24 外伝 勝負の後、引き続き王宮に滞在しているクララの様子
勝負が終わった後から、クラソー侯爵家の継承を経てグラアソに帰るまでの、引き続き王宮に滞在しているクララの様子のお話です。
< クララ視点 >
突然、領主になることになってしまった私は、今日も朝から領主に必要な勉強しています。
王宮の方たちに親切に教えていただいています。
有り難いことです。
ここ数日間、真面目に勉強しました。
休憩時間の今は、先生方とお茶を飲みながら談笑しています。
「良い生徒なので助かってるわ。」なんて言われて照れてしまいます。
父様に貴族として必要な教育を受けさせてもらっていたお陰ですね。
先生方が、「前の生徒は一般常識すら怪しくて大変だった。」なんて愚痴を言います。
王宮に勤める先生方が、”一般常識すら怪しい人”の勉強をみるという状況が想像できませんでしたが、王宮には私では分からない様なご苦労も有るのでしょう。
それとも、どう返事したらよいのか分からない微妙な話題を、サラリと受け流す為の訓練だったりするのでしょうか?
そうなのかもしれませんね。
くっ。休憩時間でさえも気を抜けないとはっ。
きっと領主とは、一時も気を抜くことが許されないお仕事なのでしょう。
今日の勉強では変に緊張してしまって、まだお昼なのに私は既にグッタリしています。
今日の昼食は、姫様とご一緒です。
姫様とご一緒するのは、気が休まります。
ほわほわした姫様がどうこうという意味ではなく、『先生方と比べて』という意味です。ええ。
先生方よりも緊張して接しなければならないお方のはずなのに、不思議ですね。
ふと、姫様に「勉強が大変です。」と愚痴っぽい事を言ってしまいました。
姫様は「あ-、そうよねー。」とおっしゃられます。
何か身に覚えでも有ったのでしょうか? その声の響きは同情してくださっている様に感じました。
その時、天啓が閃きました。
閃きを、そのまま口にします。
「ケイト様が傍に居てくだされば、私、もっともっと頑張れると思います。(チラッチラッ)」
「えーっと…。い、一応、メイド長には伝えますね。でも、私が言ったところで希望通りにはならないと思いますよ。」
「それでも、ぜひ、よろしくお願いします!」
私は、姫様にしっかりと頭を下げました。
翌朝。
私が起きると部屋にケイト様がいらっしゃいました。
ガシッ!
絶対に放しません。
むふふふふふふーー。
私はケイト様の腕に抱き着いてスリスリしながら、心の中で姫様にお礼を言います。
姫様、ありがとうございます! ありがとうございます!
一生付いていきまっす!!
ケイト様が傍に居てくださるお陰で、最近は勉強が辛くありません。
先生方が引いている様に見えたり、ケイト様が苦笑いしている様に見えたりしますが、そんな事はまったく気になりません。
今の私に不可能な事など何も無いのです。ええ。
むふふふふふふーー。
領主に必要な勉強が一通り終わったのだそうです。
先生方、ありがとうございました。
最後に、私がケイト様の腕をガッチリと掴んで放さないことについて、先生方からお小言をいただきました。
ですが、サラリと受け流します。(ふっ)
先生方から教わった勉強の成果です。(ニッコリ)
ケイト様の腕は絶対に放しません。
むふふふふふふーー。
私は今、玉座の間に向かっています。
先日の勝負の結果、爵位や領地に変更があり、陛下から改めて爵位や領地が下賜される、その式典が開かれるのです。
その場で、私が母様からクラソー侯爵家を引き継ぐことや、ダーラム家が再興され、私がその当主になる事なども発表されるのだそうです。
玉座の間の扉の前まで来ました。
ここでケイト様とはお別れしなければならない様です。
くっ。
でも、メイドの一人くらい同行しても良いのではないでしょうか? いいですよね? いいですよね? いいですよねっ!
ケイト様の腕をガッチリと掴んだまま扉を潜ろうとしたら、この場に控えていた数人のメイドさんたちに強引に引き剥がされてしまいました。
くっ。
私は仕方なく、一人で玉座の間の扉を潜りました。(とぼとぼ)
式典が始まりました。
ケイト様とキャッキャウフフする事以上に大切な事などこの世には存在しないのですが、国王陛下がいらっしゃるこの場でその様な態度をとることはできません。それに、この場には、大恩のある王妃様も姫様もいらっしゃられるのですからね。
私は、初めて出席する式典に真面目に臨みます。
最初に、母様が陛下の御前へ出て、伯爵への降格と領地替えが告げられました。
すると、ざわめきが起こりました。
先日の勝負に勝ったのに、”侯爵”から”伯爵”へ降格になった事が驚かれている様です。
母様に続いて、ゲストロ男爵という方にシタハノ伯爵領が与えられる事が告げられました。
ここでは、大きなどよめきが起こりました。
恨みがましい声があちらこちらから聞こえて来るのは何故なのでしょうか?
次に、大臣から、私のご先祖様であると先日聞かされたダーラム様についてのお話がありました。
貴族たちの間で常識の様に語られていたダーラム様による建国王グラムの殺害。それが権力闘争で流布された虚言であったと否定されたのです。
思えば、魔術師の才能に目覚めた私が、母様から疎んじられ後継者と認められなかったのも、ダーラム様の事で魔術師を敵視する貴族が多かったからだったのですね。
私が母様からクラソー侯爵家を引き継ぐことになるこの場で、その様な話がされている事に不思議なものを感じます。
そして、謂れなき非難を受けたダーラム様の子孫の方たちへ向けて陛下の謝罪が行われ、ダーラム様の名誉の回復とダーラム家の再興が陛下から宣言されたのでした。
「クララ・クラソー殿! 御前へ!」
あちらこちらからささやき合う声が聞こえる中、大臣の大きな声が響きました。
事前に段取りを聞かされていたとは言え、驚いてしまいます。
「はい!」
私は慌てて返事をしました。
そして、陛下の御前まで行き、膝を突き頭を垂れます。
陛下がお言葉をくださいます。
「クララ・クラソー、そなたがクラソー侯爵家を継ぐことを認める。同時に、ダーラム殿の子孫であるそなたに、再興する家名『ダーラム』を与える。これより、クララ・ダーラムを名乗り、現クラソー侯爵領を治めよ。」
「はっ。」
こうして私は、母様からクラソー侯爵家を引き継ぎ、クララ・ダーラム侯爵として領地を治めることになりました。
拍手を受けながら列に戻るのは、すごく恥ずかしかったです。
式典が終わり、陛下が下がられます。
これでやっとケイト様のところへ戻れます。
そう思って手をワキワキさせていたら、男性が一人、御前へ出て陛下を呼び止めました。
私は早くケイト様のところへ行ってキャッキャウフフしたいというのに!
イラッとしました。すっごく。
その男性は、陛下に対しておかしな事を言いました。
大きな騒ぎとなり、その男性は、私の近くに居た上位貴族の後継ぎたちによって御前から引きずられて来ました。
そして、囲まれて殴られたり蹴られたりしています。
「失礼いたしました。自分に与えられた重責を果たします。グラム王国万歳。」
殴ったり蹴ったりしていた内の一人がそう言うと、陛下たちは下がって行かれました。
これで、ようやく式典が終わりました。
私は急いでケイト様の元へ向かいます。
その前に、ちょうど蹴り易そうな位置に、陛下を呼び止めた男性の尻があったので、ついでに蹴っておきました。(てへっ)
ケイト様の腕をガッチリと掴んで廊下を歩きます。
部屋に戻ってケイト様とキャッキャウフフ…、なんて事を考えていたのですが、何やら上品な会議室らしき部屋に連れて来られました。
あれ? どうしてこんなこんなところに?
私は、部屋に戻ってケイト様とたっぷりキャッキャウフフしていたいのですよ?
ケイト様が言うには、ここで領主たちを集めた会合があって、私もそれに出席しないといけないのだそうです。
くっ。『ケイト様とたっぷりキャッキャウフフ』は、お預けの様ですね。
ですが、ガッチリと掴んだままのケイト様の腕は絶対に放しません。
ええ。
程なく部屋に人が集まってきました。
ですが私は、何処に座ったらいいのか分からなかったり、話し掛けられてしまったりしてオロオロしてしまいます。
オロオロしていたら、久しぶりにお会いする祖父のケメル公爵がいらして、私に話し掛けてきました。
「ダーラム侯爵、領主就任おめでとう。いきなり領主になって戸惑っているだろうが、困った事があれば私に何でも相談しなさい。」
「はい。ありがとうございます。お爺様。」
私がそうお礼を言うと、お爺様はニコニコと微笑まれました。
お爺様に勧めらるまま、私はお爺様の隣に腰を下ろしました。
私はケイト様の腕をずっと掴んだままでいるのですが、どなたも執事らしき人を連れて来ているので、このままケイト様の腕を掴んでいても大丈夫でしょう。…多分。大丈夫ということにしておきます。ええ。
絶対に放しません。
周りを見回すと、空席がいくつかあります。
母様がいらしていませんね。玉座の間ではいらっしゃいましたのに。
それと、ゲストロ男爵もいらしていませんが、あの方は今頃、医務室にいるのかもしれませんね。
他にも空席がある様に見えますが、そもそも知っている方自体、ほとんどいらっしゃいませんので、どなたがいらっしゃらないのかなんて私には分かりませんね。
大臣がいらして、席に着かれました。
「既に書面にてお伝えしていましたが、国営の治療院を設置する件とポーションの件についてお話を。」
そう前置きしてから大臣が話し始めました。
『え? 私は何も聞いていませんよ?』って思いましたが、私は先ほど領主になったばかりでしたね。きっと母様と父様の元には、その書面が届いているのでしょう。
そう安心しながらも、念の為、話をしっかりと聞いておきます。
領主になって最初のお仕事です。(キリッ)
大臣のお話によると、何でも、各街に国営の治療院を置くのだそうで、その為の場所の確保への協力の要請がありました。
それと、各街から街の外へ出荷するポーションの量を制限するのだそうで、ポーションを作る為に各街で魔術師を確保する様に要請がありました。
あれ? グラアソの街に国中から魔術師が集まってしまっているのに、その様な制限をしてしまって大丈夫なのでしょうか?
私がそう思っていたら、グラアソに住む魔術師の多くが在籍している魔術師ギルドに対して、既に解散命令を出しているとのことでした。
それと、「副領主が協力してくれている。」とおっしゃられていましたので、父様に任せおけばきっと大丈夫でしょう。
領主の一人から、現在起きているポーションが不足して価格が高騰している問題について、対応を求める声が上がりました。
それに大臣が答えます。
ポーションの問題の対策として、各街に置く国営の治療院ではポーションの作製も行って、支援をしてくれるのだそうです。
その話を聞いて領主の方々は安心された様でした。
そして程なく、会合は終わりました。
帰り際にも領主の方々から挨拶を受けました。
オロオロする私の隣にお爺様が立って手助けをしてくれました。
すごく助かりましたが、照れくさかったです。
私はお爺様たちと一緒に最後に部屋を出ました。
廊下を歩きながら、お爺様が私に言います。
「そのメイドをいたく気に入っている様だが、彼女をグラアソに連れて行くことは出来ないからな。無理を言って迷惑をかけてはいけないよ。」
私はお爺様に言います。
「絶対に放しませんわ。(ビシッ)」
私の決意にお爺様はタジタジでした。(ふっ)
「私の話を聞かないところは母親と一緒なのだな…。」なんて声が聞こえた気がしましたが、ケイト様とキャッキャウフフする事以上に大切な事なんて存在しないのですから、どうでもいいのです。ええ。
その後、部屋に戻ってケイト様とたっぷりキャッキャウフフしました。
むふふふふふふーー。
翌日。
明日の朝、グラアソに向けて王都を発ちますので、王妃様にお会いしてケイト様を連れて帰る許可をいただきます。
「王妃様、ケイト様を私の元に置いておきたいのでグラアソに連れて行く許可を下さい。よろしくお願いします。(ズズイッ)」
「えーっと…、それは無理ねぇ。」
「それでも、ぜひ!(ズズズイッ)」
王妃様は私の勢いにタジタジです。
このまま押し切りまっす!(フンスッ)
しばらく攻め続けましたが、なかなか王妃様は『うん。』とは言ってくださいません。
私の攻勢にタジタジとなった王妃様がおっしゃられます。
「ケイトは、今は担当から外れているけどグラストリィ公爵の護衛なの。だから、あなたのところへ行かせる訳にはいかないわ。」
グラストリィ公爵…。くっ。せっかく侯爵という高い爵位を得たのに、相手の方が爵位が上だとは…。
ん? グラストリィ公爵?
グラストリィ公爵と言えば、姫様の旦那様でしたね。
それならば、あまり無理を言うと姫様からもご不興を買ってしまうかもしれませんね。
でもでも、いやいや、でも、やっぱり。うーーーん。
「ナナシ様の護衛に戻れるんですかっ?」
私が悩んでいたら、ケイト様が王妃様にそう訊きました。嬉しそうに。
「…えっ、ええ。その内に…。多分?」
王妃様のその返答を聞いたケイト様は、嬉しそうにしてます。
ケイト様は、グラストリィ公爵の護衛に戻りたいと思っている様ですね…。
でもでも、グラアソもいいところですよ。グラアソもいいところですよっ。
そう思ったのですが、ケイト様が嬉しそうにしていましたので、今回は引き下がる事にしました。
あくまでも、『今回だけは』です。ええ。
しくしく。
翌朝。
私は傷心のままグラアソに帰ります。
ケイト様も見送りに来てくださっているのですが、他のメイドたちに埋没してしまっていて、昨夜思い付いた、強引に馬車に押し込んで連れ帰る計画を実行する事は出来ませんでした。チッ。
馬車が走り出しました。
私は窓から身を乗り出して、ケイト様に手を振ります。
次に来た時は、必ず連れて帰りますよー。よー。よー。よー。
馬車は門を潜り、王都から出ました。
ケイト様から遠く引き離されてしまった感じがします。すっごく。
しくしく。
同乗している王宮から派遣された方たちが「道が…。」とか「グラストリィ公爵が…。」とか「まさか、これほどとは…。」とか話していますが、そのまま私の耳を通り過ぎていきます。
次にケイト様に会えるのは、一体、いつになってしまうのでしょうか?
どうしても、王都でケイト様に再会することばかり考えてしまいます。
私は、これから生まれ育ったグラアソの街に帰るというのに。
はぁ。
溜息を吐きながら、私は馬車に揺られ…。揺られ…。揺ら…。………あれ? 揺れてませんね。
窓の外の景色は流れているのですが、馬車はまったく揺れていませんでした。
あれ?
こうして私は、馬車に揺られずにグラアソに帰ったのでした?
あれ?
(設定)
『一生付いていきまっす!!』
『っ』が余計に見えますが、意図的に入れています。クララの”気合いの入りっぷり”を表現しているつもりです。
そして、王妃様の小細工とは無関係に、姫様の軍門に下ったクララなのでした。これには書いている人も予想外。(←おい! それはアカンやつやで)
『ケイト様とたっぷりキャッキャウフフしました。』
ただ、ベタベタしていただけです。脳内ではどうだか知りませんが。
クララの視界に入っていなかったので書かれていませんが、グラアソに向かう馬車の台数はかなり多いです。
クラソー侯爵邸で働いていた人たちの多くが、クラソー伯爵と一緒に旧バディカーナ伯爵領へ異動して行きそうだと連絡を受けたので、その穴埋めの為です。
屋敷で働いていた人の多くが、後継者に指名されていなかったクララの事を”どうでもいい人”の様に扱っていたので、そのまま屋敷には残り辛かったのです。
王宮サイドとしては、人を送り込めるので歓迎されました。




