16 ケメル公爵、また誤解する
(人名など)
ケメル公爵
王都の東隣の領地の領主。領地に在る街の名前はケメル。
クラソー侯爵の実父。クララの祖父。国のご意見番を自認している。
クラソー侯爵
王都の西隣の領地の領主。領地に在る街の名前はグラアソ。
グラアソには魔術師が多く集められていて『魔術師の街』を謳っている。
『魔術師ギルド』が在るのもこの街。
クララ・クラソー
クラソー侯爵の一人娘。魔術師。現在、王宮に滞在中。
王妃様の後ろ盾で、クラソー侯爵の爵位と領地を継ぐことと再興されるダーラム家の当主になることが内定している。
< ケメル公爵視点 >
私は今、王宮に向かっている。
大臣に会い、商会長たちからの要望を伝える為だ。
今、私の屋敷には商会長たちがひっきりなしに訪問して来て、あまりにもうるさい。
とても屋敷に居られないほどだ。
王宮の方が、よほどゆっくりできるだろう。
執務室で大臣に会い、軽く雑談をしてから大臣に言う。
「何やら素晴らしい道を作っているらしいではないか。」
「…ええ。」
ん? 歯切れが悪いな。
「商会長たちが大騒ぎしているぞ。国中の道をあの様にしてほしいのだそうだ。」
「…まぁ、そう言うでしょうなぁ。」
大臣は、対応に困っているかの様な口振りだ。
「…予定ではどうなっているのだ?」
「グラアソと王都の間、それと、王都のごく一部だけですね。」
たったのそれだけか? ”国中”には程遠いではないか。
大臣に訊く。
「どうして、グラアソだけなのだ?」
あまりにも不自然だ。これもクラソー侯爵領を継ぐことになったクララに関係していることなのだろうか?
「我々は『魔術師ギルド』を解散させようと考えています。」
ん? 『魔術師ギルド』? グラアソの街に集められた魔術師たちの組織だが、それが”道”とどう関係すると言うのだ?
そう疑問に思う私に、大臣が話を続ける。
「一つの街に魔術師が集まり過ぎています。その悪影響はご存じの通りです。今の状況は解消させなければなりません。」
うむ。確かに、それはその通りだ。
その為の協力はもちろん惜しまないぞ。先日のクラソー侯爵が仕掛けられた勝負の際に『クラソー侯爵が勝負に勝ったとしても、私がポーションの問題を速やかに解決させる。』と大臣に約束しているのだし、クララの為にも早く解決させたい問題なのだからな。
「『魔術師ギルド』を解散させて魔術師たちを国中に散らします。ですが、そうしますとグラアソの人口が急激に減ってしまうことになります。その対策として農民を増やします。その為の畑はすでに作り終わっています、グラストリィ公爵にお願いして。」
「それでは、あの道はグラアソで作られた作物を王都まで運ぶ為のものなのか?」
「ええ、そうです。」
ふむ。その為の道なのか。
今の話の中に気になった名前が出て来たので、その事を大臣に訊く。
「もしかして、あの道もグラストリィ公爵が?」
「はい。」
なるほど。それならば『国中の道をあの様にしてほしい。』などとは頼み難いだろうな。
”国中の道”ともなれば相当な距離になってしまうし、その事に長期間掛かり切りになってしまう。『嫌な顔をされる』程度で済む話ではなく、嫌気が差してこの国から出て行ってしまうなんて事態さえ招きかねない。
彼に頼めるはずがないな。
大臣はどう対応するつもりなのだろうか?
「大臣の元にも商会長たちから要望が来ているのではないか?」
「ええ。対応に困っています。」
「で、あろうな。」
この執務室で行われたであろう商会長たちとのやり取りの様子が目に浮かぶ様な、そんな大臣の表情だった。
大臣が表情を改めて、私に言う。
「国が、国中の道をあの様に整備する事は不可能です。公爵様には、『国が王都からケメルまでの道の工事をしない』ことに同意していただいきたく思います。そうでもしなければ商会長たちからの要望を断りきれませんので。」
うーむ。
確かにそうすれば、あの素晴らしい道を求める商会長たちの要望を断る事が出来るだろう。
だが、それでは私が商会長たちの要望に応えられないばかりか、私の発言力が低下しているなどと誤解されてしまいかねない。
しかし、私はこの国の”ご意見番”。 私欲を優先しているかの様の言動は慎まなければならん。
むむむむ。どうしたものか…。
こんなことなら、王宮に来るのではなかったな。
私は話題を変えることにした。
「『『魔術師ギルド』を解散させて魔術師たちを国中に散らす。』とのことだったが、上手くいくのか?」
「ええ。それについては案が。」
そう言って大臣が説明してくれる。
「グラアソに集まり過ぎている魔術師たちを国中に散らす為に、すべての街で、街の外へ出荷するポーションの量を厳しく制限させます。各街でポーションを作らなければならない状況にする事でポーションを作る為の魔術師を抱える様にさせ、魔術師を散らします。」
ほう。
やろうとしている事は理解できる。だが、そう上手くいくのだろうか? 『魔術師ギルド』の”強み”となっているのは、あの街に大勢の魔術師が集まっている事なのだからな。
「今、グラアソでは魔術師の評判がかなり悪くなっています。まぁ自業自得の様ですが。その様な状況で『魔術師ギルド』に解散命令が出され、各街で魔術師を欲しがっているという話を聞かされれば、多くの魔術師たちが喜んでグラアソを離れていくでしょう。異様にプライドの高い者が多いそうなので、グラアソに見切りを付けて飛び出して行くと我々は考えています。」
ふむ。
そういう状況であるならば、上手くいくのかもしれないな。
納得している私に大臣がさらに続ける。
「魔術師たちを国中に散らしたとしても、すぐにポーションの問題が解決するとは思っていません。そちらの対策として各街に国営の治療院を設けます。」
ほう。それは有り難いな。
だが、治癒魔術師の数はそれほど多くはないはず。各街に振り分けられるほどの十分な人数を集めるのは難しいのではないだろうか?
その事を訊く前に、大臣が言う。
「治癒魔術師の手配の目途は既についていますので、ご安心ください。」
ほう。
どうやら大臣たちは、以前から計画を立てて動いていた様だな。
当初の予定とは違ったが、大臣から色々と有益な話を聞けた。
私は、大臣の要望である『王都からケメルまでの街道の整備を国に頼まない』ことを了承し、執務室を辞したのだった。
足早に馬車に戻ると、屋敷に急いで戻るように指示する。
誰よりも早く、『魔術師団ギルド』から一人でも多くの土属性の魔術師を引き抜かなければならないのだからな。
私が国に頼らぬ事を明確にする事で大臣に”貸し”を作りつつ、自らの手で王都からケメルまでの街道を整備する。
国中の道を綺麗に整備させるよう国に求めている商会長たちの要望に、私が直接応える事は出来なかったが、私が率先して街道整備に動く事で、他の領主たちもそれに続かなければならなくなるのだ。既に『街道整備をしない』という選択肢を採れる状況ではないのだからな。
結果的に、商会長たちの要望に応える形になるのだから、私の発言力が低下しているなどと誤解されることにはならないだろう。
これから、すべての領主が街道整備に力を入れざるを得なくなる。
他の領主たちが苦労する中、土属性の魔術師を使っていち早く街道整備を終わらせ、我がケメル家の力を広く見せ付けるのだ。
そうとも。
大臣にゴネている暇など何処にも無いのだ。
私は屋敷に急ぐ馬車の中で、これからの行動を執事と相談したのだった。
馬車を降りて屋敷の玄関を潜る。
「それでは、すぐに取り掛かります。」
そう言って、執事が足早に執務室へと向かう。
グラアソまで走らせる馬車の準備を指示する執事の声を聞きながら、私はゆっくりと私室に向かう。
後は、我がケメル家の優秀な執事に任せておけばいい。
私は私室でノンビリしながら、他にすべき事がないか考えるとしよう。
メイドに淹れてもらったお茶を飲みながら、これからの予定をノンビリと考える。
先ずは、『魔術師団ギルド』から一人でも多くの土属性の魔術師を引き抜き、その実力を測るところからだろうか?
彼らの実力によって、街道整備に掛かる期間が大きく変わるだろうからな。
魔術師たちの実力が分からぬ内は、街道整備に掛かる期間を設定する事も、雇う人足の数を決める事も難しいだろう。
そう考えた私は、次に、街道が整備された後に起きる影響を考える。
国中の道が綺麗に整備されれば、商人たちが活発に動き回る様になるだろう。馬車が傷み難くなるし、移動に掛かる時間も減ることになるだろうしな。
それと、移動中の商品の破損も減りそうだな。
そうなると良い事ずくめなのか? 困るのは馬車の製造や販売に携わっている者たちだけで?
…いや、馬車の運用に掛かるコストが下がれば、商会は馬車を増やすだろう。
そうなると誰も損をしないのか? 街道整備に経費を使わされる領主たち以外は。
そこまで考えが至った私は、さらに考える。
領主たちは、多額の経費を使わされて力を削がれることになるだろう。既に街道整備が行われているクララのところを除いて。
クララに付いてくれている後ろ盾の大きさを、領主たちは、まざまざと見せつけられる事になるのだろう。
街道整備に苦労させられる領主たちの表情が、私の脳裏に思い浮んだ。
うーーむ。
一体、何処から何処まで計算して行動しているというのだろう?
そんな事を考えて…。
私の脳裏に、あのお方の笑顔が思い浮かんだのだった。
あの王妃様の。
(設定)
ケメル公爵の王妃様への評価がまた上がってしまっていますが、誰かの計算の上でこうなった訳ではありません。書いている人も含めてなっ。(←おい。それはアカンやつやで)
偶然だぞ。
それと、ケメル公爵は、大臣の思惑通りに動いてくれています。
ケメル公爵が、ナナシがしている道路工事の内容を見て魔術師団がさじを投げた事を知っていれば、こうはならなかったかもしれませんネー。




