すべきかもしれない。
バディカーナ元伯爵令嬢は説得を受け入れ、一度、バディカーナ元伯爵の元に帰ることにしたのだった。
バディカーナ元伯爵令嬢は、二人の護衛たちと共に王都を出て、ソーンブル侯爵の元に身を寄せているバディカーナ元伯爵の元に帰った。
すると、すぐに父親に軟禁されたのだった。
父親に軟禁されたバディカーナ元伯爵令嬢。
彼女は特に気落ちするでもなく、のんびりとお茶をいただきながら姫様に会う計画を練るのだった。
”行動力のある馬鹿”を舐めてはいけないのである。
その行動力のほんの一部でも常識を認識する方へ割り振ってくれていれば良かったのだが…。
”行動力のある馬鹿”を育て上げたバディカーナ元伯爵には、しっかりと反省していただきたいものである。
(設定)
このお話の最初期に登場した後、それっきりだったバディカーナ元伯爵令嬢。
『シルフィを”危機(笑)”に陥れる』という大役を果たして既に用済みだったのですが(←ヒデェ。あと、言い方ぁ)、父親が爵位と領地を失った一大事にまったく姿を現さないのも変でしたので、ここに再登場です。
多分、これが最後の登場になると思います。『王都への立ち入り禁止』という縛りが大き過ぎて、主要人物視点のお話で登場させるのが難しいので。(ぶっちゃけ過ぎ)
これで、『魔術師の街』のお話はお終いです。
とんでもなく長くなってしまい、書いている本人もビックリです。
どうしてこうなった…。
次から新しい章です。
再び、ナナシの日常パートになります。




