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姫様を助けたのは失敗だったが、割と好き勝手に生きています。  作者: 井田六
第十五章 異世界生活編10 魔術師の街の騒動 終編 <勝負の後>
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30 外伝 ダーラム商会01 ダーラム商会誕生。困惑の新商会長


(人名など)


ダーラム侯爵領

 王都の西隣の領地。この領地に在る街の名前はグラアソ。

 クララ・ダーラム侯爵が新しい領主になった事により、

 クラソー侯爵領からダーラム侯爵領に名前が変わった。


ホロワース商会

 グラアソの街で一番の商会。グラアソの街の発展に大きく貢献した。

 商会長には三人の息子(トニー ジェフ ルーク )が居る。

 長男のトニーはクラソー侯爵(今は伯爵に降格)の夫で、クララの父。


ルーク・ホロワース

 ホロワース商会の商会長の三人の息子のすえ

 兄弟の中で一番優秀で、次期商会長に内定している。



< ルーク・ホロワース視点 >


「今日からお前が商会長だ。」


王都から帰って来たばかりの父から、いきなりそう言われた。

唐突とうとつに何かを始める事が有った父だが、これには本当におどろいた。


私がやがて父から商会をぐ事は、既に皆に伝えられていた。

二人の兄を差し置いてすえの私がぐ事になるのだ。その事で混乱が起きてしまわない様に、その事自体(じたい)は既に皆に周知しゅうちされていた。

だが、受け継ぐ時期については何も決まっていなかったはずだ。

それなのに、どうして急に?

あまりにも唐突とうとつ過ぎる話だった。

王都に行っていた父は、一体いったい、王都で何を見聞みききして来たのだろうか?


「それと、商会名も変える。今日から『ダーラム商会』だ。」

「は?」

「トニーには伝えてきた。それと看板の発注もしてきたぞ。取り敢えず、今ある看板をろして、裏に『ダーラム商会』と書いて、今日から『ダーラム商会』として営業を始める。今日は忙しいぞ。」

「は?」

「おい! 商会長(●●●)! ボサッとすんな! ハシゴを持って来させろ。看板をろすぞ。」


えず、父に言われるまま裏手うらてに向かった。

数人に声を掛けてハシゴを持って来させ、彼らと一緒におもてに向かう。

おもてに向かいながら、『看板をろす。』とか『商会名を変える。』とか『今日からお前が商会長だ。』なんて言っていた父の言葉を、ようやく頭が理解し始めた。

「………は?」

言われた言葉は理解出来た。

だが、私の頭は、その内容を理解する事が出来ないままだった。


頭で理解できないまま、ろされた商会の看板の裏に父が文字を書くのを眺める。

頭で理解できないまま、元あった場所にかかげられた看板を見上げる。

頭で理解できないまま、『ダーラム商会』と書かれている文字を、目で何度も追う。

頭で理解できないまま、父にれられて顔見知りの商会長たちに挨拶あいさつをする。

頭で理解できないまま、父に馬車に押し込められ…。


私たちの乗った馬車は、日が落ちる前にグラアソの街を出て、東に向かったのだった。


「………は?」



翌朝。

目を覚ました私は、自分が馬車の中に居る事に気が付いた。

そして、昨日の出来事が本当に起きた事だったということも。


野営地を夜明けと共にった馬車の中で、ようやく私は、落ち着いて父に問い掛けることが出来る様になった。

「…王都で何があったのですか?」

「一気に運が向いて来たぞ! この機をのがしてなるものか!」

そう言う、いまだに昨日からの興奮状態をたもったままの父。

そんな状態の父から、父が王都で見聞みききした事を苦労しながら聞き出した。


それによると…。

先日の勝負で、私たちが住む地の領主であるクラソー侯爵が勝利した事は既に伝え聞いていた。

だが、そのクラソー侯爵がバディカーナ伯爵領に領地替えになったのだそうだ。伯爵に降格になった上で。

そして、私たちが住む地の新しい領主には、クラソー侯爵の一人娘で、私の一番上の兄の子のクララがくことになったのだそうだ。


クラソー侯爵が領地替えになった事と伯爵に降格なった事には驚いた。勝負に勝ったと伝え聞いていたので。

それと、新しい領主が、後継者に指名されていなかったクララになった事にも驚いた。

クララは、一時期ウチの商会で手伝いをしていたことだってあったのだ。領主を継ぐことになるなんて誰も思っていなかっただろう。


そして、その新しい領主になるクララには、家名『ダーラム』が国王陛下から下賜かしされて、クララ・ダーラム侯爵となったのだそうだ。

その『ダーラム』という家名は、私たち兄弟の母のご先祖の家名で、ご先祖のダーラムという人は、建国王グラムと共にこの国の建国に貢献したかたなのだそうだ。

さらに、クララ・ダーラム侯爵となった私のめいには王妃様が後見人こうけんにんとなってくれているらしい。


急に変えた新しい商会名の『ダーラム』は、そこから来ているのか。

そして、唐突とうとつに私に商会をがせたのは、『王妃様が後見人こうけんにんになっているクララ・ダーラム侯爵の血縁者の商会』と宣伝して活動していく為には、ダーラム家の血筋ではない父よりも、私を商会長にしておいた方が良いと考えたんだろう。

確かに『ダーラム』という貴族の家名を名乗なのるのなら、父よりは私の方が、まだ言い訳が立つだろう。『私だったら大丈夫なのか?』と言えば、それでもまだ少しあやしいが。

そう言えば、『トニーには伝えてきた。』とか父が言っていた気がするな。クララの父親である一番上の兄の了承を得ているのなら大丈夫なのかな?

まぁ、父のことだ。きっと大丈夫なのだろう。

…大丈夫だよな?


少し不安が残るが、これでようやく、昨日の一連いちれんの出来事の理由が分かった。

昨日からずっと、ただ流されるままの状態だったが、状況を理解できたことでやっと気持ちが落ち着いた。


やっと気持ちが落ち着いた私に、父が言う。

「今日の宿やどはグラントオールトンだ。」

その名は、王都の最高級宿の名前だった。

つまり、王都でどこかの上位貴族様と会うということなのだろう。

今回のこの機会に父が”繋がり”を持とうとするのは、どこの家なのだろうか?

少し考えてから父に訊く。

「もしかして、ハリントン伯爵に会うのですか?」

「そうだ。(ふっ)」

私が言い当てた事を、父は喜んでくれている様だ。


しかし、ハリントン伯爵か…。

ハリントン伯爵家は、王妃様の生家せいかだ。

家督かとくいだ長姉ちょうしのオハラ・ハリントン伯爵とその下の二人の妹は、すえの妹である王妃様を大層たいそう可愛いがっていると聞く。

そして、王妃様の為に国中くにじゅうを飛び回り、貴族のご婦人たちと広い人脈をきずいているという話だ。

以前のハリントン家はごく普通の子爵家だったらしいのだが、今のハリントン伯爵家は爵位以上に大きな力を持った家だ。

これまで何の”繋がり”も無かったはずの私たちが、そんな立派なお貴族様のところに行って大丈夫なのだろうか?


私にも多少は貴族のかたとお会いする機会はあった。

だが、いずれも父に後継者として紹介された程度だったし、ハリントン伯爵ほどのかたとお会いした事は、義理の姉になるクラソー侯爵くらいしかなかった。

私は上手うま振舞ふるまえるのだろうか? 不安になる。かなり。

「そう緊張するな。今回は、ただご挨拶あいさつさせていただくだけだ。それに、伯爵様はきっと乗って来られる。」

父は、”繋がり”を持てる事に自信を持っている様だ。

父にそこまで確信させる程の”何か”が、王都であったのだろう。


それが何なのかも気にはなるが、今は、伯爵様にお会い出来た時の為に、お話しする話題でも考えておこう。

ハリントン伯爵ご本人に会えるかどうかは分からない。だが、三人の姉妹のどなたにお会い出来ても大丈夫な様に、頭の中から情報を引き出して予習しておく。必死に。



王都に入ると、そのまま宿やどを取った。

手早てばやく手紙をしたためた父と一緒に、豪華な馬車を借りてハリントン伯爵邸に向かった。


伯爵邸の門番に父と一緒に名乗なのり、伯爵様()ての手紙を渡して、そのまま伯爵邸をした。

その後、知り合いの商会長たちに挨拶あいさつして回り、昼前に宿やどに戻って来た。


昼食を終えて、そのまま宿やどくつろいでいると、宿やどの者が手紙を持って来た。

その手紙は、ハリントン伯爵家からのものだった。

あまりにも速い対応に私は驚いた。

だが、父は『当然だ。』とでも言いたげなドヤ顔だった。喜びをまったくかくせていなかったが。

手紙を開封して読む父。

「やったぞ! 今日中に会っていただけるぞ!」

父のその喜びようは、これまで見た事が無かった程のすごい喜びようだった。



馬車で再びハリントン伯爵邸に向かう。

宿で借りたとても高そうな衣装は、丁寧ていねいに調整してもらったおかげで体に合っているはずなのに、どうにも体が固くなってしまう。

緊張しているのだろう。昨日から予想もしていなかった出来事が立て続けに起きているのだしな。

ふと、昨日からの一連いちれんの出来事が脳裏のうりよぎった。

色々と思い出したら余計に緊張してしまって、ハリントン伯爵邸に着いた時には人生最高の緊張状態になってしまっていた。


応接室に通され、緊張しながら待っていると、オハラ・ハリントン伯爵ご本人が現れた。

すごく驚いた。

飛び上がる様に立ち上がってご挨拶した…、…ようなおぼえがある、…気がする。

緊張して、どの様な会話をしたのかは、まったくおぼえていない。

ただ、人生最高の緊張状態を更新し続けていた事だけはおぼえている。



ハリントン伯爵邸をして、宿やどの部屋まで戻って来た。

父から、伯爵邸でのていたらくをしかけられると思っていたのだが、父はそれどころではない様だ。

父は、カウンターで宿の者から受け取り、たった今、読み終えたばかりの手紙を振り回して大喜びしている。

「明日は大臣とお会いできるぞ!」

………大臣?

父が言うには、伯爵様が私たちの事を王宮へしらせてくれていたらしい。

そのおかげで、私たちがハリントン伯爵邸をたずねていた間に、王宮から手紙が届けられていたのだそうだ。

伯爵様ご本人とお会い出来た事といい、どうして伯爵様がそこまでしてくださるのだろうか? これも王妃様がクララの後見人こうけんにんとなってくれているからなのだろうか?

それ以外には考えられない。

それ以外には考えられないのだが、それでも私は不思議に思ったのだった。


しかし、明日は大臣とお会いするのか…。

大臣とお会いする様子を想像した私は、早くもグッタリしてしまう。

私は、早々にベッドにもぐむことにした。


ベッドに入り、目を閉じる。

昨日から続く一連いちれんの出来事を、『夢だったらいいなぁ。』とか思いながら。



翌日。

昨日の物よりもさらに高そうな衣装を着せられて、父と一緒に馬車で王宮に行った。 

控え室で待たされた後、通された部屋で待っていると大臣が現れた。

立ち上がってご挨拶あいさつした。

昨日よりかは緊張していない事に安堵あんどしつつ、大臣と父との間でわされる雑談に相槌あいづちを打っていた。

雑談の内容は頭の中にまるで入って来なかったが。


「グラアソの街の魔術師ギルドには解散命令を出しました。」

大臣のその一言ひとことで父の表情が固まった。

領主のクラソー侯爵の夫で副領主である一番上の兄が始めた、グラアソの街の魔術師への優遇措置。それによってグラアソには国中くにじゅうから魔術師が集まることになった。

それには、私たちも協力していた。

その後、グラアソの街の魔術師たちは、兄が作った『魔術局』を離れて今の『魔術師ギルド』を作った。その後、ポーションの価格決定権を握った彼らは、ポーションの出荷量を減らして価格を高騰(こうとう)させて大きな問題となった。

その事には私たちは関わっていなかったのだが、魔術師たちが大勢おおぜいグラアソに集まるのには協力していたのだ。その責任を追及されても仕方が無い。

顔色を悪くさせている父には目もくれずに、大臣が続ける。

「グラアソの街からは魔術師たちが離れていくことになるでしょう。その代わりにあの街には農民を増やすつもりでいます。街の外に作った畑はその為の物。その畑で収穫された作物さくもつは王都での販売も考えています。その為に街道の整備も行いました。今はまだ畑を作っただけですので大分だいぶ先の話になりますが。作物さくもつが収穫できる様になったら、ダーラム商会(●●●●●●)にもよろしくお願いする事になるでしょう。」

「は、はいっ! それはもう全力でやらせていただきます!」

そう言って頭を下げる父にならって、私も頭を下げる。

「もっとも、”畑”とは言っても、今はただ地面をたがやしただけ。畑の様子を気に掛けて(●●●●●)いただければと思います。」

「はい! 我々にお任せください!」

「グラアソの領主邸に、既に担当の者を置いております。何かあれば彼に相談を。」

「はい! かしこまりました!」

こうして大臣との面会は終わった。


大臣からの宿題しゅくだいを受け取って。



翌朝。

日の出と共に、私たちはグラアソに向けて王都をった。

グラアソに向かう街道は、とても綺麗に整備されていた。

驚くほど綺麗に。

この街道を見て、大臣の力の入れようがうかがれた。

ついでに、王都に来た時の私の動揺っぷりも。

どうして、コレに気が付かなかったんだろうなぁ…。


グラアソの街に入る前に、少し前に作られたばかりの畑を見に行く。

大臣から直接、世話をするように頼まれたのだ。この街に魔術師を大勢おおぜい集めた事で起きてしまった問題を不問ふもんにしていただく、その対価に。

それに、商会名に貴族の家名である『ダーラム』を使う事も容認していただけたのだ。

すぐにでも取り掛かって、出来るだけ早く良い結果をご報告しなければならない。


グラアソの街のすぐそばに作られた畑に来てみると、話で聞いて想像していたよりもずっと広い畑が在った。

少しの間、呆然としてしまう。これからの苦労を想像して。

早速さっそく、畑の土に触れてみる父。

「…確かに、ただたがやしただけの様だ。」

「………………。」

畑の面積はかなり広い。これに手を入れて作物が収穫できる様にしなければならないとなると、少なくない手間と資金が必要になるだろう。それと土作つちづくりの専門家を呼んで知恵を借りたいな。

「私は領主邸に行く。担当者に会って色々と相談しなければ。」

「はい。」

「お前は商会に戻って、そちらを頼む。畑は私が受け持とう。」

「わかりました。」

馬車で領主邸に向かい、そこで父と別れて、私は商会に戻った。


商会に戻り、留守にしていた間に溜まっていた仕事を片付けたり、農具を手配する準備などをした。

その間、『商会長』と呼ばれても自分の事だと気が付かないことが、何度もあった。

慣れない呼ばれ方に戸惑とまどいつつ仕事をこなす。


ふと、先日から私のまわりで起きた一連いちれんの出来事を思い出して…。

『夢だったらいいなぁ。』とか思いながら、天井をながめたのだった。



(設定)

(『父にそこまで確信させる程の”何か”が、王都であったのだろう。』のセリフについて)

先日の勝負はグラアソの街の一大事いちだいじだったので、王都まで来て勝負の行方ゆくえに注視していました。

そして、勝負の場にクララと一緒に王妃様が居たこととか、玉座の間で行われた式典で『ダーラム』の名が貴族たちの脳裏に深く刻まれたことなどを、繋がりのある貴族たちから伝え聞いていたのです。ルークには説明していませんでしたが。

その様子を聞いた結果、『今が勝負の時! この勝負、勝つる!』と考えて、急いでグラアソに戻って商会名を変えたりしたのでした。


(ハリントン伯爵家について)

王妃様の生家せいかということになっている家。実際は国王と結婚する為に養子になった。

当時、ごく普通の子爵家だったこの家が選ばれたのは、ハリントン子爵夫人が当時のメイド長だったから。

王女シルフィ誕生のお祝いで、ハリントン子爵は伯爵に陞爵しょうしゃくした。

現在は四姉妹(オハラ エイル スーラ ユリ(=王妃様))の長女オハラが家督かとくを継いでいる。

貴族のことを良く知らなかった王妃様の教育を三人の姉たちが担当。その中で互いに成長し合い、その事が今のハリントン伯爵家の発展につながった。

現在、三人の姉たちは王妃様の為に国中くにじゅうを飛び回り、貴族のご婦人たちと広い人脈をきずいている。

その際、ナナシの作った魔道具やハチミツや王宮で作られたお菓子などが贈答品に使われていたりもする。


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