19 魔術師ギルドのゴタゴタ03 事情聴取。その後
< 『人事』視点 >
事情聴取から解放された。
ここに来る際は馬車で迎えに来てくれたのに、帰りは送ってくれないらしい。
まぁ、客ではないのだし、そんなもんなんだろう。
事情聴取自体は、あっさりとした物だった。
殺人事件の事情聴取と聞かされていたんだが拍子抜けだった。笑ってしまうくらいに。
きっと、副領主の命令で仕方なく事情聴取をしただけだったんだろう。魔術師ギルドと衛兵隊は協力関係にあるんだしな。
あんな”形だけの事情聴取”になって当然だな。
まぁ、終わったことはどうでもいい。
ノンビリと歩いてギルドに帰ることにしよう。
ギルドに帰ると、幹部会が開かれる事を伝えられた。
まぁ、幹部全員が事情聴取を受けたんだ。それも役所の長が殺害された事件の。
この街にとっては大事件だったんだから、今後の対応について幹部たちで話し合っておく必要があるんだろう。
そんな事を考えながら、俺はそのまま会議室に向かった。
会議室に入り、いつもの席に座って周りを見る。
ギルドマスターと『内務』が居ないな。
その一方で、俺たちが新しく作ろうとしている役職『総務』の幹部に据える予定の女性が居た。
『内務』の妹でもある彼女はまだ幹部ではないのだが、反対しているのはギルドマスターだけだ。
そのギルドマスターが今は居ないので、彼女がここに居る事に異を唱える者は誰も居なかった。
「ギルドマスターが帰って来ないな…。」
幹部の一人がポツリと言う。
ギルドマスターが最初に事情聴取に行ったんだがな。
あの『取り敢えずしておきました』みたいな”形だけの事情聴取”なら、既に帰って来ていないとおかしいと思うんだが…。
副領主のところに文句を言いに行っているのか?
きっと、そうだな。
ギルドマスターが副領主に詰め寄ってる様子が目に浮かぶな。
「では、最後の方が戻られましたので、私の方から報告させていただきます。」
『総務』の幹部に据える予定の女性がそう言う。
まだ帰って来ていないギルドマスターと『内務』抜きで幹部会を始めるらしい。
彼女も、ギルドマスターと彼女の兄が、副領主のところに文句を言いに行っていると思っているんだろう。
「幹部の方々が事情聴取に行かれている間に、副領主と国の役人がここを訪ねて来ました。」
ん? 副領主はまだ分かるが、国の役人?
「幹部の方々が不在でしたので私が対応いたしました。その席で彼らから、魔術師ギルドを解散させる様に伝えられました。国からの命令だそうです。これがその『国からの命令書』です。」
そう言って彼女は、テーブルの上に何やら書面らしき物を置いた。
「ああ?」
「解散だと?!」
「国からの命令?」
幹部たちがそんな声を上げたり、書面を手に取って目を通したりしている。
彼女が話を続ける。
「解散命令の直接の原因は、この街に魔術師が集まり過ぎていて、その結果、ポーションの価格高騰を招いた事だそうです。」
ここでも、またポーションか…。
「それと、この街に集まっている魔術師たちには、この街から離れて移住してほしいのだそうです。今後、各街から出荷するポーションの量に制限が設けられ、各街でポーションを生産させる様にするんだそうです。『すべての街に魔術師の需要が有るのだから、移住してはどうか?』と言われました。」
ほう。これからは、各街で魔術師が必要不可欠になるのか。
そうなれば、きっと魔術師の地位向上に繋がるだろう。その点は悪くない話だ。
今のこの街の状況を考えれば、『このままこの街に居続けるよりは移住した方が良い。』と考える魔術師が多く居そうだ。
そうなると、魔術師ギルドを存続させるのは難しくなるだろう。
どうやら国も、本気でこの街に集まった魔術師たちを何とかしたいらしいしな。
俺も、ダンジョンの在る街へ行って冒険者になろうかな?
俺はそんな事を考えていたんだが、『解散など認められるか!』と強く反発する者が居て、幹部会は紛糾してしまった。
この日は結論が出ず、明日、今日帰って来なかったギルドマスターたちも交えて、もう一度話し合うことになった。
< ある魔術師視点 >
俺は、ギルドの掲示板に貼られた二つの貼り紙を見る。
一つは、魔術師たちに他の街への移住を勧めるもの。
もう一つは、土属性の魔術師にケメルへの移住を勧めるものだった。
うーーむ。
俺は悩む。
最近、この街では魔術師への風当たりがとても強くなってきていて、正直、この街を離れることを考えてもいいと思っている。
だが、ギルドからは離れたくない。安定した収入が得られるのだからな。
『確か、王都に支部が在ったな』と思ったのだが、王都の支部は、先日閉鎖されたんだったな。
そうなると、ギルドが在るこの街から離れると給料が受け取れなくなり、この街から離れる事は、ギルドから離れる事と同じ意味になってしまうのだろうか?
うーーむ。どうなんだろう?
悩んだが、この日は他の街に移住しようなどとは思わなかった。
翌日。
ギルドに行くと、ギルドの中はある噂話で大騒ぎになっていた。
顔見知りが居たので彼から話を聞くと、魔術局の局長一家が殺害されていた事が判明して、ギルドマスターと幹部の一人が局長一家の殺害を自供した後、留置場で自殺したのだそうだ。
そして、魔術師ギルドには国から解散命令が出されたのだそうだ。
とんでもない事が起きていた。
あまりにもとんでもない話だったので、噂の真偽が気になった。
その事も彼に訊こうとしたのだが、『街の掲示板に副領主名で貼り紙がされているぞ。』なんて言っている声が聞こえた。
俺は、噂の真偽を確かる為に、街の掲示板を見に行くことにした。
街の掲示板を見に行くと、確かに噂通りの貼り紙があった。
書かれている内容も、ギルドで聞いた通りだった。
おいおい。マジかよ…。
掲示板の前で、俺は呆然と立ち尽くした。
ふと、我に返り、ギルドに歩いて戻る。
その道中、やたらと視線を感じた様な気がした。
ギルドに戻ると、掲示板の前に人だかりが出来ていた。
掲示板を見に行くが、何か新しい貼り紙が増えていたという訳ではなく、皆、他の街への移住を勧める貼り紙を見ながら話し合っていた様だった。
彼らが話している内容を聞くと、移住に乗り気の者が多い様だ。
【火】と【風】の派閥の者たちにはダンジョンの在る街が人気で、【土】の派閥の者たちにはケメルが人気の様だった。
だが、ここに残るつもりの者も居る様で、「この『魔術師の街』が変わる訳がない。魔術師ギルドが無くなったりするものか! 俺はこの街に残るぜ。」なんて言っている者や「俺と一緒に魔術局に戻ろうぜ。」なんて言っている者も居た。
そんな色々な声を聞きながらも、俺はどうするか決心がつかなかった。
夜。
呑み屋で酒を呑みながら考える。
だが、移住するのか、この街に残るのか、どうにも決められない。
この街は魔術師を優遇してくれていて家賃が安いし、ギルドから給料がもらえることも大きい。
今の生活を捨てたくはない。
取り敢えず、今のまま魔術師ギルドが残ってくれる事に期待することにした。
呑み屋からの帰り道。
大騒ぎしている男たちが居た。
見たら、どうやらローブを着た男たちと衛兵たちとで揉めている様だった。
「この街では 魔術師さまが一番偉いんだよ。お前たちは俺たちに尽くしていればいいんだよ!」
「「「そうだ、そうだ。」」」
そんな声が聞こえてきた。
アイツらの事は知っている。
魔術師のフリをして、あちらこちらでタカリをしている冒険者くずれの男たちだ。
この街の衛兵たちは魔術師ギルドと良好な関係を築いているから、魔術師のフリをしているだけのあんな奴らでも、下手な対応をしてしまうと魔術師ギルドから文句を言われてしまう。
だから、きっと宥めて終わりだろう。
そう思い、その場を離れる。
ドガッ!! ガスッ!! バキッ!! ドガッ!!
背後で、ものすごい音がした。
振り返ると、あの冒険者くずれの男たちが呻き声を上げながら地面に蹲っていた。
ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ! ドガッ!
そして、地面に蹲った男たちを蹴飛ばし始める衛兵たち。
「…は?」
その光景に驚いた。
「いいぞ、もっとやれ!」
「魔術師なんてこの街にいらねぇ!」
そんな声を上げながら、衛兵たちに蹴られている男たちを取り囲む野次馬たち。
その野次馬たちの中には、衛兵たちと一緒になって男たちを蹴飛ばしている者まで居た。
その光景は、これまでこの街では見られなかったものだった。
衛兵たちに散々に蹴られてグッタリした男たちは、荷馬車に乗せられて運ばれて行く。
衛兵隊の建物の方ではなく門の方へ向かっているのは、門の外に捨てるつもりなのだろうか?
それも、これまでならば考えられなかった衛兵たちの対応だった。
魔術師ギルドは、街の人たちや冒険者たちだけでなく、とうとう衛兵たちにも見限られてしまったのだろう。
魔術師ギルドは、本当にもう終わりなのだ。
走り去って行く荷馬車と、それを歓声を上げて見送る街の人たちの姿を見て、俺はそう思ったのだった。
(設定)
ギルドの掲示板に貼られた貼り紙の一つ、『魔術師たちに他の街への移住を勧めるもの』は、ギルドを訪ねて来た国の役人が貼ったものです。副領主とギルドの了承は得ています。
『魔術師のフリをして、あちらこちらでタカリをしている冒険者くずれの男たち』は、前にナナシがこの街に立ち寄った時にも出ていた者たちです。そして、ここでも、ナナシの疫病神っぷりが(以下略)




