28 外伝 「………………。」クララ・ダーラム侯爵
ここはグラアソに在るダーラム侯爵邸。
この領地を母親から継いで領主となったクララ・ダーラム侯爵の元を、今日もまた、一人の貴族のボンボンが訪れていた。
その貴族のボンボンが、クララ・ダーラム侯爵に向かって言い放つ。
「私の妻にしてやろう。慣れない領地経営などウチの…」
ドカッ!!
ゴロゴロゴロ ガッ ドサッ
その貴族のボンボンは、最後まで言い終わらない内に、控えていたメイドにブン殴られ廊下まで転がって行き、壁にぶつかって倒れ伏した。
その男を、廊下に控えていたメイドが慣れた手つきで何処かに運んで行く。
その光景は、ここ最近のダーラム侯爵邸では毎日見られているものであった。
< クララ視点 >
今日も、私の元を訪れた方がメイドに殴り飛ばされ、意識が無いまま何処かへと運ばれて行きました。
「………………。」
私の元を訪れた方を殴り飛したそのメイドは、私の執務机の脇に戻って来て控えます。
何事も無かったかの様に。
「………………。」
若いとはいえ貴族の方を殴り飛ばしましたのに、本当に何事も無かったかの様に戻って来て控えています。
その様子は、まるで落ちていたゴミをゴミ箱に捨てたかの様に、本当に何事も無かったかの様です。
「………………。」
イスに座ったまま、しばらくの間固まってしまいましたが、首をギギギギッと動かして、執務机の脇に控えているメイドに訊きます。
「…な、殴り飛ばしてしまうのは、…ど、どうなのかしら?」
「あの様な者をのさばらしておくのは、この国の為になりません。当然の処置です。当然の処置ですので侯爵様には慣れていただきたく思います。」
「………………。」
既に何度も聞いた返答です。
その返答に納得できませんでしたし、この光景に慣れるなんて事も、私には無理だと思いました。
護衛として私の周囲に控えているメイドたちの行動には疑問を感じます。
ですが、彼女たちは王宮から派遣されて来ているのです。おかしな者が派遣されて来ているとは思えません。
しかし、本当にこれが”当然の処置”なのでしょうか?
私は疑問に思いました。かなり。
もぐもぐもぐもぐ
今日のおやつも美味しいです。
私がこの領地の新しい領主として仕事を始めてから、20日ほど経ちました。
私の元を訪れた方が殴り飛ばされるのは、今も相変わらずです。
ですが、最近はその回数が減ってきた気がします。
この屋敷のメイドたちの凶暴さが広く知れ渡ったのでしょう。
王宮から派遣されて来ているメイドたち。
彼女たちは、凶暴なだけではありませんでした。
彼女たちが来てからおやつが美味しくなったのです。
おやつが美味しくなった事は嬉しいです。ええ。
その事に、昨日までまったく気が付いていませんでしたが。
きっと、毎日執務室で見せ付けられている惨劇の所為で、心にそんな余裕が無かったのでしょう。
決して自分が、メイドたちが毎日引き起こしている惨劇を”日常の風景”だと認識し始めた訳ではないはずです。
ええ。
私がこの領地の新しい領主として仕事を始めてから、30日ほど経ちました。
最近は、私の元を訪れる方が随分と少なくなった気がします。惨劇が起きない日もありますので。
きっと、この屋敷のメイドたちの凶暴さが国中に知れ渡ったのでしょう。(遠い目)
その王宮から派遣されて来ているメイドたち。
明日、人員の交代が行われるのだそうで、私の護衛たちも交代されるのだそうです。
その事に期待を持ちます。
「次は、もっと大人しいメイドさんだったらいいなぁ。」
「………………。」
「と、そんな事を考えていますね?」
私の執務机の脇に控えているメイドの一人が、私に向かってそう言います。
うっかり口に出してしまったのかと思って焦りましたが、彼女が言ったセリフだった様ですね。
ま、紛らわしい事をしないでほしいです。(ドキドキ)
「………………。(ニマニマ)」
「………………。」
な、何か言い訳をしないといけない感じですね。
仕方がありません。
うなれ! 私の受け流しスキル!
「しょ…。ゴホン。そんな事、思っていませんよ。(ニッコリ)」
「………………。(ニマニマ)」
「………………。(ニコニコ)」
「………………。(ニマニマ)」
う、受け流しましたよね? 大丈夫ですよね?
大丈夫だと信じておきます。
翌日。
王宮から新しいメイドたちがやって来ました。
彼女たちの代表者と、私の新しい護衛だというメイドたちが、私の前にやって来て挨拶をします。
新しい護衛の一人は、私の良く知る人でした。
アナでした。
久しぶりに会う友人に喜びます。
「治癒魔法が使える護衛が居るといいでしょ。」
「ええ、そうね。アナが私の護衛になってくれると嬉しいわ。」
私は、心から喜びます。
アナとの再会を喜び、私が王宮に滞在していた時の出来事を話していたら、若い貴族の方が私の元を訪れました。
そして、言います。
「私の妻にし…」
ドカッ!!
ゴロゴロゴロ ガッ ドサッ
その若い貴族の方は、最後まで言い終わらない内に、アナに殴り飛ばされ廊下まで転がって行き、壁にぶつかって倒れ伏しました。
「………………。」
そ、そういえば、アナもこんな感じだったわねー。(真っ白)
こうして今日も、私の元を訪れた方がメイドに殴り飛ばされ、意識が無いまま何処かへと運ばれて行ったのでした。
私はこの惨劇を、これからも見せ付けられるのでしょう。
アナはこちらに向き直って笑顔で話し掛けてくれています。ですが、私の耳を素通りして、何を言っているのかまるで聞こえてきません。
アナの姿を視界に収めながら、私は、真っ白になった頭で思いました。
メイドさん怖い。と。(ガクブルガクブル)
(設定)
クララ視点の「どうして」シリーズの最終話です。
毎日の様に惨劇を生み出しているクララの護衛たちは、ケイト親衛隊の者たちです。
クララにケイトを諦めさせる為に、メイドへの恐怖心を抱かせるのが彼女たちに与えられた任務でした。
それと、ガス抜きの意味もありました。以前、ケイトが懲罰房に入れられたことを、まだ不満に思っている親衛隊員が居ましたので。
(アナ(=アンナ)の名前について)
『アナ』は魔術局に潜入調査する際に名乗っていた偽名ですので、この後、クララに正体(元々王宮のメイドで、その事を隠してグラアソの魔術局に居たこと)を明かして『アンナ』と呼んでもらうようになります。
ちなみに、アナがクララの元にやって来た時、メイド服を着たアナについてクララから何の言及も無かったのは、単に、再会を喜んでいたからです。精神的な疲れが溜まっていた所為でもあるのかもしれませんが。
(ウラバナシ)
当初、この話の最後に登場するメイドは、アンナではなくクーリの予定でした。
最後の場面で、クーリがゲストロ男爵(彼もここに出てくる予定でした)を殴り飛ばして天井にブチ当て、それを見たクララが『メイドさん怖い(ガクブルガクブル)』となる予定でした。
クーリのお人形さんの様な容姿やスペックは、その場面から作り上げたものでしたし、アンナも二回目以降の登場を考えていた訳ではありませんでした。
早い段階で考えていたお話は、話を書き進めている内に色々と変わってしまいますネー。
クーリは「フガーーッ」とか言ったり、通り魔をする様な娘ではなかったのです。これには書いている人もビックリです。(てへ)




